第129話 - 白髪の老エルフ -
戦闘シーンって書くの難しいですよね。
最初期に設定した「無詠唱」使いの2人目がようやく登場します。ようやく出せました〜。
新キャラの設定は後書きに書かせてもらいますので分からない方はご覧ください!
それと、強化イベ中のベルゼきゅんは数話ほど登場しません…頑張って強くなってね。。
「ここで良かろう。どれ、軽く手合わせでもするか。」
ハスカータが言い放ったのは手合わせの誘いだった。
「ん。」
ティアは文句もなくそれに応じる。
ここ最近は、リエルにかけられた封印魔法についてあちこちに出向いていた。その為、魔物の討伐や、依頼などもほとんど受けておらず、久しぶりに実践を意識した動きをしたかったので否応なく誘いに乗った。
というのは建前で。
あのエルフの剣士だ。肥大な魔力を持ち、魔法に精通している種族が、あえて剣を持つ。更に言えば何百年も生きているのだから、必然的に実力が伴うはず。
自分が剣士を自負している以上、戦ってみたい存在が目の前にいる。しかも掛け値無しの手合わせとならば、乗らないという選択肢は無い。
ふぅ。と一息吐き、全身に氣を巡らせる。氣は体内で爆発させる事によって、瞬間的な力を引き出す。故に剣の打ち合いにおいて、延いては戦闘において重要かつ自身の生命線になる。
最近実践で剣を振るう機会は少なかったが、氣を体内で循環させ慣らす事は、ベルゼはもちろん、誰にも言わず日常的に行なっていた。その身体に慣らした氣を改めて練り上げる。
それを見計ったかのようにハスカータは刀の柄を握り、構える。その構えは何処か見覚えのある構えであり、ティア自身が持つ、最高の居合いの構えに酷似している。
「お主のその剣、妾は見覚えがある。」
「ん?」
その構えに少々困惑し、ハスカータからの問いに更に困惑するティア。
「お主、その剣をどこで手に入れた?」
「ん?…ベルゼから貰った」
嘘は言っていない。
エターナルイデアは、元々は師匠が使用していたはずだが、どういう訳か〈モール〉という屑勇者が所有していて、ベルゼと屑勇者が決闘した際に折られ、打ち捨てられたのをベルゼが回収し、後に譲り受けたので間違いはないが、ティアは少々言葉が足らなかった。
「……そうか。ならばお主を錆にしたのち、そのベルゼとやらにも話を聞くとしよう」
「ねぇ、ちょっとハスカータ!」
見学していたベイラが、普段のおっとりした口調ではなく、焦ったように叫ぶ。
「なに、生きて居れば良かろう?ヴィール様なら治せよう。すまぬがその剣には妾も思う事があってな。」
その言葉の直後、周囲の温度が下がる。いや、下がったように錯覚した。
それは、ハスカータから発せられる怒気が原因であり、それまで感じなかった威圧感が最大限に発せられていたからであるが、ティアとベイラにはそう感じられた。
「小僧の…フウガの墓を荒らすとは良い度胸よ。二度と動けぬ身体にしてくれる」
威圧する覇気を際限なく放出するハスカータは、2人にも聞こえない程の声で呟く。その目は先ほどまでの穏やかな婆の目では無く、これまでに何人も斬り伏せて来た者の目、鬼の様な形相だった。
「ティアちゃん!こうなったハスカータは私も止められないからぁ…何があったのか知らないけど無事に生き残ってねぇ!」
でないと私がヴィール様に怒られる。とまでは流石に言えないベイラだった。
「ん。」
ティアがハスカータの威圧から感じ取れたのは怒り。先ほどまで全く無かったソレが、いきなり膨れ上がったのだ。そしてあの顔だ。間違いなく冗談ではないだろう。
ソレはこの剣の事を尋ねられた直後からだ。これは元々師匠の持っていた剣。どういう理由で〈モール〉が持っていたかまでは知らない。だが、今ここにある事で彼女の怒りの琴線に触れてしまったのではないか。
ティアは察する。この剣の持ち主を、我が師匠をこの老エルフは知っている、と。
だが、ティアがその事を口にする前にハスカータが動く。構えたまま、腰を落とし、地面を強く踏み込む。
「心して受けよ。そして小僧に悔いるが良い!」
「待っ」
「桜月流・夢想一閃!」
それは居合いの構えから爆発的な初動と共に最高速で放たれる抜刀術。
ティア自身が扱える最高の抜刀術と同じ技。ティアは驚愕し目を大きく見開くも、見覚えのある構えだったおかげか、はたまた本能的なものか、奇跡的に初動の前に動く事が出来たため、"ただ呆然と斬られる"という事はなかった。
「奥義・桜流し」
「!」
桜月流の奥義を教わっている途中に失踪した師。教わった数少ない技の中で、この瞬間ティアが選んだのは、唯一の"回避"の奥義である。
《奥義・桜流し》は、散りゆく桜の花びらの様に、はたまた、散った桜の花びらが川を流れるが如く、瞬間的に流動的な動きを瞬時にする事で相手に的を完全に捕捉させない技術。
ティアはその奥義に、更に嫉妬する猫の瞬足を上乗せする事で、瞬動とも、ショート転移とも呼べる技をこの瞬間に編み出した。
この奥義を選択できたのは、突如失踪した我が師を知っていると思われる人物に対して、後手を取ってしまった為ではあるが、実際に"回避"ではなく剣を合わせる選択したとしても、彼女の技量が不明なため打ち負ける可能性があり、この判断は結果的に最善だったと言えるだろう。
ただしこの技の欠点は、近接戦以外には不向きな事、そして何より、流動的に動く為の"間"が必要な事。
突発的な最高速の技に対しては、十分な"間"が足りない。もちろんティアはそれを承知の上で最適解を示し、その身を水に流れる様に動かし的を絞らせない。だが、それでも完全に避けきれず頬に切り傷を負ってしまう。こればかりは剣を合わせたハスカータを称賛すべきだろう。
「ん。夢想一閃改Ⅱ!」
頬を斬られたものの、刃が口内まで達する事はなく、咄嗟の判断にしては上出来だと自身を褒めながらも、お返しと言わんばかりに一瞬の間を縫って今度はティアが居合い抜刀術を披露する。
それは以前、ナヨナヨしたベルゼに対して使った、抜刀をダミーに鞘でぶん殴るというティアオリジナルの、武士がこの世界にいたら怒られそうな技である。が、人の話も聞かない老人に少しばかり頭に来たティアが、反動的に選んだ技だ。
「ほう…」
ティアの居合いの構えを見た瞬間にハスカータは呟いていた。その顔は先程までの純粋な怒りだけではなく、何処か満足そうな、納得したような色も覗かせていたが、ティアはハスカータの表情を見る余裕はなかった。
練り上げた氣を最高潮に高め、腰を落とし踏み込む。その瞬間に氣を爆発させ、最高速の1歩目から勢いを殺さず2歩目を踏む。3歩目を踏む瞬間に残り僅かな魔力を使い、たった1歩だけのために嫉妬する猫の瞬足を発動する。
それはベルゼに見せた、夢想一閃改を更に改良した、"改Ⅱ" というだけあって、万が一2歩目まで視えていたとしても3歩目で消えたように錯覚するだろう。当然普通の者には目で追える訳もないが、ベルゼでも初見では驚くだろう。
消えた次の瞬間、4歩目を踏んだティアはハスカータの眼前まで到達していた。
それまで握っていた剣を鞘から振り抜く瞬間、今までで1番の手答えを感じた。
下手をすると、そのまま振り切った瞬間にハスカータの身体がニ分割になってしまうかもしれない。そんな思いが一瞬過ぎるも、鞘から放たれたエターナルイデアはもう止まらない。
だが、今回の夢想一閃は "改" である。
エターナルイデアを囮に死角から左手で抜いた鞘で殴るのがこの技の肝となる。つまりエターナルイデアは確実に空振る。
右手のエターナルイデアの勢いは直前まで殺さず、左手で持っていた鞘を抜く。
そこで、ようやくハスカータの表情に目がいく。
何百年も生きたエルフが、種族的に得意な魔法ではなく、敢えて剣を持つ。当然、弱いとは思っていなかった。寧ろ自分より遥かに強者かも、とすら思っていた。だが、今回は胸を借りるつもりで挑んだ模擬戦。体内の氣は普段より冴え渡っている。僅かな魔力も使い瞬動をおり織り交ぜ、手応えのある一振り。今までで1番の一太刀に違いない…が。
彼女は笑っていた。
視えているかも分からなかった空振る予定の右手の剣は、その空振る寸前にハスカータの刀で受け止められ、隠された本命の左手の鞘は、恐らく何かの魔法で振るう事すら出来ず、ピタリと静止したままだ。
「く…」
この老エルフは視えていた。反撃を全て阻止され、剣をダミーにした攻撃も、初披露の瞬動も、全て阻止された。
攻撃が止まり、静止した両者。自分の技が通用しなかった事に、苦虫を噛み潰したような顔をするティアとは対照的に、このエルフは先程の怒りの圧などなかったように"笑っていた"。
「そうか…お主がフウガの"桜月風雅" の忘れ形見か。」
「…ん!」
ハスカータはやはり師匠を知っていた。攻撃が一切通用しなかった事よりも、師匠を知る者がいて嬉しくなったティア。
「色々話したいが…又弟子の実力をまず褒めるべきだろう。その歳でよく彼奴の技を覚えた。そして、自己流にアレンジと、技に頼るだけでは無いことも称賛できよう。」
「又弟子」
「そうさね。フウガは妾と共に桜月流の原型を築いた。その際、彼奴に剣を教え、妾は刀を教わった。故に剣の師匠である事は間違いなかろうて。」
「ん…!」
又弟子、という事は師匠の師匠。驚きのあまり思考が追いつかないティア。
「彼奴の最期、お主の事を心残りに話したのだ。死ぬ前の最後に立ち寄った村にいた、筋の良いの娘に面白半分で技を教えたら、みるみるうちに吸収すると。そして自身の死期を悟り、途中で何も言わずに去ってきた事を悔いておった。」
「…最期?…師匠…は亡くなった?」
途端に曇るティアの表情。
だが、ティアの下を去った師匠はかなり高齢だった。それこそ亡くなっていても不思議ではない。それでも再び会う事を目標に剣に励んだ事もあって、もう二度と会えないと知ると悲しさと共に涙が溢れてくる。
「10年程前じゃ。そこのベイラと最後に会った時が彼奴の葬儀じゃからな。」
人一人が腰掛けられる岩に座ってこちらを見ていたベイラに視線をやる。
「彼は一応この国の要人のお連れさんだったからねえ〜。まさか彼のお弟子さんだったのねぇ。」
「ん。」
師匠は10年も前に亡くなっていた。10年前と言えば、自分かちょうど師匠に剣を習っていた時。いや、師匠がいきなり村を出て行った頃。つまり亡くなる直前まで自分に剣を教えていた事になる。それに気がついたティアは悲しそうな表情でありながらもベイラの言葉に誇らしそうに頷くティア。
「して、その剣について詳しく聞かせてもらおう。ベルゼとやらは何故フウガの剣を持っていた?何故、小僧の墓から出した?」
「ん!?」
エターナルイデアは〈モールが〉持っていた。決闘の際に折れてしまって捨てられた所を回収したベルゼから譲り受けた。
ハスカータの話では葬儀の際、師匠フウガの眠る墓に一緒に埋葬されたとの事だ。
つまり、誰かが師匠の墓を荒らし、エターナルイデアを盗み出したという事になる。それがモールなのか、他の者なのかは分からないが、ティアとしては寝耳に水だ。
「なるほどのぅ。流石に今代の勇者が盗むとは考えられぬが…性格に難があるとすれば分からぬか。」
「誰が師匠のお墓を…!」
「まあ落ち着くが良い。その剣が無事で、ましてやお主の手にあるならば、フウガも文句は言わんじゃろう」
「ん。。私たちを疑わないの」
「又弟子の言う事を信じぬ師があるものか。そもそも桜月流の技は並の者には使えぬ。それにお主は嘘をつく娘には思えぬ。そのうえ妾にもこの眼がある。」
そう言うとハスカータの眼が青緑から銀色へと変化する。
「…ベイラと同じ」
「うむ、妾もエルフ。"真実の魔眼" は持っておるからな。お主のステータスにある賞罰くらい覗けるのじゃ。」
「ん。」
魔眼かっこいい!と思いながらも先にそれ使ってたらガチの戦闘にならなかったのではと思わない事もないが、あくまで模擬戦である。
「まあ、つもる話は家でするとしようかの。ティアと言ったか。お主の話を聞かせてくれ。」
「ん!」
〈この世界で人は簡単に死ぬ。〉
残された者には悲しい事であり、死んだ者を蔑ろにする事はないが、悲しんだところで亡くなった者が帰ってくる事はない。それならば、その者を語り伝え、功績や存在を忘れずにいる者の方が多いのだ。
それに悲しみに暮れるのはティアの性格的にも合わない。
師匠は亡くなっていた。その事実は変わらない。残念でならない事だが、師匠の事を知る師匠がいる。ティアは師匠の話が聞けるとあって嬉しそうに頷き、家に向かって歩き出す。
「ハスカータ。貴女が魔法を使ってるところ、久しぶりに見たわよぉ〜」
ティアの後ろ姿を見送るベイラが小声で言う。
「…50年程振りかの。あの左手は魔法無しには止められなかったのう」
「またまた〜。随分とあの子を買ってるのねぇ〜」
「妾が世辞を言わぬのはお主もよく知っておろう。フウガめ、面白い娘を遺したものじゃ。あの子は強くなる。何せ妾に魔法を使わせる程じゃからの」
「あらぁ〜将来有望なのね、貴方のお弟子さん達は。無詠唱の白鬼が言うなら間違いないわねぇ」
「ふん。その名で呼ぶ者など、とうにおらんわ。」
「貴女が刀にハマって魔法を使わなくなってからというもの、この国の魔法戦力は、かなり落ち込んだものぉ」
「いつまでも年寄りに頼るでない。それこそ今のお主らには敵わん。刀では負けんがの。ほっほっ」
「全くもぉ〜。いざとなったら国を助けてよね、元国防魔法使い長様。」
「年寄りを引っ張り出すような国ならば、とうの昔に滅んでおるわ。ほれ、ティアが家の前で待っておるぞ。」
「はいはい〜」
家の前で「どうしたの?」と首を傾げているティアに「今行く」と手を振り合図する。
先ほどまでの怒りはとっくに消え去り、桜月風雅の遺した忘れ形見をどう見守るか、年甲斐もなく興奮するハスカータだった。
・ハスカータ
白髪の老エルフ。元アールヴ国防魔法使い長。
無詠唱魔法使いでありながら、50年程前に桜月風雅と出会い、刀を教わり、魔法よりハマってしまう。その際、長い人生の暇つぶしで極めていた剣を代わりに教える。
風雅と極めた技に桜月流と名付ける。(桜月流は剣でも刀でも使用可)
現在は、郊外でひっそりと暮らしている。
・桜月風雅
転生者。ティアの師匠。死期を悟り師事の途中でアールヴへと帰還した。
約50年程前、初めて会ったハスカータに「拙者が魔法使いなどに剣を教わる事はない」と言い放ち、ボコボコにされる。その際、ハスカータに刀を教える。
桜月流はフウガの名字から。
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