影の王
華永区の一角に佇む屋敷の一室で、太った男が醜く体液を撒き散らした状態で死んでいた。男の名前は内山篤志。数日前、江崎透から二人の隷族を購入した華族の男だった。
篤志を刺殺した隷族の、マリーと篤志に名付けられた少女は、裸の幼体を血化粧に染めたまま、膝を抱えて部屋の片隅に座っていた。
その姿は、篤志の趣味として寝室に数多く飾られている、マリー人形と瓜二つであり、悲しいか篤志の最後も、マリーを題材にした物語の冒頭と同じだった。
透という一人目の主人からマリーを買い取った篤志としては、二人目の主人が辿る運命を望んだのだろうが・・・。
「結果としては惨殺。当然よね。『マリーの物語』に、主人に関する注釈は一切なかったけど、こんな糞ブタの気色悪いロリコンデブが、主人なわけないものね」
「ロリじゃなくてペドだよエリー」
「あぁ。そうね。確かにそうだわね。奥手奥手のペ童貞だったわね。でも、卒業の前に卒業したペ童貞は、まだぺ童貞なわけで、ペドではない可能性もあるんじゃない?ねぇマリー」
篤志にエリーと名付けられた少女は、赤色のドレスを翻しながら、早口で講釈をたれた。
この部屋にはマリーに関するものばかりが置かれているのだが、隣の部屋はエリーに関するものばかりが置かれた、エリー専用の寝室となっていた。エリーは、『マリーの物語』において、マリーの妹に該当する。
「どうでもいいよね。そんな事」
「そうね。今はそんな事よりも、このお間抜けなブタを、どう処理するのかが重要だものね。剥製にするにも私の趣味には合わないし、焼いたら焼いたで臭そうだし、放置すればもっと臭いそう。死んでも迷惑掛けるとか、最低よね」
「庭に埋めれば、肥料にはなるよ」
「この溶液を吸った野菜や果物を、マリーは食べたいの?私は要らないわ」
「だったら、バラして袋に詰めてポイしかないよ」
「そうね。それしかなさそうね。ブタを解体する趣味はないけど、ゴミは小さく纏めて捨てないといけないものね」
篤志はマリーとエリーによって解体され、黒のポリ袋の中に捨てられた。
後は特定の場所にゴミとして出したなら、収集車がゴミ処理場へと運んでくれる。
この収集係が普通の華族なり、華族に使える隷族であったなら、懸念すべき事柄は増えるのだろうが、収集は透の息が掛かった者が行っている為、問題はなかった。
といっても、マリーとエリーはそこまで考えてなどいない。彼女達二人が考えているのは、大きな屋敷と華族としての地位を手に入れた、その後についてだった。
「あぁ、そういえば、首の皮を剥ぐのを忘れていたわね。でもいいわよね。あんなブタの皮を、一時的にとはいえ、首に巻かないといけないなんて、とても可哀想だもの。私はこのアクセサリーの持ち主を知らないけれど、こんなデブのやつだったらと、考えただけで気持ちが悪いもの」
「エリー、口が悪過ぎるよ」
「そう?そんな事ないと思うけど?勉強した通り、とても華族らしい話し方だと、私は思うわ」
「エリー。そういう事じゃないよ。私達は華族の勉強もしていなければ、この屋敷にデブなんていなかった。そして、皮のアクセサリーも身に付けてなんてないよ」
マリーはエリーを諭すように言うと、首に付けていた皮のアクセサリーを剥ぎ取った。
マリーとエリーは華族であり隷族ではない。
であれば、エリーの台詞は華族らしくない、とてもおかしな台詞となる。
「そうね。そうだったわね。この家は私達が生まれた時から住んでいる家で、今は両親も居なければ、デブも存在していない。私はどうやら、とてもおかしなことを口走ってしまっていたようね」
「あぁ、やっぱり少し訂正よ。両親はただ帰って来ないだけでいる。そしてデブで気持ち悪い兄も残念だけどやっぱりいる。私達はその妹で、箱入り娘。せっかく用意された設定はしっかり利用しないと駄目よ。エリー」
内山の家は中流華族として華永区に存在しているが、篤志の両親は上流華族として、皇帝領に在籍している。内山姓も捨てている為、篤志との交流はないに等しく、篤志は屋敷にあるものを売り捌く事で、生計を立てていた。
内山家に築かれた財は、一人の男が一生遊んで暮らしていくに十分であり、篤志が死んだ今、この財を今度はマリーとエリーの二人が食潰す事になる。
隷族の印が二人の首元にない以上、周囲に怪しまれる事はないだろうが、上流華族の親やごくつぶしのデブの存在は、しっかりと利用した方がいいというのが、マリーの考えだった。
兄に今まで閉じ込められていたが、兄が隷族を飼い始めた結果、ようやく自由になれたと、そういうもっともらしい設定を使えば、自由の幅はぐっと大きくなる。
頭の良さも含めて透に選ばれたマリーは、静かに微笑んだ。