人民不可 6
取引は人通りの多い広場で行われた。時刻は十六時過ぎで、広場には散歩を趣味とする老人や、学校帰りの学生や子供など、多くの人が往来していた。
こんな場所でブローカーと人身売買をするのかと、照心は当惑したが、取引場所に現れた学生にしか見えない若い男は「諸星杏様ですね」とだけ口にし、照心が発注した通りの美少年をその場に置いて去っていった。
ブローカーである男と、その商品である美少年を注視していなければ分からない、迅速なやり取りだった。男の姿は既に往来する人に紛れて見えなくなっている。
「・・・何だろう、こんな感じなら、もういっその事、家まで届けてくれればいいのにって思うわね」
「あら?やり取りを見たいと言っておいて、感想はソレですの?」
「もっとこう、妖しい雰囲気の場所で、怪しく取引がされると思っていたからさ」
「漫画やアニメの見過ぎですわね。悪い事をしているわけでもないのに、人目を憚る意味など、皆無ではありませんか」
「それは確かに。でもそれなら、あのブローカーさんは何であんなコソコソ、というか薬の売人みたいな感じだったの?」
堂々と照心の隣で杏はブローカーに電話を掛けていた為、二人の間でどのようなやり取りがなされていたのかを照心は知っていた。短い会話でのやり取りの内容は、漫画やアニメのソレであり、電話越しの男の持つ雰囲気は、照心の考える闇の売人そのものだった。
サングラスをしていた為、目は合わなかったが、一目見た感想もまた、普通ではないというものだった。
「薬の売人どうこうは知りませんが、あまり目立ちたくない理由には、心当たりがありましてよ」
「へぇ、何?」
「彼が、ここの者達とは違う中流華族だから。もっとも、これは確証のない噂ですけれど、彼のいる立場によっては、入れ替わりの候補となる恐れがありますわ。候補となればきっと色々と動き出しますわよ。権力を欲する大人達ほど、醜いものはありませんもの」
「でも中流華族ともあろう者が、こんな低俗な商売をコソコソする理由って、あるのかな?階級維持の金稼ぎであれば、理解出来なくもないけど、金貨10枚なんて、殆ど焼石に水じゃない?」
華永区に住み続けるには、毎年金貨1000枚を皇帝に納める必要がある。あのブローカーが年に何人の隷族を売り捌いているのかは知らないが、年に100人以上売り捌く必要があるというのは、あまりに効率が悪いように思う。何より今は五月であり、彼が中流華族であるなら、四月の入れ替えは既に乗り越えた事を意味している。一年後を見据えてコソコソするというのは、かなりおかしな話である。
「ならば道楽ではありませんの?コソコソしているのも、スリルを楽しんでいるとか、そんな所でしょう。お金を持ち過ぎた華族は、同時に暇を持て余すと言いますし」
「暇とスリルね・・・」
そんな風には見えなかったし、違うと思うけど。
でも、だとすると何だろう?
照心はブローカーの男に少しだけ興味が湧いた。
あの男の仕事の目的は他にある。男から受け取った感覚を元に導き出された回答は、間違いのないものだと、照心は確信した。
「そんな事よりも、わたくしが先払いで納めたお金、返して頂いてもよろしいです?金貨10枚とはいえ、学生の身分では結構な大金ですのよ?」
「あ、ゴメン。その事なんだけど、隷族置いちゃ駄目って、滅茶苦茶怒られたから、杏が引き取ってくれない?」
「はあ?何を」
「ゴメン」
照心は謝罪しながら、パッチリ二重の整った顔をした美男子隷族の後ろに隠れ、隷族を杏に向かって押し付けた。この隷族の美男子は照心の発注を超えた、ショタ好きにはたまらない顔をしている。顔をしっかりと杏に見せれば、杏のハートを打ち抜く事は確定的だった。
「わたくしのお小遣いはこんなも、えっ、これは・・・そんな、そんな単純な話ではありませんのよ?」
「うん知ってる。杏の親には私が説明するからさ。だからお願い」
杏のハートが打ち抜かれたことを確認した照心は、一つ目の説得項目を口にする。
後は友人の為に仕方なく、あくまで仕方なく、無理矢理引き取ったという体に杏がなるよう、友人を利用して父親を口説かせている形で話を進めていけばいい。杏は父親を嫌ってはいるが、杏の父は杏を明らかに溺愛している為、説得は容易に済む事が想像できた。
照心は悪い女だった。
「観察されていたな」
滞りなく隷族の受け渡しを終えた透は、今日の業務を思い出しながら確信していた。
目は口ほどにものを言うという言葉がある通り、時として目は雄弁に物事を語る為、透は基本的に他人の目を見ることはない。
目の動きや体の動きに気を配らずとも、他者の嘘を100パーセント見抜く事が出来る透にとって、相手の目を見るという行為は、自身にとってマイナスしか産み出さないからである。
透は他人の目を見ない。
しかし目というのは、嘘以外にも重要な真実を語る為、透が視線の動きというものに、細心の注意を払っているのも事実だった。
誰かに何処からか見られている気がする。といった空想を含め、誰もが一度は経験したことのある感覚を透は、訓練によって研ぎ澄ませた。結果、何処から見られているのかを、当てられる事は勿論、近くにいる相手であれば、対象が今何処を見ているのかも、完璧に把握する事ができた。
だからこそ、透は観察されていたと確信する。
最初は,透に対しては誰もが浴びせる不審な視線だったが、それはすぐに観察に変わった。どのような生物なのかと、研究者が実験動物を丸裸にしようとするような、そんな視線だった。
透を観察していたのは、依頼人であった諸星杏と同じ星皇学園の制服を着た女。諸星杏の学園の友人といった所だろうか。
星皇学園。
今後何かと縁のありそうな場所だ。
公園のベンチに落ちていた一枚の新聞を広げながら、透は口角を緩めた。
新聞の書き手は星皇の学生だった。