人民不可 5
電話が音を立てて鳴り始めた。
鳴っているのは、隷族を売買する為に使用しているPHSだ。
透は「ふぅ」と息を吐き、電話に出る。こちらからは何も言わない。ペラペラと饒舌に語ってセールスを行うような仕事ではないからだ。
「条件は?」
顧客が求めている隷族について透は、一言だけ質問する。条件を聞き終えた後、場所と取引の時間は追って連絡するとだけ言い、電話を切った。
「商売繁盛って感じかな?」
「中々物騒な世の中だから、そう言った背景も関係しているんだろ」
こちらが聞くよりも前に名乗った、諸星杏という人物を、役所から手に入れた資料を元に調べつつ透は未来に答えた。相変わらず未来はポテチ片手に漫画を読み、ポテチの油が付いた手で堂々と漫画のページを捲っている。
「その物騒を、透は処理しないのかな?」
「処理はした。まぁ、処理した所で物騒は次から次へと湧いてくるがな」
金銭を得る為に、人民区で強盗殺人を繰り返していたグループは、既に処理してある。しかしそれでも人民区で起こる殺人が0になる事はなかった。
世の中は物騒なのである。
「今は物騒以外にも湧いてるから、時間は割けないって感じかな?」
「さて、どうだろうな」
未来の言葉を適当に聞き流しつつ、透は資料の中にある諸星杏のページに手を止めた。
諸星杏。十二月二十四日生まれ。人民区立星皇学園に通うO型の十六歳。家族構成は杏から見て父に当たる諸星弘三のみ。
諸星弘三とは、何度も取引をした事のある透は、諸星家については既に頭の中に入っていた。弘三はお得意様であり、弘三に対して透は真っ当な隷族ばかりを売り渡していた。弘三は華族同士の交流が多い人物だった。
「物騒に目星は付いているのかな?」
「今日は、随分と質問が多いな。その漫画が面白くないのか?」
透は未来を苦手としている為、余程の用事がない限り、透から未来に話し掛ける事はない。未来は透を苦手とはしていないものの、基本的には透に無関心であり、透に質問を投げかける事はあっても、質問に明確な理由がない場合が多かった。それが今回に限っては繋がりのある質問が連続で飛んできている。透はこの事に多少の違和感を覚えた。
「漫画が面白かった事は一度もないかな。質問は透に喧嘩を売った人物にただただ興味があるからかな」
「興味も何も、そんな人物はまだ予想の段階にすら浮かんできてはいない」
いつも殆ど何もせず漫画ばかりを読んでいる癖に、面白くないのかと、少し驚きの回答を聞きつつ、透は未来の興味に対して答えた。
ひらりから得た情報によると、奇特な華族の誰かが、暇を持て余した学生を利用し、人民区の魔物、或いは華永区の醜い花々に探りを入れ始めたという事らしいのだが、透の元には未だに、ひらりから与えられた情報以外、情報が入って来てはいなかった。
「珍しい事もあるかな」
「予想すら出来ない事から、予想出来る事もあるがな」
まだ大きくは動きていないから。という可能性はあったが、華永区や人民区であれば動こうとした段階で透の情報網には嫌でも引っ掛かってくる。それがないという事と、上流華族であるひらりが情報を持ってきた。という事を考えた場合、一つの予想を立てる事は可能だった。動いているのは、人民区や華永区を拠点とする華族ではなく、皇帝領を拠点とする上流華族。
皇帝領は透にとっては完全な管轄外であり、中の情報を知る術を、透はまだ持っていなかった。
「その予想はどれくらい合っているのかな?」
「答え合わせは、今からゆっくりじっくり行うさ」
邪魔者は消えて貰う。そこに変わりないないものの、透は何一つとしてあせってはいなかった。