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零王ーレイオウー  作者: ぐるこさみん
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人民不可 4

照心がその場に居合わせたのは、偶然だった。深夜の三時位だろうか。そんな夜更け或いは早朝に外に居た事など人生単位ですらこの日だけなのだから、偶然と呼ぶ以外にはないだろう。

照心はその日、赤い長靴の少年と少女に出会った。

そう、出会った。

言葉を交わす事はなかったが、視線はしっかりと交錯し、しばしの間目が合っていた。

照心の目は、少年と少女の色や姿形をしっかりと脳に伝えたが、少年と少女の目からは、何の情報も伝わってはこなかった。

照心には、相手が何を思い、どう動くのかという事が、漠然とだが理解出来る能力が備わっている。親や友人がアレと言えば、アレが何であるか一発で当てる事ができるし、前から人が歩いて来たなら、互いにディフェンスをしあったりする事もなく、通り過ぎる事も出来る。読み取りずらい者や、まったく読めない者も確かに存在するが、二人同時となると、これは初めての経験だった。

いや、彼等が人でなかったと考えたなら、読めなかった事にも、一応の説明をつける事は可能かもしれない。

照心は目を瞑り、あの夜に出会った少年と少女の姿を脳内で映像化した。

二人共、カッパを身に付けていたが、カッパは血の赤で染まっている。カッパで隠されている為、上着は分からないが、下は少年が紺の短パンで、少女は赤のスカートだ。少年は黄色の長靴を履いており、少女は赤色の長靴を履いている。足元も当然のように赤い色で染まっていた。

ここまでは問題ない。

ここまでは、奈緒が持っていた写真とそう大差はない。

問題はここから。

まず髪の色。カッパのフードを被っている為、殆ど見えはしないが、フードの隙間から見える少年の髪色は銀色である。少女の方は少年よりも髪が長いからだろう、はっきりと金色である事が伺える。目はもっと特徴的だ。少年の目は碧眼。サファイアのように綺麗な青色をしている。少女の目は赤眼であり、こちらはルビーのような妖しい輝きを放っていた。

少年と少女の身体的特徴が何を示しているのか、照心はこの国に住まう華族として、当然知っていた。

人民不可。

彼等は、人ならざる存在だ。

なぜこのような存在が、人民区に居たのか、或いはまだ居るのか。照心には疑問しかなかった。照心は彼等をゴミなどとは考えていないものの、多くの華族にとって彼等は見る事さえ嫌悪の対象となる、ゴミである事に疑いの余地はない。

人民不可、彼等は隷族にすら許されている、生きる権利さえ保障されていない。人民区や華永区で見つかったなら、迅速かつ速やかに処理されるような存在だった。

・・・あの晩、見逃されたのはさて、どちらなのだろうか。

堂々と照心の隣を通り過ぎていった二人の姿に、照心はふと今更ながらそんな事を考えた。

普段、例えば昼間である今であれば、主導権は間違いなく華族である照心にある。

しかしあの時、あの瞬間だけは、人民不可であるはずの二人に、照心をどうこうする権利があったのではないだろうか。

今更になってその事に気が付いた照心は、ぶるりと体を震わせた。

「照心さん。顔色が少しお悪いようですが、どうかされまして?」

「香梨の件が、今更になって怖くなったのかな。あくまで噂だけど、殺人だったんでしょ?」

 諸星杏の一言で思考を現実に引き戻された照心は、杏の問いに誤魔化すように答え、質問した。

「そうですわね。確かに噂レベルではありますが、少なくとも奈緒さんの噂よりも、高い信憑性を持ってはいそうですわね。それに、華族である我々が自害する理由など一つもありませんし、病死でないとするならば、他殺を疑うのが筋でしょう」

「事故の可能性は?」

「滅多刺し、だったそうですわよ。勿論これも、あくまで噂ですけれど」

杏の低いトーンの呟きに、照心は二人の少年少女の姿を思い出した。少年と少女の姿は、大きな生き物を滅多刺しにでもしたかのような、夥しい程の返り血によって、赤く染められていた。

「もし、香梨さんの件が照心さんにとってストレスとなっているようでしたら、安心を飼ってはいかかです?」

「安心を?」

かってという言葉のイントネーションが妙であった為、照心はすぐにピンときた。

隷族をボディーガードとする事は、華族にとってタブーであるものの、番犬、所謂ペットとして隷族を連れ歩く事は、悪趣味な令嬢の間で最近密かなブームとなっていた。

愛犬自慢ならぬ愛隷自慢は、見ていて薄ら寒いが、ボディーガードという本分を隠す為の隠れ蓑としては、悪くないアイデアだった。

実際、人民区で多発した華族の殺人事件を皮切りに、このブームが到来した事もあり、頭の良い華族が生み出した手段が、他の華族にも派生して今の形に落ち着いていた。

「よろしければ、良いブローカーを紹介致しますわよ?」

「杏も、持っているの?」

「諸星家に隷している者は多いですが、わたくし個人となると、持ってはいませんわね。

必要性も感じませんし」

「杏はペットの自慢とか、かなり好きな部類だと思っていたけど、違うのね」

 杏の特技は自慢と言っても差し支えがないので、この回答は照心には意外だった。どこぞの服やらバッグやらを、事ある毎に見せびらかされた記憶があるのに。

「あら?大好きですわよ。ただ、隷族には血統書も何もありませんもの。それぞれがあまりに公平過ぎて、自己満足はあっても自慢にはなりませんわ」

「見た目とか、どうにでも優劣は付くと思うけど?」

「私のペットがナンバー1と言い張る者に対して、見た目の優劣など生じると思いまして?」

「趣味は人それぞれ違う、か」

血統や親の持つ功績など、客観的にも分かりやすい特別があるのならともかく、隷族にはそんな物もなければ、コンテストなどで競い合わせるような場所もない。

どんな隷族を連れまわそうが、客観的に凄いとされる要素が隷族には一つもない為、本物の自慢好きである令嬢にとって、何の魅力もない事を照心は理解した。

皆が凄いと感じるモノ以外では、自慢というものは成立しないのである。

「それで?どうしますの?」

「飼う事に興味はないけど、売り買いの現場とかそういうのには、興味があるかな」

「相変わらずの、ミーハー根性ですわね」

「知らない事に興味があるなんて、実に華族らしくて良いと思うけど?」

 照心はそう言って肩を竦めてみせた。

知りたいという好奇心を失ったと同時に、人は人ではなくなる。

さて、これは誰に言われた言葉だっただろうか。

「貴女が奈緒さんと仲の良い理由を、改めて理解しましたわ」

「一番は杏だけどね」

「そ、そんな事言っても、何も出ませんわよ」

言葉とは裏腹に、杏はすこぶる嬉しそうな表情を見せた。

杏は照心から見て、裏表のない分かりやすい性格の持ち主だった。誉めれば簡単に木に上るし、貶せば世界が明日終わるような、絶望的な表情を見せる。鼻に付くお嬢様口調や、やたらと自分を誇示したがる所は玉に傷だが、杏ほど素直な人間を照心は知らなかった。

まぁ、色々と御託を並べて見たが、単純に照心は杏が大好きだった。

「今ふと思ったんだけど、今日の杏の髪、凄くキマってるね」

「あら、気が付きまして?少し美容師を変えましたの。予約が取れない事で有名な美容師ですのよ。サラサと言えば、照心さんも聞いた事がありますでしょう?」

髪型の些細な変化を照心指摘したからだろう。杏は嬉しそうにくるくるに巻かれている髪を掻きあげた。美容師を変えたやサラサと言われた所で、照心にはピンと来なかったし、いつもに比べてどう変化しているかは分からなかったが、凄くキマっている事には変わりなかった。

なんというか、引っ張ってペチンとしたい衝動に駆られる。

例え引っ張った所で、ゆっくりと元の形に戻るだけで、ペチンと戻りはしないのだけれど。

「で、照心さんはなぜ、わたくしの髪を何度も伸ばしておりますの?」

「セットのチェック。見た目は凄くいいけど、簡単にセットが崩れるようなら、杏のような一流に触れる程の技量は持ってないって事でしょ?」

「なるほど。それはもっともですわ」

 照心が衝動に対して、適当な言い訳をすると、杏は納得したように頷いた。

杏は本当に素直で可愛いアホの子だ。

「杏の美しさについ話を逸らしちゃたけど、興味あるし、隷族、一人だけ見繕ってもらってもいいかな?」

「えぇ、構いませんわよ。照心さんはどのようなタイプの隷族がお好みですの?諸星が贔屓にしているブローカーは、凡そ注文通りの隷族を見繕ってくれますわよ?」

「そうね。ぱっちり二重の美少年。なんてのがいいかもしれないかな」

ブローカーとのやり取りを見たいだけで、飼うつもりなどない照心は、用意してもらう隷族の条件として、杏が好みとするビジュアルを発注した。

こうしておけば、強制的に買う流れになったとしても、杏に押し付ける事が可能だろう。

杏はツンデレで奥手でもある為、自分好みの隷族は家に一人もいないと予測できる。

つまり杏からしてみれば、普段では絶対に飼えない隷族を、友人に無理矢理押し付けられたという免罪符を得て、手に入れる事が出来るのだから、これは押し付けではなく後押し。

あぁ、なんて友人思いの照心さん。

「相変わらず良い趣味ですわね。取引は今日中にとはいきませんけれど、構いませんか?」

「問題ないよ。今日の予定は杏とのウインドーショッピングだし。ただ、購入の際は杏も付いてきてよ。一人はさすがに怖いし、奈緒とかだと、次の日には学園中に広められちゃうから」

「もう。仕方ありませんわね」

頼りにされて、杏はうれしそうだった。


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