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而ノ迷 ひらける名の草花  作者: 東東
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7/20

 ・・・『夜』?


 ふと、取り留めのない連想的な思考の中で、浮かんでいたそれに何故か引っ掛かりを覚えた。『彼ハ誰』に『シコウ』以外で唯一正式に入国が許される国の住人、でも、見かけたことは殆ど無い。

 何もないこの国に用がある人間なんている訳がなくて、その為、ごく稀に訪れているらしいその他国の住人を見たことがある人も、殆どいない。ギンも、前に一度、それらしい人を見かけた気がする程度だと言っていたし、僕だってその程度のはず・・・、だと思っているのだが、この引っ掛かりは、その認識に軽く否定を囁いている。

 もしかして、明日以降に見かけているのかも・・・、聞こえてきた囁きに、そんな可能性を思いつく。今日より先、今より先に見かけているならば、今の自分は知らないわけで、思い出せるわけもない。

 でも、もしそうなら、これから先、今まで殆ど見かけたことのない他国の人間を見かけるわけで、しかも見かけるだけではなく、囁きが聞こえてくるくらいなのだから、何か関わりが出来るのかもしれなくて・・・。

 面倒だと、心の片隅で叫ぶ声が聞こえてくる。あまりに遠くて、この耳に届く頃には囁きとさして変わらないレベルまでになってしまう、叫びが。

 届かないかもしれない叫びを、それでも渾身の力で振り絞る、自分の中の一部の気持ちは分からないでもない。ただでさえ、子供なんて、面倒で厄介で、一生関わり合いになりたくなかったモノに関わらざるを得なくなってしまっているのだ。

 これ以上、イレギュラーなことには関わり合いになりたくないと願うのも、叫ぶのも、無理もないだろう。

 変化のない国の、変化を持たない住人なのだ、僕は。何も持たないということは、何も得られないということで、つまり何も持っていないのだから何も失うこともなく、何も得なくて何も失わないのだから一切が変化とは無縁という意味でもある。僕達は、僕達の国は、そういう人間であり、そういう国なのだ。だから、変化なんて・・・、


「おわっ!」


 ・・・変化、なんて見たくもない。知りたくもない。関わり合いになんてなりたくもない。元より、膜の掛かったこの国では、過剰に反応しなければ全ては流されてしまうのに、どうしてそれが出来ない人間がいるのかと思う。

 何も反応しなければ、こちらだって足が向かうまま歩き続けて通り過ぎ、その存在に気に留めることも、気づくことすらないかもしれないのに。

 ぼんやりとした視界に入っていたモノを入っていると認識したのは、勝手に取られてしまった過剰な反応の所為だった。斜め前方、四、五歩の位置に存在していたソレは、突如、何かに下から突き上げられでもしたかのように飛び跳ねつつ、動作と同じくらい大袈裟な悲鳴を上げてその存在を過剰に示し、同時に、その行動によってこの国にとって異質な存在であると、迸らせた悲鳴以上に強烈に主張してくださったのだ。

 自動的に止まってしまった足は、強烈な主張に負けてしまったということだろう。

 なんて余計なことをしてくれているのだという悪態は、余計な主張をしてくださったすぐ先の存在に対してなのか、その存在に負けてしまった自分の足に対してなのか、自分の感情だというのに判別がつかない。今、判別がつくことと言えば・・・、面倒だと呟く自分の感情の形、ただそれだけだった。


「あっ、あのさ! ちょっ、あのっ・・・、俺、べつに、ちょっと・・・」

「・・・そうですか。じゃあ、これで」

「えっ! なにがっ?」


 判別出来た感情の形に従って、この数歩先にある現実をなかったものにしようとしたのだが、無意味な単語を積み重ねている他国の人間は、自分の存在をなかったものにされるのは許せないと言わんばかりに大声を開けて一歩、大きく踏み出してくる。

 しかも何故か両手をこちらに伸ばしていて、両の指を軽く曲げて広げているあたり、何か、微妙な危機感を感じずにはいられない。

 なにが? ・・・等とまるで責めるような口調で叫ばれているが、正直、今にも掴みかからんとした格好で叫ばれても、こちらこそ『なにが?』と言い返したくなるくらい、理不尽さを感じてしまう。というか、あと一歩でも踏み出されたら、問答無用で二歩ほど後ろに下がるだろう。

 むしろ、今、まだこの場に一歩たりとも下がらずに踏み留まっているのが、自分で自分の行動が不思議に思えるほどだ。

 膜に覆われ、顔の輪郭がはっきりとしないが、その膜の向こうでも見えるのは、膜を払い除けるほど明るい茶色の短髪だ。明るい色といえば、ギンのような何の混じりけもない白ぐらいしか見たことがなく、色がついてるのに明るい色なんて、存在していると想像したことすらない。

 その為、髪色だけでもこの国には馴染まない人間なのだと分かった。また、瞳の色も膜に浮き立つように見える。髪よりは濃い、茶色。しかも何を反射しているのか、それとも何か、この国にはない特殊な性質でもあるのか、やたらと強い輝きが派手に巻き散らかされていた。

 膜に、馴染まない人間。誰が誰なのか、何が何なのか判別がつかないこの国において、膜に馴染まない姿はその行動を抜きにしても、あまりにも異質で、この人間と自分もまた馴染まないだろうことがはっきりと感じられていた。

 もうこれ以上、関わりたくないと切に願うほどに、違う。おまけに何故か、居心地が悪い。自分が物凄く場違いな場所にいるかのような気分になっている。・・・この国の住人は僕の方であって、この場所において異分子なのは相手の方なのに。

 一体、この理不尽な気分は何が原因なのだろうかと疑問に思うのだが、すぐさまその疑問は解決する。指を広げた両手を何故か微妙に上下に揺らしている姿を見ているうちに、あっさりと気づいたのだ。

 目の前の相手は、まるでそこに自分がいるのが当然かのような存在感があった。違和感は間違いなくあるのに、その撒き散らした存在感が逆にこの国の曖昧な空気の方こそを異質なものに変えてしまっていたのだ。自分こそがこの場所に相応しく、この場所に充満する全てがおかしいのだと言わんばかりに。

 強烈過ぎる存在感は、流されるままぼんやりと生きていく国にあって、その国の在り方そのものを押し退けてしまうものなのかもしれない。そんな感想を、ある種の現実逃避気味に抱いていたのだが、しかし無害な逃避活動すら、行いきることが許されていなかった。

 いつの間にか騒がしい口を閉ざしていた目の前の存在は、その強い光を放っている瞳をひたすらにこちらに向けていて、少々広がっていた沈黙の果てに聞きたくもなかった事実を口にしてしまったのだ。


「アンタ・・・、もしかして、チクる気、ないの?」

「・・・は?」

「俺、見ての通り・・・、『朝』の人間なんだけど」


 もしかして、黙っててくれるつもり? アンタ、滅茶苦茶良い人だったりする? ・・・と、一歩、近づきながら口にされたそれは予想外の衝撃で、決意していた後退すら出来ないまま、その場で全身を固まらせてしまった。身体だけではなく、思考回路すら凍りつくほどの、衝撃。聞かなかった振りをするなんて知恵すら浮かばないほどの、衝撃。

 膜がまた少し薄れた他国のその人間は、僕より縦も横も、少しずつ大きかった。少しだけ見上げる身長に、一回りは大きい、服の上からでも分かる硬そうな、引き締まった身体。着ている物はとても薄そうな、白に黒で何か、良く分からない絵だか字が書かれたシャツに、濃い藍色を洗いざらしにしたような、硬そうな生地のズボン。

 寒くないのだろうかと頭の片隅で思うのと同時に、その身体の造りが僕や、他の『彼ハ誰』の住人より明らかに丈夫そうな姿に、あぁ、なるほど、違うな、とも思う。

 僕達、『彼ハ誰』の住人より柔い造りをしているらしい『夜』の住人ではない。僕達よりずっと丈夫な造りをしているのは、『夜』と真反対の国の住人だけ。本来なら入国を許されていない、この『彼ハ誰』で見かけるはずのない、人間。


 ────『朝』の住人、『男』だ。


 動かなくなってしまった足を今までの人生でやったことがないほど罵倒してでも、どうしてすぐさまこの場を離れなかったのか。脳が状況を整理するより先に、ただひたすらに強烈な後悔だけが襲いかかってきていた。

 同時に、どうしてそんな、バレたら明らかに拙いことをこんなにもあっさり言ってしまうのかと、目の前の『男』という生き物に対して、信じられない思いで一杯になる。

 違反行為、なのだ。明確な、許されない行為なのだ。『夜』は『彼ハ誰』に、『彼ハ誰』は『朝』に、『朝』は『誰ソ彼』に、『誰ソ彼』は『夜』に、世界は一方通行で、逆行は認められていない。

 例外は『シコウ』だけで、他の国の住人は、一方通行であるその先の国以外の入国は許されていない。勿論、『彼ハ誰』の人間が『朝』に入国し、そこから更に先にある『誰ソ彼』に行くことも許されていない。

 入国が許されているのは、あくまで一方通行の先にある、隣の一国だけなのだ。

 だからこそ、『船』だって許されない国へは向かってくれない。国から国へ住人を運ぶ『船』は、入国を許可されている国以外へは向かわないし、逆行もしない。勿論、向かう先の国へ入国を許されていない国の住人は、『船』に乗ることすら出来ない。

 ・・・のに、目の前のこの『男』は、やってしまったのだ。許されないことを行い、おまけにそれを見た目だけでバレていると思い込み、あっさりと自らバラしてくださった。

 今まで経験したことがないほどの頭痛が襲いかかってきている。戦う術があるとも思えない。襲いかかる痛みはどうにか脳の動きを立て直そうとする意思を挫き、怪訝そうな雰囲気を醸し出してまた一歩、近づいてくる相手から逃れる為の指令を足に下すことすら出来ないでいる。

 つまり、絶体絶命というヤツだった。なんでこんな目に遭ってしまうのか、全く理解出来ない。

 でも、もっと理解出来ないのは、あと二歩程度の位置まで近づいてきている『男』が、自分がしでかしている違反行為に対して、焦っているような声を出していたわりには、深刻な空気は一切醸し出していないことだ。むしろ、妙に軽い感じがする。やたらと軽い気配もする。下手をすると、この国に充満する薄暗い膜よりも軽い雰囲気が漂っている。

 ・・・『男』が、この国にいる。『船』は『彼ハ誰』に、『男』を運ばない。しかし現実にこの『男』が今こうしてここにいるのなら、その方法は一つしかないだろう。取ってはいけない手段・・・、『階段』だ。この『男』は、全ての国に住まう住人が使ってはいけないと決められているはずの『階段』を使って、勝手に入国してきてしまったのだろう。

『階段』・・・、各国を繋ぐ、文字通りの『階段』。但し、その『階段』に住まう住人以外は使用を禁じられている、ある意味において国として数えられてはいない国。入国を許されていない国に踏み行ってはいけないように、『階段』にはその『階段』の住人以外は足を踏み入れてはいけないのだ。・・・が、例外もある。『階段』の住人が許可をした場合だ。

 勿論、何処に足を踏み入れて良いかどうかはその場所に住まう人間が決めていることではなく、世界が決めていること。もしくは、『シコウ』が定めていることなのだから、住人だからといって勝手に許可して良いわけではない。

 ただ・・・、それでも勝手な行動を取る人間はいるわけで、『階段』の住人達も、『階段』の使用を希望する人間が差し出す何らかの対価と引き替えに、こっそり通行を許可してしまうケースがあるらしい。

『階段』なら、逆行可能だ。自分の足で歩くのだから。各国を繋ぐ、上りしかない『階段』を、そこの住人達に何かを対価として差し出すことによって、自分の足で勝手に逆行してきたのだ、この『男』は。こんな・・・、何もない国へ、見つかればきっと、何らかの咎めを受けるだろう罪を犯して、やってきた。過剰に焦っているのに、やたらと存在感があるのに、妙に軽い空気を纏って。


 ・・・何を、しに?


「俺っ、リトープスって言うんだ。皆、リトって呼んでいるから、アンタもそう呼んでよ!」

「・・・呼んでって、言われても・・・、って言うか・・・、」

「ん?」

「バレたら、拙いんだよね? なのになんで平気で名乗っているわけ? そもそも、なんでここに留まっているの? 見つかっちゃいけないんだから、どっかに逃げたら?」

「いや、そうなんだけどさぁー・・・、でも、なんか、大丈夫じゃね? みたいなっ!」

「・・・何がだよ」


 何をしに来たのだとしても、関係なんてなかった。むしろ、関係してはいけなかった。関係してしまえばあまりにも厄介すぎるし、面倒すぎる。浮かんだ疑問にすぐさまそれを自覚し、叩き落とすようにして払い除けたのだが、そうこうしているうちに何故か厄介ごとは勝手に進行してしまう。

 辛うじてまだ纏っている膜が意味を成さないほど、つまり膜越しでもはっきりと分かるほどの満面の笑みを浮かべた『男』は、何を思っているのか自分の名前まで披露してきたのだ。

 国が違うと、ここまで理解不能な人間が出来上がってしまうのかという妙な感心を抱きそうになるのを何とか押さえ込みつつ、どうにか口にしたそれは自分で自分にその通りと絶賛を贈りたくなるほど的確な助言だったと思う。

 何をしに来たのかは知らないし、知りたくもないが、違反行為を行っている以上、誰にも見つからないように逃げ隠れすべきなのだ。というか、逃げ隠れする為にこの場から消えてなくなってくれと切に願っているのだが。

 しかし『男』・・・、リトープスと名乗ったソイツは、こちらの的確な助言に対して、一度、奇妙に言葉を濁したかと思うと、浮かべている笑みを全く崩さないまま、朗らかな声を上げたのだ。弾むような口調で、全く意味が分からない単語を高らかに。あまりの高らかさに、動かないでいた足が左足だけとはいえ、一歩下がるほどに。

 本当に、『何が』だと思うそれを言い放ったリトープスは、こちらの片足が一歩下がった所為なのか、あの妙な動きをしていた手を突然一杯に伸ばしてきて・・・、熱を、今まで感じたことのない熱を、圧迫感ではなく、微かな、けれどはっきりとした痛みとして両肩に感じて、その途端、ようやく戻ってきた思考が何処かに流れ出すのを感じた。


 熱、痛み、熱、他人の、熱。


 ・・・爪が、喰い込んでいる。コートの上からでも肌に喰い込むほどの力。声が、出なくなる。息すら、止まりそうになる。

 だって、熱なのだ。他人の、熱。こんなにも強い熱、自分以外の熱、こんな、感じたことはなくて・・・、膜が、裂けていた。表情が、はっきりと分かるほどに、近づいている。こんな距離、ギンとすらとったことがなく・・・、誰ともとったことがなく・・・、だれ、とも?


「俺さ、『夜』の『女』に会いたくて、ここに来たんだ」


 意識が、ふと何処かに浮く気配がした。足が上手く地に着いていない気配。耳から入った単語が、脳が認識するより先に熱を持つ。耳の中で、何かが溶け出している予感。入ってきた言葉が溶けているのか、それともその単語によって、元から入っていた何かが溶け出しているのか。

 熱い、熱くて、熱い。でもそれだけ熱いのに、肩の熱が消えない。熱は、消えない。

 他人の、熱。感じたことのない、熱。それは間違いないのに、間違いないはずなのに、肯定を否定する声がする。きっと、肯定の声は今の声、否定の声は・・・、今より先の声だ。今の僕では完全に聞き取ることが出来ない。ここに、今より先の僕はいないから。ただ、単語が浮かぶ。鮮明に、浮かぶ。たった一つの、単語。


 ────『子供』、約束された『子供』。

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