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而ノ迷 ひらける名の草花  作者: 東東
4,絞める・叫々ぶ・まだ絞める
14/20

「それで? 受け渡し場所って、何処なの?」

「・・・っていうか、何でついて来るわけ?」

「いや、だって興味あるじゃん! 子供だよ? この機会を逃したら、永遠に見られないかもしれないじゃん!」

「・・・あのさ、自分の状況とか、しようとしていること、分かっている? 隠れてるんじゃなかったの? 僕、今から子供受け取りに行くんだよ? 渡しに来る相手、誰だか分かっているよね?」

「『シコウ』・・・、かな?」

「かな、じゃなくって」

「うーん・・・、言っている意味は分かるんだけどさぁ・・・、なんだろう? これ・・・」

「何言われているか分からないから、知らないけど・・・」


 確信通りに何故か気軽な態度でついてきてしまったリトープスは、自分が置かれている状況を飲み込めてないのではないかと思うほど気楽に、隣を歩いている。両手を頭の後ろで組み、少しだけ胸を反らして歩く様は無意味に堂々としており、自分がこの国への入国が許されていない人間だという事実を知らないのではないかと疑うほど、暢気だった。

 別に気楽すぎる奴がどうなろうと知ったことではないし、勿論、心配しているわけでもないのだが、それでも一応、状況を理解させようと努めたのは、相手の身ではなく自分の身を案じていたからだった。

 許されない行為をしている人間と並んで歩いている状況で、自分まで何か咎められたらどうしようという、正真正銘の保身の気持ちから生じた台詞。

 しかしどんな意図であれ、現実を突きつけているはずのそれに、リトープスはあまり動揺する様子が見えない。それでいて、こちらの言いたいことは分かっているのか、向けた問いの答えは正確だった。

『シコウ』、そう、『シコウ』の人間にこれから会いに行くのだ、僕は。子供を受け取る為に、会いに行く。決まりを破っているリトープスが、今一番、見つかってはいけない存在に。


 ・・・違和感、があった。整理して考えているのに、躓くように感じる、違和感が。


 間違ってはいない、そのはず。でも感じている、違和感。見つかってはいけない相手、その相手に鉢合わせしてしまうかもしれないのに、全く意に介してない様子のリトープス。

 違和感は、何に? 考える理由は、一つの形に固まろうとして・・・、完全に固まりきるより先に、漠然とした一つの形を提示される。曖昧なこの国には全く似合わない、酷く朗らかな声で。


「なんか、良く分からないんだけどさ・・・、」


 全然平気な気がするんだよなぁ・・・、ってか、会う気がしないっていうか、


「妙に自信があるんだよね、結局会わないんじゃね? っていう自信がさ。ただ・・・、代わりに、なんか、物凄いドキドキする予感がするって言うか・・・、これってアレかな? 初めての子供にドキドキ! みたいな感じ?」

「・・・知らないよ」


 やたらとはしゃいだ声を上げるリトープスは、そのはしゃいだ声に相応しい跳ねるような足取りで一度、行く手を阻むように前に回り込んだかと思うと、僕のすぐ目の前で数回軽く跳ねてから、意味が分からないと叫びたくなるような言葉を吐いた。

 何の根拠もない、それ。吐いた途端に笑い出しそうになっているリトープスの楽しげな様が、瞬間的にやたらと腹立たしい。でも、瞬間、そう、瞬間だ。膨らむ余地もなく爆発したそれは、その更に一瞬後には跡形もなく消えてしまっていた。

 腹立たしさが数秒で全て尽きてしまったから・・・、ではない。そうではなくて、そう、ではなくて・・・、自分でもよく分からないのだが、何かが、とても素直に何処かに落ち着いてしまったのだ。

 まるで、腑に落ちたかのように。落ちるような理由も根拠も、存在していないのに。何処か、自分にはない場所に落とされたかのように。

 手は、意識しないまま突き出され、目の前でこの国にそぐわない明るさを発している存在を軽く押し退ける。手の感触に、少しだけ上がった驚きの声に、聞こえた声以上に驚いたのは僕自身で、けれど手を引くことも謝罪することもなく押し退けて広げた先に足を突き入れた。

 そして最初に踏み入れた足に沿うように次の足も踏み入れて、先に歩きながら、自分が他人を押し退ける行動をとったという事実に、他者を押し退けた際に感じた手の熱に、踏み出している足が震えるほどの衝撃を覚える。

 他者の意思に触れること、触れた上で拒絶すること、自分の意思を、目の当たりにすること、こんなにも鮮明なモノ、この国にあるとは思わなかった。ましてやこの身に触れるとは想像すらしたことがなく、触れた今ですら信じがたく、重ねた時間が実在すると信じることも出来ず。

 ・・・立ち止まってしまえばもう二度と踏み出せない確信があって、足を止めることも出来ない。進み続ける足が向かう方向を考えることすら怖れて、ただ進み続ける。

 すぐ後ろから掛けられている声が、聞こえていないわけではない。言葉が、耳に入っていないわけでもない。でも、脳が受け入れを拒絶していて、理解は酷く遠い。とても、遠い。進む先が見えず、何度も瞬きを繰り返すが、世界が鮮明になることはない。

 この国は『彼ハ誰』、すぐ傍の熱すら鮮やかさを保つことは出来ない。そんなこと、この国でこの目を見開いた瞬間から、知っているはずなのに。


 どうして今更、『彼ハ誰』らしくあるこの自分に、こんなにも違和感を覚えるのか?


「・・・っ!」

「・・・え?」

「なぁ、誰か・・・、あっち、誰か、来ない?」

「あっちって・・・、」

「ほら、あっち」


 止まることを拒絶していた足が自然と動きを緩め、意識しないまま止まったのは、充満する薄膜の向こうから微かに聞こえてくるその声が、何かの違和感を纏っていたからだった。

 聞こえはしたが言葉の意味は聞き取れず、方向さえよく捉えられないでいたのだが、立ち止まっているうちにすぐ隣に並んだリトープスが斜め前方を指差し、捉えられないでいた声の方向を指し示す。

 示される方へ顔を向けると、確かにその方向に広がる膜の向こうから、人影が近づいてくるのが分かった。しかも急激に近づくその様から、走り寄って来ているのが分かる。

 何かを叫びながら近づく姿は徐々に膜を剥いでいき、影になっていた姿を形に変えていく。顔立ちなどは、当然分からない。ただ代わりに、靡く髪が上半身を覆うほど長いのが見て取れた。また、全体的にほっそりとした体格をしていることも分かる。

 そしてもう一つ分かるのは、あの髪の長さからしても、今まで見たことがない人物だということだ。・・・その、はず。

 少なくとも、今の僕にとっては。


「灰茶さん!」


 顔の造りは朧気ながら、大まかな姿が大体見えるようになったのと、聞こえてきた声が象る形をはっきりと認識することが出来るようになったのは、ほぼ同時だった。

 見えた姿はやはり見覚えがなく、身につけてる衣服も見かけない物で、そもそも纏う空気そのものがこの場に、この国に馴染まないものだった。曖昧なこの世界にはそぐわない、はっきりとした、鮮明な存在を持つ人間。

 長い髪は一切の歪みが許されないストレートに、一切の不純を許さないような黒。細かな顔立ちは分からないままだが、すぐ目の前で立ち止まり、真っ直ぐに向けてくる瞳の色は分かる。少しだけ藍が滲んだような黒で、向けてくる揺るぎないほど真っ直ぐな眼差しに良く似合ったものだと感じた。

『相変わらず、よく似合っている』と。


 あい、かわら、ず?


 視界が、少しだけ歪んだ気がする。そしてその原因たる歪んだ視線が、何かを探すように少しだけ廻った。何を探しているのか、疑問は一瞬で氷解する。カレンダーと時計だ。

 往来に、あるわけがないのに。あったとしても、この薄膜の世界で見えるわけもないのに。そもそも何故、今、ここでそれを探そうとしているのか、探す理由すら知らないのに。

 足下が、揺らいでいる。立ち位置が、分からなくなり始めている。朝、確認したはずなのに、どうして今、突然揺らいでいるのか。「灰茶さん!」目の前でもう一度強く呼びかけられる。強い目で、呼びかけられる。

 曖昧に全てを暈かしてくれるはずの膜すら意味を成さないほどの、強い眼差し。こんな目を向けられる理由なんて、ないのに。・・・でも、良く分からないモノを初めて向けられている、それ以上の違和感が、確かにある。何故か、ある。


「灰茶さん! 子供っ、子供は!」

「・・・っていうか、あの、」

「私にくださるって! 要らないと仰っていたじゃないですか!」

「いや、あの、だから、誰って・・・」

「確かに仰っていましたわ! 要らないと、確かに! 私、どうしても欲しいのです! 子供がっ、子供が・・・!」


 眼差しと同じほど強い力で鷲掴みにされた肩に、他者の指先が喰い込む感触がした。首ではなく、肩に。爪の形がはっきり分かる、痛みが熱に変わり、その熱が身体の中に入り込む。そしてその熱に浮かされるように、身体を強く、強く前後に揺さぶられた。

 揺れが、また身体中に熱をばら蒔く。震える、たぶん、熱に熟んだ身体の中が。

 視界は、ぶれる。前後に揺さぶられ続けているから、今も尚、ぶれている。視界が定まらない中、目の前の存在はひたすらに叫び続けていた。聞こえる単語は、『子供』『子供』『子供』、くれるはずだ、要らないだろう、欲しい、欲しい、欲しい・・・、ばかり。

 何度も、何度も、同じ単語を繰り返し続けている。聞こえる声が、今、聞こえている声なのか、それとも少し前に聞こえた声が耳の中に残っているのか、さもなければこれから先、聞こえるはずの声を予感しているだけなのか、あまりに同じ単語が繰り返される所為で、判別がつかない。

 慣れない動きをさせられている所為か、呼吸が次第におかしくなっていった。吸い込んでいるつもりなのに、息が喉に入っていかない。吐き出したいのに、息が出ていかない。まるで首を締めつけられているかのようなそれに、充分な空気を得ていない脳の動きは鈍り、自分が拡散されて辛うじて保っていた世界との境界が解けていく予感がした。

 でも、そんな予感があるにも関わらず、どれだけ自分が自分から隠そうとしても消えることのない、はっきりとした確信が残っていた。自分が全てなくなっても残る、知らなかった芯のように。


 ────『僕は、嘘つきになったのです』


「・・・ねぇ、あのさ、アンタ、もしかして・・・、『夜』?」

「は?」

「『女』だろ? 違う? 違わないよね? ね?」

「・・・『彼ハ誰』の方ではないのですか?」

「俺、『朝』」

「『朝』?」

「そう、俺、『朝』の『男』なんだけど!」

「・・・ちょっと待ってください! 何故、『彼ハ誰』に『朝』の『男』なんかがいるのですっ!」

「『女』だろっ? アンタ、『女』なんだろっ!」


 呆然としているうちに、事態は全く別の展開を迎えていた。唐突に現れた目の前の存在の所為で忘れかけていた強制的な連れ、リトープスが突進するように前に踏み出してきたのだ。

 勿論、標的は目の前にいた人。僕の両肩を未だに強く掴んでいる人。見かけない、薄い布を身体に巻きつけて、腰で幅のある、少し硬そうな布で結んでいる・・・、『女』、『夜』の『女』。

 だから見かけたことのない服装をしているのかと頭の片隅で思いながら、ぼんやりと目の前の光景を眺める。まるで少し前の時間の再現を目の当たりにしているかのような光景が、目の前では繰り広げられていた。

 僕に掴みかかった『女』と同じように両手を伸ばして突進していったリトープスは、その伸ばした手で『女』の細い両肩に掴もうとしている。

 しかし、それは叶わない。

『女』は僕の肩を離さないまま、掴みかかってきたリトープスの手を肩で弾くような仕草で払うと、その眼差しをリトープスに向け、はっきりとした攻撃性を放って威嚇した。触るな、近づくな、消えてしまえ・・・、そう、言葉なんて形にする必要が無いほど明確に伝わる感情を放つ眼差し。

 初対面であろう人に向けるにしては、あまりにも強い、明らかな負の感情。

 放たれる『女』の感情が強すぎる所為か、自然、視線はそこから離れていく。見ていれば見ているだけ、向けられているわけでもないのにその感情が突き刺さりそうで、とてもそれ以上見ていられなかったのだ。逃げるように離れる視線は自然ともう一人の元へ向かい、伸ばした手で何も掴めないでいる『男』の姿を見つける。

 中途半端に伸ばした手を下ろすことのない『男』、リトープスは・・・、輝いていた。

 膜を切り裂くほどの明るい輝きを、瞳にも、表情にも滲ませ、真っ直ぐに『女』を見つめているのだ。希望、そんな言葉を連想させるほど明るい笑みを顔全体に滲ませ、瞳も明るい光に満ち、一切の不安も不満もなく、不幸の影すら見かけたことがないとでも言わんばかりのその様は、見つめる先の『女』が向けている一切が視界に入っていないとしか思えなかった。

 負の感情なんて見たこともありませんと、全ての負の感情を目の前にして高らかに謳うような、それ。

 そういえば、『女』に会いたがっていたんだった、とリトープスの輝きの理由を思い出したのは、国が異なる、あまりにも相反した二人の様に呆気に取られていた所為で、かなり時間が掛かったように思う。実際の時間は詰まれていなかったのだろうが、僕の中で通り過ぎた時間は長く、とてもゆっくりとしていた。


「俺・・・、『女』に会いに来たんだ。その為に、『階段』まで使ってここに来たんだよ。絶対会ってやるって思って来たんだけど・・・、でも、こんなに綺麗な『女』に会えるなんて、俺、超ラッキーって言うか・・・、あのさっ、俺、リトープスって言うんだ、アンタ、なんて言うの? なぁっ、アンタ、俺と・・・」

「・・・煩いわよ、私は『男』なんかに用はないわ。話したくもないし、近寄ってほしくもないのよっ」

「そんなこと、言うなよっ! せっかく会えたんだからさぁ」

「だから私は会いたいなんて思ってないと、そう言っているでしょう!」

「『男』と『女』がこうして会えるなんて、良い感じじゃん! 何でそんなに嫌がるわけ? ってか、名前っ、名前教えてよ!」

「誰が『男』なんかに・・・!」


 すぐ目の前で交わされる、噛み合わない会話。すぐ目の前で行われているのに、自分を無視して行われている会話。それでいて、離されない他者の熱。

 目的は知らないけれど、『女』を求める『男』と、『男』を拒絶する『女』、その二人を眺めているだけの『男』も『女』も持たない僕。拒絶されている、明かされない『女』の名前。名前、名前、名前・・・、


 ────『サエミ』さん。


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