そして、毒舌少女はチームとなる。
「神…?」
ゆかりは驚きを隠せなかった。先ほどまでの沖の話が本当なら神という存在はとても私たちが思っているような「良い」存在ではないはずだ。むしろ人間を機械のように道具のように認識しているはず。
(そんなやつがここのトップですって!?ありえない)
「沙織さん。神がトップって……大丈夫なんですか?」
「あらあら心配なのね?でも大丈夫よぉ、会えばゆかりちゃんもわかるわぁ」
沖はにっこりと微笑んで見せた。
「それじゃ話を続けるわね?」
「あ、はいお願いします」
(もう少し神について聞きたかったけどそれは局長さんとやらに会ったときにしよう。それよりも私の身に何が起きたのかを知ることが先だわ)
沖は続きを話しはじめた。
「あら?どこまで話したかしら?えーと…そうそう、隔離症システムの暴走のところだったかしら。…えーと、今現在も隔離症システムは誤作動を起こして関係のない人まで抹殺されているわ。ゆかりちゃん、ニュース見たことあるでしょ?」
「え、あ、はいもちろんです。朝によくみてました」
「ニュース見ていると、なんで毎日こうも人を殺める事件、事故があるんだろうって思ったことないかしら?」
「確かにたまに思いますね」
「そうよね…いくつかは運命による行動だとは思うけど、全部が全部神によって決められた事件・事故ではないわぁ。その事件・事故のほとんどがシステムの誤作動で抹殺された人たちよ」
「抹殺された…で、でも私みたいに生きている人もいますよね!?」
人が死ぬというのは想像がつかないが、それでもいまゆかり自身に起きている不思議な現象による得体の知れない不安が「死」をより身近に感じさせ自然と声は上ずってしまう。
「ゆかりちゃん…ゆかりちゃんが天使に遭遇して、五十嵐くんが撃退した後のことを思い出しすことはできるかしら?あなたは死んだことになっているはずよ?」
アッと小さい声がゆかりの口から漏れた。
(そうよ、あの時にあの男はなんて言っていた?たしか…)
『はいはい。元の君がいた世界にはもう君はいないんだ。君は死んだことになってる。君のいた世界では君はどうやらコンビニの外でアイスを食べ終わりゴミ箱に捨てた瞬間にコンビニの駐車場に入ろうとしていた老人夫婦がブレーキとアクセルを間違って踏んで君に猛スピードで突撃し、そして君は死んだらしい』
五十嵐の言葉を鮮明に思い出し口が震える。
「わ、私はすでに死んでいる……?」
「大丈夫よ、だいじょーぶ」
と沖は優しくゆかりを抱きしめ小さな子をあやす様にゆっくりと言葉を発した。
「大丈夫よ、ゆかりちゃん。あなたは生きてる。ほら、心臓の音が聞こえるもの」
「で、でもあの男が「君は車に轢かれて死んだらしい」って」
「事故のあった所を見てみた?なにか変なものはなかったかしら?」
「変なもの…?」
(確か…あの事故、変なところ…)
「そういえば、私が目が見えなくなったところ、コンビニのゴミ箱の付近に大きな藁人形が!」
「そう、その通りよ。神は抹殺対象を殺し損ねた時のことを考えて対象が生きているか死んでいるかに関わらずこの世界からいなくなったことにしてしまうの。さっき私は神は人間を支配しているって言ったの覚えているわよね?」
「は、はい」
「その支配は単に人間の運命だけを決めるだけでなくて、1人1人の人間の筋肉の一筋一筋まで思いのままに操ることができるの。今回の場合だと、この世界の人間に神が用意した藁人形をゆかりちゃんだと認識させるために、視覚情報を改ざんしたのね、きっと。神は見せたいものだけを見せることができるから、ゆかりちゃんがもしあの時天使に殺されると本物のゆかりちゃんが、殺されなかったら藁人形が死体となっていたってところかしら?そしてもし生き残って場合同じ人間が存在しないようにと、社会的に孤立させるために世界の人間の視覚情報をいじって隔離症発症者の姿を全く別人で認識させるのよ」
「だから私はあんな姿に!?」
「ふふ、安心して、私の眼にはゆかりちゃんは綺麗で可愛い女の子に見えるわ。発症者同士だと視覚情報は改ざんされる前のままだから」
「どうかしら?少し落ち着いた?」
「あ、ありがとうございました」
沖がゆっくりとゆかりから離れた。
離れたあとでも残っている沖のぬくもりや香りが不思議とゆかりを安心させた。
しかし安心したからといってこの状況が良くなるものでもない。
なんとか不安な気持ちを落ち着かせ最も気になることを聞いた。
「沙織さんじゃあ、私はもう天使やら神には狙われない…ですか?」
沖は少し口を閉ざした後、ゆっくりと口を開き言葉を発した。
「…隔離症になってしまうともう神の支配にはかからないのよ。そうすると神としては運命に従っている人間を邪魔されることを恐れて隔離症発症者を抹殺しようとするわ。残念だけど…これからも狙われるでしょうね」
「そ、そんな…」
「まかせて、そのために私たち銀狼がいるよぉ」
「シルバーウルフ…」
沖は会議室の壁にかけてある時計を見た。1時間ほどが経過していた。
「あら、もうこんな時間?局長が待ってるわぁ、行きましょう」
「沙織さん」
「あら?どうしたのかしら?」
「シルバーウルフって名前、誰か付けたんですか?」
「あー、局長よ」
「ださい」
「言わないであげて」
会議室を出てさらに左に通路を進むと上部に「局長室」と書かれたプレートが掲げられている扉が現れた。どうやら大広間から左に入った通路はここまでのようだ。
ゆかりはもう一度プレートを見る。なにやら違和感があった。
(局長さん自分でこのプレートを作ったのかしら?……下手な字ね)
「さて、ゆかりちゃん。準備はいいかしら?…局長は癖のある方だから驚くかもしれないわぁ」
ゆかりが頷いたのを確認した後、沖はコンコンと扉をノックし、彼女を連れてきましたと扉越しに伝えた。
「開いているぞ、入れ」
力強い声が返ってきた。
扉を開け中に入ると、立派な木製のデスクに腰掛けている女がいた。
(あの人が、神)
その女はセミロングの黒髪に純白の軍服に肩から純白のくるぶし辺りの長さのマントをつけており、ギリシャ彫刻のように端整な容姿だった。
その女性から自然と溢れる気品とオーラにゆかりはおもわず手を握り身構えていた。
「ふふ、そう身構えなくてよい。別にとって食いやしないさ。…ようこそ銀狼へ時雨ゆかり」
それにしても、とその女はデスクから立ちゆかりへと近づいた。
「な、なんですか?」
「ふむ……私と同じでいい黒髪だ、と思ってな。体つきも悪くない。胸もそこそこあるな、まぁどれも私には到底及ばないがな、はっはっは」
「む、胸は関係ないでしょ!だいたいあなたも沙織さんも大きすぎるのよ!」
「さてその話は置いといて「置いとくな、謝りなさいよ!」ふむ、問題なく薬は効いてるみたいだな」
「薬?」
「あぁ隔離症のワクチンは私が作ったんだ。あのシステムは私の宮の担当だったからな。ワクチンなんてのはすぐ作ることができるのさ」
一呼吸おいて女は口を開いた
「おっと、すまなかった。自己紹介がまだだったな。私はマリアだ。全国に展開している銀狼の支部のトップ、局長を務めているものだ」
「そして神」
ゆかりがすかさずそう言いながらマリアを睨んだ。
そしてマリアに尋ねた。
「なんで、神が抹殺対象である隔離症発症者たちのグループのリーダーなんてしてるのよ!」
ふぅ、と一息吐きマリアは答えた。
「ある人間との約束でね。私は自分の立場より約束事を大事にしているんだよ、時雨ゆかり。そりゃ約束事といっても初めは嫌だったさ、言い方は悪いが隔離症発症者なんてのはコンピューターのバグのようなもんさ。誰が好き好んでバグといるもんかってね」
マリアは続ける。
「でも…今は違う。心の底から君たち人間を神の支配から護りたいと思ってるんだ。約束事ってこともあるが、それ以上に私が護りたいと思っている。ははは、変わっているだろう?……ふっ、そのせいで他の神たちからは裏切り者の烙印を押され羽もなくしたから今は『元・神』ってところかな」
「今は元・神じゃなくて私たちみんなの局長ですよぉ」
部屋に入ってから沈黙していた沖が優しく言った。
「あぁそうだな沙織ありがとう」
「ふーん、今の話は信じてあげる。他の神にその倍やりかえして、私をこんな目に合わした事を後悔させてやるんだから!」
「はは、威勢がいいな時雨ゆかり」
マリアはどことなく嬉しそうだった。
ゆかりはふと思ったことを聞いた。
「そういえば、ここが支部なら、あなたの「局長でいいぞ」、そう、なら局長。ここが支部なら、支部長とかじゃないの?」
「なんだそんなことか。支部長なんてかっこよくないだろう?やはり局長が私にはしっくりくる。私のための言葉だよ」
あぁ局長、なんて素晴らしい響きだ、まるで私のように素晴らしいとつぶやきながら目を輝かせ自分の世界に入りながらマリアは答えた。
「あー、ソウデスカソレハヨカッタデスネ」
ちょんちょんっと沖はゆかりの肩を触り耳元で
「うすうす感づいてるかもしれないけどぉ。局長、自分大好き系の人だから、気にしないであげてぇ?」
コンコンと扉を叩く音がした。
「ん?誰だ開いているぞ?」
マリアへ中に入るよう促した。
「お疲れ様で〜す。五十嵐マコトただいま戻りましたぁ」
五十嵐が部屋に入ってきた、後ろに何人かを引き連れている。
「おお、戻ったかマコト」
「局長久しぶりですねぇ」
「あ、変態さん」
「変態さん?」
首をかしげるマリア。
「そうよ。あの人私の個人情報知りすぎなのよ」
「あぁ、ファイルのことか…それ、私が作成したのだよ」
「は?じゃあ変態さん2号ですか」
「はっはっはっ、できれば1号の方が強そうで私好みだな。…「元」とはいえど神だからな、1人の人間の情報など「奇蹟」を使えば瞬時に分かるさ」
「奇蹟?」
五十嵐と共に部屋に入った茶髪の男が訝しげな顔をしながら尋ねた。
「そうだな、見ればわかるさ。これができるから神は神と言われるのさ」
(だれによ)
そうゆかりが心のなかでツッコミを入れると同時にマリアは指を鳴らした。鳴らした指の周囲にかすかな光の粒子のようなものが煌めき書類が数枚マリアの手の中に現れた。
「ほら、こんな風にな。さてと、時雨ゆかりの……ふむふむ、3サイz「ゆうなぁぁああああぁああああ!!!!」
「なんであんた達は人の3サイズを言いたがるのよ!!」
「はっはっはっ、そう恥ずかしがるな。じゃあ私の3サイズを先に教えてやろうか?ん?」
「必要ない!」
「つれないなぁ、時雨ゆかり。……ん?おい、マコト、少しこっちに来い」
「はい〜?どうしました?」
「ったく、お前はまた剃り残しがあるぞ。まったく、いつまでも手のかかるやつだ」
マリアの掌が光り電気シェーバーが現れた。
そして瞬時に五十嵐の剃り残しがなくなった。
「よし、これでいいだろう」
「わぁ、綺麗になった!局長ありがとうございます〜」
ゆかりはてを口元に持って行きその様子をみて考えていた。
(なにかしら、あの2人の感じ……ご主人と犬?…だめだあの変態に尻尾と耳があるように見えてきた。あぁだめだわ。2人とも変態だったわね)
そして聞いてみた。
「2人ってそうゆう関係?」
マリアと五十嵐は顔を見合わせ、ふたたびゆかりの方を向きマリアが代表して答えた。
「そうゆう関係がどういう関係かは知らんが。私は元・神で、こいつは私の眷属で見習いの神だよ」
思いもしなかった答えに一瞬固まる。傍で沙織さんが笑ってるのが目に入った。
(なんで、こんなやつが神なのよ。…見習いか。いやでも神は神よ。人間の想像してる神とは全くちがうじゃない。あんなお祭り男なんてみたことないわよ!)
ゆかりの固まった姿をみてクスクス笑っていたマリアが口を開いた。
「まぁ、詳しい話はまた今度だ。まず、マコトが連れてきてくれたもの達に説明せねばな。…時雨ゆかり。記憶を借りるぞ?」
「は?」
そうゆうとマリアはゆかりの頭に手を置きそしても片方の手で指を鳴らした。
「「「「ぐ…くっ!!」」」」
五十嵐の連れてきた4人の少年少女が頭を抑え苦痛の声をあげる。
「あ、あんたなにしたのよ!?…『記憶を借りる』ってもしかして!?」
「そうだよぉゆかりちゃん。ゆかりちゃんの記憶の1部分を彼らに共有したんだよぉ。これで口で説明しなくても、どんな状況か理解できるから便利だよねぇ。まぁ人間には少しきついみたいだけど」
と五十嵐が代わりに答えた。
1、2分後彼らは完全に状況を理解したようだった。
「あ…あの!」
4人のなかの一人が声をあげた。
「ん?どうした森咲茜。なにか質問か?」
「あ、はい!…あの…家族には会う事はできないのでしょうか?」
(家族…そうよ、家族よ!いろいろあって忘れていたけど…)
沖と五十嵐を除く全員がマリアに目を向けた。
「ふむ…家族か。……今現在の状況から、単刀直入に言うぞ?…お前達は家族に会う事はできない。お前達の容姿はすでに赤の他人として家族全員に認識されている。家に入ろうもんなら犯罪者、または不審者扱いをされるだろう」
「……そうですか、質問に答えてくださって、ありがとうございました」
明らかに意気消沈した様子で森咲と呼ばれた女はお辞儀をし礼を述べた。
「まぁ待て、森咲茜。まだ話は終わっていない」
「え?」
「たしかに今は会う事はできないだろう。しかしそれは神の支配のせいなのだ。その支配さえなくせばお前達はまた元の姿で世界に認識され、家族と会うことができるだろう」
「神の支配をなくすって…どうやるのよ?」
ゆかりが口を挟んだ。
「至極単純明解だ。この世界を支配している、主神を殺せばいい」
「……主神を倒す事はできるのか?」
五十嵐が連れてきた中で今まで沈黙していた黒髪の男が尋ねた。
「できるとも、かいz「シュンだ。俺の名前はシュン」」
黒髪の男がマリアの言葉に割って入った。
こほん、と一つ咳をしマリアは続けた。
「できるとも、シュン。主神を殺す事はできる」
「ものすごく難しいけどねぇ〜」
五十嵐が付け加えた。
「何ヘラヘラしてるのよ、駄目いぬ神!」
「い、いぬぅうう!?」
「そもそもさっき沙織さんに神が何人かいるって聞いたけど、主神?ってのがトップって認識でいいのかしら?」
ゆかりは尋ねた。
「その認識で構わない」
マリアは続ける。
「評議神会という神達を取りまとめる組織の第1席にいるのが主神。そこから第二席、第三席と続き、第十八席まである。……あぁそうそう。18という数字がこの世界では不吉な数字として扱われているのは、『主だった神は18人おり人間よりはるかに優れており恐ろしい存在だから崇め奉れ』、というのを暗に知らせるため意図的に主神が世界を操作しているのだ」
(わかるかよ、そんなこと)
「あのさぁ、その18人の神、あー1人は局長だから、17人か?その1人?1神?を倒したことのある人間はいるのかぁ?」
茶髪に男が尋ねた。
「いや、いない」
マリアは端的に答えた。
「誰もしたことのないことをこれから成し遂げるのだよ私たちは。評議神会の神達を殺し主神を殺し、この世界を支配から解き放つ。それがこの組織の目的だ。…そしてお前達の目的とも一致している。時雨ゆかりの記憶から知ったとは思うが、これからもお前達は神や天使たちから狙われるだろう。生きるためにはこの組織に入り、天使やら神やらに抗わねばならん。力は私が授けよう。そして神を殺し、家族の元へと帰るのだ」
「わかったわ。逃げるばっかは性に合わないわ、私は神を殺して家に帰る!」
少女は言った。
「あーおれもおれも!神ってーのをぶっ潰したい!」
少年は言った。
「あ、あの私は…その…はい。生きてお家に帰りたいです!」
少女は言った。
「……おれは…まだこんなとこで死ねない…!」
少年は言った。
「ふふ、いいだろうお前達は今日より1つのチームとなるのだ。……ようこそ、銀狼へ。愛しい我が子たちよ」
「局長」
「なんだ?」
「組織名ダサいから変えない?」
「ほぉ、早速死にたいとみえる」