【8】大事な忘れ物
「なるほどね〜。恋はしたものの高校では何もできず。同じ大学に入って今度こそは!ってイメチェンしたけど、まだ告白には至ってないってとこか〜」
「げほっ、げほっ」
そこまで話してないのに何故分かるの!?
「おっ、その反応は大当たりね。いーね、いーね若い者は」
絵里香は冷やかしながらイチゴクリームドーナツを差し出してきた。
「えっ?くれるの」
「もち!親友の初恋祝い!」
「ありがとう」
イチゴクリームドーナツを食べると、イチゴのあの甘酸っぱさが口に広がった。
「それが恋の味よ、なーんてね。それ食べたからにはちゃーんと告白しなさいよ〜」
ニヤニヤしながら絵里香はイジワルそうに言った。
「もぉ、他人事だからって簡単に言わないでよー」
ドーナツを食べ終えた私が反論したが、絵里香はわざとらしく時計を指した。
「あっ、もう帰んなきゃ」
「はぁ……駅まで付いてってあげるよ」
反論を諦めた私は席を発った。
毎回絵里香が帰る際には駅まで送ってくのが私の中で恒例だった。
少しでも長く一緒にいたいから……
私たちは駅までの道のりをゆっくり歩いていた。
夕陽に伸びた影を見ながら歩いていると、急に隣の影が止まった。
「絵里香、どうしたの?忘れ物?」
「うん。スゴく大事なもの」
「じゃあ早く戻って……」
「待って」
来た道を戻ろうすると絵里香に止められた。
どうして?絵里香も明日学校あるんでしょ?それに、新幹線に乗らなきゃ行けないんだから早く取りに戻んないと――えっ?
絵里香は右手の小指だけを立てて、私の顔の前に持ってきた。
「絵里香?大事な忘れ物は?」
「これよ。や・く・そ・く」
夕陽に赤く照らされた絵里香の顔が少し寂しそうに微笑む。
「夏休み、あたしの家に遊びに来て」
「うん、絶対行くね!」
私は喜んで自分の小指を絵里香の小指と絡ませた。
すると何故か絵里香の小指に力が入った。まるで私が小指を抜かないように押さえてるみたいだ。
絵里香の寂しそうな笑みが、イタズラな笑みに変わった。
「その時までに吉岡君に告白して、進展していること!ゆーびきーりげんまん、嘘ついたら」
「ちょ、ちょっと!」
指が外れない!
絵里香は気にせずに約束の儀式を続ける。
「カルピス原液のーます!」
元気良く言い切った後、ようやく指が解放された。
でも、もう遅いよ……トホホ……