【55】同じ感情
「橘さん、来てくれてありがとう」
図書館に入ってすぐに藤枝君が声をかけてきた。
「面白そうな本を見つけたから、今度はオレが橘さんに勧めようかなって思ったんだ」
藤枝君は手招きをして目的の本がある棚へ私を誘導した。
藤枝君が足を止めたのは海外の文学作品がある棚の前だった。
「この本だよ。全部で三巻あるんだけど、三巻目がまだ返されてないんだ。でも来週には返ってくるらしいから――あっ!」
本棚から一巻と二巻を藤枝君が取りだそうとすると、二巻目がバサッと下に落ちてしまった。
反射的に拾おうとしゃがんで手を伸ばすと、向かい側から伸びた手と触れた。
「あ、ああー、ゴメン!」
手が触れた瞬間藤枝君が飛び退いた。
本を拾って立ち上がろうとすると、さっき引っ込んだ手が差し出された。
「ありがとう」
差し出された手を掴むと、上に引っ張られてひょいと立った。
視線を手から藤枝君の顔に移すと、耳まで赤くなっていた。
「橘さん――」
掴んでいた手を離そうしたとき、逆に藤枝君に掴まれた。
「えっ?」
「今度、一緒に……」
掴まれている手からも熱と早まった鼓動が伝わってきた。
藤枝君、どうしたのかな?こんなに緊張して――顔を赤くして――心臓をドキドキさせて――
ふと顔を横に移すと、ガラス窓に反射している私たちが見えた。
顔を真っ赤にして緊張している藤枝君と、平然としている自分……
「――っ!」
気付いた瞬間に思わず手を振り払ってしまった。
藤枝君は驚いているようだ。
「ご、ゴメン。オレ……」
「違うの!謝るのは私の方なの!」
私、藤枝君にヒドいことしてたのかもしれない。
私、気付くの遅いよ……
「藤枝君、ごめんなさい」
「えっ?あの、橘さん一体どういう意味?」
初めて藤枝君と会った時。初めて話した時。今、手を繋いでいた時――どの時だって、私は藤枝君を見ていなかった――ううん、見ようとしてなかった。
初めて男の子から好意を伝えられたのに私は何も感じなかった。
上辺だけ装って何も考えずに――藤枝君の気持ちも考えずにいい返事だけを返してた。
藤枝君が私に持っている感情は、私が吉岡君に持っていた感情と同じ――恋。