【53】尋ちゃんの好きな人
月曜日。
大学に行くと早々に尋ちゃんが私目掛けて走ってきた。
「望美ちゃん、大変!大変!あたし、行っちゃったよ!昨日行っちゃったよ!」
最近の尋ちゃんは主語を抜かしてしゃべるのが癖になってしまったようだ。
「何が?」
「前KaTのライブチケット当たったって言ったでしょ?」
私はうんと頷いた。
「そのライブに昨日行ったの!麻木さんと!」
へぇー。麻木さんと……えっ?
「麻木さんって誰だっけ?」
「…………あれ?」
あれ?って何?不思議そうな顔してるけど、それは私の方だよ。
「そうだった!そういえばまだ言ってなかったんだ。あたしが今好きな人いるのは知ってるよね?」
「それは知ってるよ」
何度か話の中に自分は恋してるって言ってたもんね。
「そのあたしが好きな人の名前が麻木さんっていうの」
そうだんだ。でも何でさん付けなんだろう?
――あれ?尋ちゃんが今履いてるスカート、見覚えがあるような……
「でね、もうすぐ麻木さんの二十歳の誕生日なの」
そっか、年上の人だからさん付けなんだ。
尋ちゃん顔が広いからな〜。先輩たちと交流多いみたいだし。
麻木先輩ってどういう人なのかな?
「誕生日プレゼント渡そうと思ってるんだけど、仕事中に渡したら迷惑かな?」
仕事中?大学で渡せばいいんじゃないの?
「ねぇ、麻木さんってこの大学の先輩じゃないの?」
話が分からなくなる前に尋ちゃんに聞いた。
「ううん。あたしがよく行くショップの店員さんだよ」
そう言って尋ちゃんは楽しそうにくるりと回った――あっ、思い出した!
「ねぇ、尋ちゃん。そのスカート――」
「えへっ。これ麻木さんに勧められて先月買ったの。店長さんに内緒で割引きもしてもらっちゃった。着るの勿体なくて今日初めて着たの」
「もしかして駅のモールの中のショップ?」
「…………」
くるくる回っていた尋ちゃんの動きが止まって、私との間に沈黙が流れる。
「あの、尋ちゃん?」
「何で知ってんの!?」
「何でって……私もそのスカートを……」
「えっ、持ってるの!?」
「ううん。持ってないけど……四月に駅のショッピングモールに行った時に――」
店員さんが持ってきた赤いチェックのスカート。吉岡君がそれとお揃いの柄のネルシャツを勧められて買って……
「ん?望美ちゃんどうしたの?急に黙っちゃって」
「えっ?あ、ごめん先に教室行ってて。私トイレ行ってから行くから」
尋ちゃんを置いて私はトイレに足早に向かった。
トイレの手洗い場の鏡に映る自分を見つめて言い聞かせる。
ダメ。吉岡君のことを考えちゃ……