【52】あいちゃん
<橘さんに教えてもらった小説読んだよ。面白いね>
尋ちゃんとあいちゃんと三人でいつものように食堂でお昼を食べていると、私のケータイにメールが来た。
尋ちゃんがチラリとこっちを向いたかと思うと、近くに来て耳打ちをした。
「そのメール、藤枝君からでしょ?」
私が頷くと、尋ちゃんはニヤニヤしながら自分の椅子に戻った。
「二人とも先に食べてて。私、ちょっとさっきの教室に忘れ物しちゃったみたい」
あいちゃんが急に椅子から立ち、足早に食堂を出て行った。
「……ねぇ、尋ちゃん。あいちゃん、何だか最近ちょっと変じゃない?」
二週間くらい前から、あいちゃんはたまに何らかの理由を付けて私たちから離れるようになった。
今みたいに忘れ物を取りに行くと言って十分も戻って来なかったり、講義には時間ギリギリに来て私たちと離れた席に座ったり……
「そうだよね……前みたいにあんまり話に入ってこないしね」
「体調悪いのかな?」
「あいちゃんって、あんまり自分のこと話してくれないからね……体調悪くても言ってくれないっていうか……あっ、そうだ知ってた?」
「えっ、何を?」
「あいちゃん、彼氏がいるみたいなの」
「……え?…えぇーっ!?」
まさか。そんなの全然聞いたこともないよ。
「ほら、先月あたしと澤田と藤枝君と四人で遊んだ時あったでしょ。後から澤田に聞かされたんだけど――」
先月のゴールデンウイーク。遊んだというか、ファミレスでパフェを食べてアウトレットモールを回っただけだったけど……
「あの日、あたしたちと合流する前に見たんだってよ。カッコイい男が運転するカッコイい車の助手席に楽しそうにしてるあいちゃんが乗ってたんだってよ」
「へ、へぇ……」
「ちょーっと言ってくれてもいいのにね」
尋ちゃんは空のあいちゃんがいた席を見ながら呟いた。
「わぁー、ありがとう、吉岡君!」
中野カナの甲高い声が聞こえてきた。
もう慣れた。
一ヶ月も経てばこれが当たり前のようになっていた。
大学内で吉岡君が行くとこには人だかりができて――
いつも楽しそうな声がそこからしてて――
でもそこに私がいることはなくて――
聞こえても、聞こえないフリ――
私はまた吉岡君に手が届かないところにいる。