【49】絵里香のお爺さん
ゴールデンウイーク。
特に用事がない今日は、お母さんと買い物をしている。
「このブラウス、望美に似合うんじゃない?」
「いらないよ。服は別のところで買うから」
ほんの一年前……いや三ヶ月前まではこのスーパーの隅で売ってる服も着ていたけど、今は絶対に着ない。
どんなに安くても、デザインがオシャレではない。
「かわいいじゃない。望美が着ないなら、お母さんが着るわ」
お母さんは今日の買い物の目標だった、お父さんの靴下の上に580円のブラウスを重ねた。
「そうそう、お夕飯の材料も買わなきゃ。望美、先にこれお会計済ませて車に置いてきてくれない?」
カゴを私に渡すと、お母さんは食料品売り場へと走った。
走った理由は、タイムサービスが始まったから。
「202円のお返しです。ありがとうござい――」
店員さんの目を見ないようにお釣りを受け取って、素早く袋詰めして車に向かった。
正直、これを買うのが嫌だった。
レジの店員さんに、これアナタが着るの?って思われるのが嫌だった。
超低価格で、仕立ては粗く、デザインもどちらかといえばおばさん向きの服をカゴに入れてるだけで恥ずかしかった。
「はぁ……」
ため息が出た。
私はつい三ヶ月前まで、こんな恥ずかしい格好をしてたんだ……
「おや、もしかして望美ちゃんじゃないか?」
不意に声をかけられた。振り返ると、見覚えのあるお爺さんがいた。
「絵里香のお爺さん……お久しぶりです」
「ちょっと見ない間に大人っぽくなったのう。それじゃ、またのう」
お爺さんは会釈をすると、手を振りながら駐車場を後にした。
「ごめんね、お待たせ〜。いっぱい買っちゃった〜」
買い物袋を両手にぶら下げて車に戻ってきたお母さんは、うっすらと汗をかいているようだった。
「いい運動だったわ〜。明日の分もあるから、次はあさって来るわよ〜。ねっ?」
「あー、私、あさっては友達と出かけるの」
「あらそうなの?大学のお友達と?」
「うん、尋ちゃんって子と……あ、さっき絵里香のお爺さんなあったよ」
「そう。お元気そうだった?」
「うん、元気そうだった」
前に絵里香のお爺さんと会ったのは高二の時だったっけな。
絵里香が夏休みをこっちで過ごしてた時に家に遊びに行ったきり、会ってなかったな……
「今年は絵里香ちゃん、夏休みこっちに来るの?」
「うーん、分かんない。でも向こうな遊びに来てって言われたよ。夏休み、遊びに行ってもいいでしょ?」
「お父さんがいいって言ったらね。さ、帰りましょ」
お母さんはキーを回して車を発進させた。