【46】尋ちゃんのカッパ話
講義が終わってお昼になるなり、一斉に何十人かがある人目掛けて走り出した。
「吉岡くぅん、あたしたちとご飯食べよー!」
「ごめんね、坂井さんたちともう約束しちゃったんだ」
「えーっ!」
「うそーっ!」
「ずるーいっ!」
嘆きと不服と文句の大合唱が聞こえる中、私は吉岡君の姿を見ることすらできず、尋ちゃんとあいちゃんと教室を出た。
「吉岡君って、すんごい人気だよね〜」
尋ちゃんがサンドイッチを左手に、右手でケータイをいじりながら言った。
「もう吉岡君を知らない人――特に女子はいないんじゃない?」
「あの時一瞬にして女子の心射止めちゃったよね」
「あの時?」
二人の会話を黙って聞いていた私はあいちゃんのその一言が気になった。
「そっか、あの時望美ちゃん休んだから知らないんだね」
「じゃ、あたしが一から教える!」
尋ちゃんはケータイをパタンと閉じると、サンドイッチをマイクに見立てて話し始めた。
「そうあれは忘れもしない、望美ちゃんが休みですごーく寂しかった日。あのかったる〜いカッパおやじの授業のこと」
カッパ?……あっ、川原先生のことか。そういえば確かに頭に丸い……そ、それはいいとして。
あの先生の講義は必修なのにスゴく難しくて嫌なんだよね。
「始まって三十分くらい経った時、あたしたちには全然分かんない激ムズ問題出してきたの。それで、何人かがカッパに当てられるんだけど誰も答えられなくて。んで、ムカつくことにそれをニヤニヤしながらカッパが見てんの!『まぁ、君たちじゃ分からないだろう〜』って顔で!」
相当腹が立つ状況だったんだろうな。
話してるだけで尋ちゃんの手に力が入っていくのが分かった。
「そこに遅刻してきたのが吉岡君だったんだよ。でね、あのカッパ来たばっかの吉岡君に『君、この問題が解けたら遅刻を取り消して出席にしてやるよ』って偉そうに言ったの」
川原先生ヒドい。来たばかりの人にいきなり当てるなんて。
「しかも、吉岡君をわざわざ前に呼んでチョークを渡したの。他の人はその場に立たせて答えさせてたのに。遅刻した罰に大恥をかかせようとしたんだよ、あのカッパ!」
カッパの部分をやたら強調しながら尋ちゃんは続けた。
「みーんな吉岡君に哀れみの視線を送ろうとしたの。そうしたら……」
尋ちゃんの口調が変わり、顔が少しにやけてきた。
「そうしたら?」
どうしたの?