【41】行きたいの!
吉岡君の乗ったバイクが見えなくなるまで手を振り続けると、地面が急に柔らかい感触に変わった。
『きゃっ!』
ふわふわになった地面にバランスが取れなくなって、後ろに倒れ込む。次の瞬間、柔らかいものに体が包まれた。
あいちゃんの家にあったふかふかの超高級ソファに座った時よりも柔らかい。
ふわふわに包まれた私の体は微動だにせず、どんどんとふわふわの中に埋もれていった……
額にひんやりとしたものを感じて、ゆっくりと瞼を押し上げた。
「あら、起こしちゃったわね」
私のベッドの横に、熱冷ましシートの箱を持っているお母さんがいた。
ふと枕元の目覚まし時計が目に入った。
「十一時……」
家に帰ってきたのは確か夕方の五時くらいだったはず。いつの間にか六時間も眠っていたんだ。
「お粥があるから、それ食べたら病院行くわよ」
「うん……ん?」
今から病院?もうとっくに受診時間過ぎてるのに?
……私、今すぐ病院に行かなきゃいけないほど悪いの!?
潤んだ涙目でお母さんに無言で訴えた。
「やだ望美ったら〜。泣くほどお腹が空いてるのね。そうよね、夕飯も朝食も食べてないからすごくお腹空いたわよね。待ってて、今すぐお粥持ってくるから」
お母さんは小走りで部屋から出た。階段を駆け下りる音だけが静かな家の中に響いた。
夕飯も朝食も?じゃあ、この十一時って……
もう一度時計を睨み付けると長い針は二を、短い針は十一を指している。
今度は閉めっぱなしの窓に目を移す。カーテン越しに外が明るいのが分かった。
私、六時間じゃなくて十八時間も眠ってたんだ!
「お待たせ。お粥よ……って、望美だめじやな〜い。病院行くまではベッドから下りちゃ――」
「お母さん、何で早く起こしてくれなかったの!?講義とっくに始まって――」
「まだ熱下がってないのに何言ってんのよ。今日は休みなさい」
「だめ!今日は絶対に行きたいの!――あっ」
クローゼットにある着替えに手を伸ばそうとした瞬間、頭がくらっとした。
反射的に手で頭を支えると熱いのが分かった。
「もう……そんなにふらふらなのに……何があるのか知らないけど、それは治るまで我慢しなさい」
机にお粥を置いたお母さんは私を支えてベッドまで連れて行った。
だって今日は、吉岡君が普通の格好をしてくるんだから。一人ぼっちで寂しい顔をした吉岡君じゃなくて、友達に囲まれて楽しそうな吉岡君に戻る日なんだから。
私はそんな吉岡君の姿が見たかったのに……