【39】褒め上手な店員
「彼のネルシャツと同じ柄のスカートがあるのですが、きっと貴女にお似合いですよ」
にこっと満面の笑みで私に赤いチェックのスカートを差し出す店員さん。
……なんだ、全部セールストークか。そうだよね。吉岡君はともかく、私は全然だもんね。お客さんに服を買ってもらうためのお世辞だったんだ。
「……いえ、私はいいです」
「そうですか……」
店員さんはちょっと残念そうにスカートにハンガーに戻した。
「あの、着てみましたけど」
試着室のドアが開き、赤いネルシャツにカーゴパンツ姿の吉岡君が出てきた。
「お客様、とてもよくお似合いですよ!」
声に調子を戻した店員さんが吉岡君に声をかける。
「え、そうかな?」
どうかな?って聞きたそうな顔が私に向けられた。
「か……」
スゴくカッコイい。店員さんの言うとおりスゴく似合ってる。つい一時間前まで背中に龍を負って周囲にただならぬオーラを放っていたなんて信じらんない。
「カッコイいよ。似合ってる」
私の言葉を聞いて吉岡君は買おっかなと言った。
その一言が聞こえたのか、店員さんはいつの間にかまた別の服を持ってきていた。
「このピンストライプジャージブルゾンもお似合いになると思いますよ」
結局このお店で、店員さんに勧められた服をたくさん買った吉岡君。メンバーズカードを作ると割引されると店員さんに言われて、カードも作っていた。
「あのお店いいね。店員さんが似合う服を教えてくれるし、割引もしてくれたし」
「そうだね……荷物持つの手伝うよ」
吉岡君は平然とした顔をしているけど、両手は服とかが入った袋でいっぱいだ。
「ありがとう。でも平気だよ。いつも家の手伝いでこういうのやってるから」
吉岡君の家は花屋さん。
両手いっぱいにお花を抱えている吉岡君が浮かんだ。――似合い過ぎる!
「橘さん、また顔が赤いよ」
しまった。お花に囲まれた吉岡君の姿を想像したからだ。恥ずかしい……
「わ、私ったらどうしたんだろうね。でも心配しな――」
一瞬、体に力が入らなくなって、その場に崩れそうになった。
自分でも何がどうしたのか分からなかった。でも確かなのは、私の下に吉岡君がいて、周りの床には吉岡君が買った服が袋ごと散乱していて、道行く人たちがこっちに注目していること。