【36】店員さん
あの店員さん、結構怖がってたな……
でも、これからはもう大丈夫!
「お待たせ、橘さん」
壁にもたれかかって待っていた私の前に、シンプルな服をカッコ良く着こなして、右手に龍を封印した袋を持っている吉岡君が恥ずかしそうに現れた。
――下駄の音を響かせながら。
「何だかいつもの自分じゃないみたいでちょっと恥ずかしいな」
……前の格好の方が恥ずかしいと思うけど。
「次は、靴を買いに行こ」
私の提案に吉岡君はうんと頷いてくれた。
下駄の音が響く割には、さっきのようにこっちに注目する人は少ない。
靴屋さんまで行くのにも、人と人の合間を縫って進まなければならなかった。
吉岡君があの格好だった時は、みんなが道を開けてくれたが、今は誰も道を開けてはくれない。
それは、吉岡君に対する恐れを周りの人たちが感じなくなったってことだろう。
警備員さんも付いて来なくなっていた。
「ねぇ、橘さん」
靴屋を目の前にした時に、吉岡君が首を傾げながら言った。
「オレ、さっきまで店員さんすら目を合わせてもらえなかったんだけど――」
確かに。道行く人たちも店員さんも本能的に目は絶対に合わせないようにしていた。
「でも今度はやたら人と目が合っちゃうんだ」
え?やたら目が合う?
ふと後ろを振り返ってみた。
道行く人たちがこっちを見ている。でも私と目が合うことはない。
あの人たち――あの女の人たちの視線の先は……私の隣にいる吉岡君だ。
「お客様、どのような靴をお探しでしょうか?」
靴屋さんの敷地に入ってすぐに、レジにいた女の店員さんがわざわざやって来た。
「えっと……」
吉岡君は困った顔をした。
「スニーカーを買いたいんです」
無難な服に無難な靴を。と思い私が答えた。
「妹さんのスニーカーですね」
何故か吉岡君だけに向かっ話す店員さん。
――って、私が妹!?
「あはは、違います。オレの靴を買いに来たんです。それに橘さんは妹じゃないです」
「そうですかぁ。男性用のスニーカーはあちらですぅ」
私のことはほぼスルーされて、店員さんは甲高い声で吉岡君を見つめながら、吉岡君を売り場へ案内した。私は数メートル離れて二人に付いていった。
「こちらがスニーカーコーナーですぅ。どんなスニーカーがよろしいですかぁ?」
「うーん……橘さーん!」
吉岡君に呼ばれて、私は早足で近付いた。
気のせいか、店員さんがちょっと私を睨んでる。
――あんたこの人とどういう関係なのよ――って、目で言われているような気がする。
「あの……」
私はこの場を店員さんに任せることにした。
「オススメは何ですか?」
店員さんは一瞬私を見て、その後すぐに吉岡君の方に向き直ると満面の笑みでスニーカーの説明を始めた(吉岡君だけに)。
「私、あっちの方見てるね。私も靴欲しくなっちゃったから」
私はそれだけ言って吉岡君と店員さんに背を向け、そのまま婦人靴売り場へ向かった。