【35】どっちも好き
入ったお店は、子供服からメンズ、レディースがお手頃価格で揃っている某有名チェーン店。
今どきの流行りとかは分からないけど、とにかく普通の格好にしてもらわなきゃ。でなきゃ警備員さんにずっと監視されそうだよ……
「えっと、吉岡君。パーカーとかジーンズあたりを見よう」
男物の売り場に向かう私の後を、吉岡君がキョロキョロ周りの商品を見ながら付いてくる。
――って、吉岡君それじゃなおさら怪しく思われちゃうよ!
「吉岡君、どんな色のパーカーがいい?」
「うーん、どんな色がいいのか自分でも分からないや」
「そっかぁ。じゃあ……」
私は無難に何にでもあわせやすい黒とグレーのパーカーを見せた。
「これと、これならどっちがいい?」
「どっちも好き」
私の問いかけに笑顔で答える吉岡君。
吉岡君から“好き”という言葉を聞いた瞬間、顔が熱くなった。
私のことじゃないのは分かっている。でも好きな人と向き合っている時に笑顔で“好き”という言葉を聞いたら心臓が張り裂ける思いだ。
「でも、黒の方にしよっかな」
赤くなったであろう顔を見られないように、吉岡君に背を向けてグレーのパーカーを元のバーにかけた。
黒のパーカーを腕に抱えて、今度はズボンの並ぶ売り場へ。
「吉岡君、サイズは?」
「分かんない」
あっさりと困る返事をされる。だけどその笑顔が見れるだけで許してしまいそうになる。
私の頼りない勘で選んだジーンズ。とりあえず試着してもらおうと、さっきのパーカーと一緒に吉岡君に渡した。
「橘さん、どうかな?」
試着室のカーテンを開けて、パーカーにジーンズ姿の爽やかな好青年が出てきた。
「……うん、似合ってるよ」
似合ってるっていうか、吉岡君カッコイい……
シンプルな服なのにスゴくカッコ良く見えるのは、元々吉岡君の容姿がいいからなのかもしれない。
「何だか全然柄とかがないね、これ。ちょっと寂しい気がするよ」
いえ、あなたがいつも着ている服の柄が一番の問題だったんです。迫力のあり過ぎる龍たちが誤った印象を周りに振り撒いていたんです……
「後で別のお店行って色んなのを買おう」
特に背中に寂しさを感じると言っている吉岡君に、私はそんなことないよとしか言えなかった。
「に、ににに、二点でお会計……3,980円です」
お会計をするとき店員さんの震える声がしたけど、吉岡君はそんなことは気にせず、この値段に感心していた。
「わっ、この服千円だったんだ。このズボンも三千円しないんだね。ここスゴいね、橘さん」
そうだねと言いながら、店員さんの震える手から丁寧に袋を受け取って、足早に私たちはトイレへ向かった。