【31】チョココロネと涙
吉岡君は驚いた顔をしている。
「橘さんがサボるなんて珍しいね」
「それを言うなら吉岡君の方こそ」
「あはは……そうだね。初めてサボったよ」
「私も、初めて……」
吉岡君は私がサボった理由を聞いてこない。だから私も聞かない。
「これ食べない?チョココロネなんだけど、またたくさんもらっちゃってさ」
笑顔でパンを渡してくれる吉岡君。いつも通りの笑顔……を装っている。
今まで何度も彼の笑顔は見ている。手の届かない時からずっと……
だからこそ分かってしまう。今の笑顔の奥には悲しみがあるって。
「…………」
「…………」
無言でチョココロネを食べる私たち。
校舎から二限目の終了を知らせるチャイムが鳴った。
「……橘さん」
「はい」
急に呼ばれて思わずはいと言ってしまった。
「昼休みになったよ。食堂で友達が待ってるんじゃない?」
「えっ……吉岡君?」
「久しぶりに橘さんのメガネ姿見たら、高校時代を思い出したよ」
どうして――
「楽しかったな〜、高校の時」
笑っているのに――
「でも、大学入ってからは――」
お願い――
「あんまり楽しくないんだ」
泣かないで……
「た、橘さん!?こんなこと話してごめんね。だから泣かないで」
「よ…よし……吉岡君だって」
私の言葉でハッとする吉岡君。
慌てて自分の涙を拭う私たち。
私、今日これで二回目だ……
「本当にごめんね。でも、どうしても誰かに聞いてもらいたかったんだ」
「私、聞くよ。ちゃんと聞くよ」
だから、話して……
私、吉岡君の力になりたい……
独りで抱えないで……
「オレさ、友達の作り方忘れちゃったみたいなんだ。高校まではすぐにみんなと仲良くなれたのにな……」
吉岡君の話をただ黙って聞いた。
「大学入ってからは誰も話しかけてこないし、話しかけても逃げられちゃうんだ。橘さん以外みんなね。オレ、みんなから嫌われちゃってるんだ」
「違うよ、嫌われてなんかないよ」
「違わないよ。教室や廊下で席や道を空けてくれていると最初は思った。だけど、それはただオレを避けていただけなんだ」
「それは……」
「だから、昼休みとかはいつもここに来た。食堂に行っても避けられるだけだし、桜を見ていたかったから……でも、もうこの桜も散っちゃった」
吉岡君が桜の木を見上げた。
「こういう状況初めてだよ。スゴく寂しさを感じちゃうんだ。オレ、どうしたらいいのかな?」
吉岡君の澄んだ瞳が私の目と合う。
「……変わろう」