【30】サボっちゃった
私の涙に気づいて、二人の笑い声が止まる。
「望美、ちゃん……?」
「だ、大丈夫?」
心配して肩にそっと手が乗せられる。
二人の優しさはよく分かっいる。尋ちゃんもあいちゃんもスゴく良い人だって分かってる。さっきの言葉も悪気がないのは分かってる。
でも……
「ごめん、具合悪いみたい……今日は帰るね」
始業のチャイムが鳴っても、先生はまだ来ていなかった。
私は二人に顔が見えないように俯いたままカバンとノートと筆箱を抱えて教室を出た。
階段を下りると、さっきの講義の担当の先生が駆け足で上っていった。
涙が止まらなくて思わず出てきちゃったけど、どうしよう……
コンタクトも取った方がいいかな……
家に帰ったらお母さんに怪しまれるかもしれない。学校サボったって。(ホントにこれはサボりだけど……)
教室には戻れないし、食堂や図書館で泣いてたらちょっと恥ずかしいし……
人気のない所……
あの場所に行くまでに涙は止まった。
視界がぼやけてて、ふらふらするからメガネを取り出した。
はっきりした視界にあの桜の木が入った。久しぶりの遅咲き桜はもうすっかり散っていた。
ゆっくりと歩み寄り、幹にもたれかかって、そのまま根元に腰を落とした。
何か、頭痛いな……
足を抱えたまま、膝におでこを付けて目を閉じた。
聞こえてくるのは風に揺られる葉っぱの音……
…………
――ガサガサ……
いつの間にか眠っていた私の耳に物音が聞こえてきた。
目を開けて、辺りをキョロキョロ見渡した。
「あっ……」
桜の幹を挟んだ反対側を見た時だった。
「吉岡君……」
いつものあの独特な服に下駄を履き、パンを喰わえた瞬間の吉岡君と目があった。
「えっと……」
これは夢?
まず最初にそう思った。
だって、ついさっきまで行方が分からなくて、連絡も取りようがなくて、スゴく心配してた人が……こんなにあっさり、普通に無事で……今私に笑顔を向けている。
「橘さん、どうしてここに?まだ講義中なんじゃ……」
「吉岡君こそ、一限目出てなかったよね?」
「うん……何だか行きたくなくて……サボっちゃった」
私から少し目をそらして吉岡君が言った。いつもの明るい感じと少し違う。
「私は――」
吉岡君が来なくて心配してました。
何だか教室にいるのが苦しく感じて飛び出しました。
自分でも自分の行動が分かりません。
ただ、今は……なんとなくだけど、安心しています……
「――私もサボっちゃった」
私、ちゃんと笑えてるかな?