【28】彼のいない教室
「桐生尋子復活致しました!」
朝からハイテンションの尋ちゃんがVサインを出してきた。
復活っていうのは失恋のショックから立ち直ったって意味だろう。でも、尋ちゃんはどちらかと言えば、元カレさんへの不満が爆発して、私とあいちゃんを巻き込んで暴走してた。
「やっぱ恋の傷には恋の薬が一番だね〜」
「どういう意味?」
「あたしは新しい恋に生きる!」
尋ちゃん、前と言ってることが変わってるよ……
「それって、新しい彼氏さんができたってこと?」
あいちゃんの問いに、尋ちゃんは首を横に振った。
「ううん、片思い。というか一目惚れ?」
自分で言ったことが恥ずかしかったのか、あっさりと喋った割には頬が赤くなった。
「えーと、これ以上はまだ秘密ってことで」
自分から切り出しておいて自分で話を締めた尋ちゃんは、今にもスキップしそうな軽い足取りで教室へと向かった。
私とあいちゃんは顔を見合わせて、吹き出してしまった。
「――って、後一分しかないよ!」
ふと見たケータイの時間を見て私は言った。
チャイムが鳴り終わってしまってから、私たちは教室の後ろからそっと入った。
「よかった。先生まだだ」
適当に空いてた席に三人並んで座った。
……あれ?何かが違うような気がする。いつもよりも圧迫感がないっていうか……教室内の雰囲気が柔らかいというか……
……教室の中央が空いてない!?
教室全体にみんなが散らばって座っているから余裕ができてるんだ!
そっか、そっかぁ、それでか〜。
「……ええっ!?」
突然の私の叫び声に、両脇の二人が驚いた。ついでに周りにいた人たちも私に視線を向けていた。
は、恥ずかしい……
「望美ちゃん、どうしたの?」
「いや、えっと、何でもないよ……ごめんね、いきなり変なん声出しちゃって……」
吉岡君がいない!先週まではちゃんとこの講義にいたのに!?
どうしたんだろう?今日はお休み?病気とか?まさかバイクで事故に……
先生がやって来て、講義が始まった。
でも私には何も聞こえなかった。シャーペンを持ったまま、微動だにしないでただただ不安を募らせていた。
高校時代の吉岡君は健康優良児で、欠席どころか無遅刻無早退だった。
授業中は眠ったり、落書きしたりせずに真面目だった吉岡君……
そんな彼が講義に来ないってことはやっぱり……
シャーペンを持つ手がわずかに震えだした。