【12】遅咲き桜と等式?
振り返ればそこには吉岡君の笑っている顔があった。
「橘さん、大丈夫?さっきこの木に頭――」
「へっ、平気!平気!」
あぁ、恥ずかしいよ……
私は慌てて吉岡君に背中を向けた。木の幹だけが視界にある。
何か……何か話さなきゃ。
「……吉岡君、お昼は?もう食べたの?」
「いや、今からだよ。いつもここで食べるんだ」
「そうなんだ。でもどうしてここで?食堂に行けばみんないるのに?」
「そうだね。でも、俺……まだ友達いないんだよね。大学で俺と話してくれるの橘さんだけだし」
えっ、私だけ?
何だか今胸がドキッとしたかも――じゃなくて!吉岡君に友達がいない!?
高校の時の吉岡君は元気で、面白くて、スポーツ万能で、頭もよくていつも人に囲まれていた。クラス中の人気者で、私なんかはちっとも近づけなかった。
そんな吉岡君に友達がいない?どうして?
「それに、この桜を見ていたいんだ」
この木、大きいとは思っていたけど桜だったんだ。
へぇー…?
「桜が……咲いてる」
見上げると薄ピンク色が広がっていた。満開の桜。
「この桜、遅咲きなんだ」
「わぁ、すごくきれいだ…ね――えっ!?」
吉岡君を振り返った瞬間、私の頭は混乱した。
何かが分かったようで、何かが信じられないようで、何かが……これが――
どうかこれが夢であって欲しい。
人気のない庭の大きな桜の木の下に立っている二人の人間。
一人は春らしい淡い色のワンピースを着ていて、微動だにしない少女。
もう一人は右手に缶ジュース、左手にお弁当を持っている。足元は下駄で、上下同じ柄の服。桜が降る中、黒と金の龍が威嚇し合っている柄だ。それを着ているのは、その服に似合わない爽やかな笑顔の少年。
「橘さん、どうかした?」
心配そうな顔をしているのは、私が初めて恋をした吉岡君……
みんなから恐れられる、ご……の格好をしているのはあのお方……
私は口を閉じるのも忘れたまま、吉岡君の顔と首から下を交互に何度も、何度も見比べた。
何度まばたきをしても、目に映るものは変わってはくれない。
私が恋した吉岡君……
私が恐怖を感じたあのお方……
みんなが恐れ遠退いていたあのお方 = 友達がいない吉岡君
吉岡君に会っても今まで気付かなかった = 目がぼやけていて服が見えてなかった
あのお方 = 吉岡君
「たっ、橘さん!?」
動かなかった体が急にふわっとして、何故か緑の芝生が近づいてきた。