【プロローグ】
恋をした。
高校三年の春。
初めての恋。
でも恋愛に超オクテな私。
同じクラスの彼に自分から声を掛けることも出来ず。声を交わしたのはたったの一度だけ……
その時に私は恋に落ちたのだった。
――トントン。
教室で読書をしていると誰かに肩をつつかれた。
主人公が謎解きを始めたばかりの良い所だったのに……
「橘さん、だよね?」
「えっ、あっ……はい」
聞き覚えのない声は私の名前を知っていた。
慌てて少しズレた眼鏡の位置を整えて顔を上げた。
この人は確か吉田君だったかな?クラス替えしたばかりだから、まだあやふやだ。
「はい、これ」
吉田君は一冊のノートを差し出してきた。そこには<橘 望美>と書かれていた。
「あっ、私のノート」
「科学室に忘れてあったよ」
そう言って吉田君はノートを渡してくれた。
「あ、ありがとう……」
私は少し顔が熱くなるのを感じた。
ノートを置き忘れたことの恥ずかしさ?ううん、それよりも……吉田君の真っ直ぐで綺麗な瞳、爽やかなその微笑み、優しさ――何故か私の体は熱くなった。
この日から私は吉田君のことが気になるようになった。
だが……
――あれ?<吉田>じゃなくて<吉岡>君だった!
そのことに気づいた時は顔が真っ赤になった。授業中だったから先生に心配され、クラス中の視線が一気に私を向いた。余計に顔が赤くなってたはず……
本当に恥ずかしい思い出……
眼鏡におさげ。乱れのない制服。趣味は読書。苦手な授業は体育。身長は平均よりちょっと下。性格は真面目で大人しくて、人見知りのオクテちゃん……
こんな私は吉岡君に想いを寄せたまま、一年間何もできなかった。
唯一私がしたこと。それは――吉岡君と同じ大学への進学!
偶然聞いてしまった吉岡君とその友達の会話。盗み聞きする気はなかったけど……
吉岡君が進学する大学名と学部が私の頭で響き続いた。
気がつくと私は進路希望のプリントにそれを書いていた。
受験も見事に合格。それと同時に固まる決意。
私は変わる!
愛読書を推理小説から恋愛小説に。
眼鏡は外してコンタクト。
髪も縛らずにおろして。
ファッションにも気を使って……
何よりも今度から吉岡君に声を掛けよう!
――こうして私の春休みはあっという間に終わり、今私はこれからの四年間を過ごす地に立っている。
恋のために恋の力で私はここまで来たんだ。
「頑張れ、私!」