平和な日常から争いの日常
「命中を確認、目標は続々落下していっています。効果判定を待つまでも無く有効です。魔法の力とかに守られてたらどうしようかと思ったんですけど、意外に脆いですね」
二曹の階級章を襟に着けた隊員が回りに聞こえる様に呟く。
ここ陸上自衛隊河原崎駐屯地の官舎屋上では、二人の自衛官が双眼鏡で竜騎士の集団を眺めていた。
「よしよし、持ってて良かったスカイシューター。のこのこ射程内に入ってくるなんて、竜騎士様アホすぎ」
一尉の階級章を着けた隊員がコミカルに応えた。
スカイシューターとは八七式自走高射機関砲と呼ばれる兵器の愛称で、別名ハエ叩きと呼ばれている。
文字通り空の目標を狙い攻撃する、この駐屯地に一台のみだが配備されている装備である。
有効射程は約五㎞あり、その攻撃を受けた竜騎士の群れは異名の通りハエが叩き落されるがごとく打ち落とされ、運よく生き残った者も逃げる様にぐるぐると回りだした。
おそらく上に乗っている騎士も竜も、何が起こったのかまったく分かって無いだろう。
しかし回避運動らしきものをしている竜騎士達なのだが、三次元の高性能レーダーを備え、本来亜音速の航空機を打ち落とす事を目的として開発された対空兵器を前にしては飛竜のスピードなど止まっているのと差して変わらない。
彼らはいったい誰と戦っているのかさえ分からずに、非常な地上へと吸い込まれた。
「明石隊長、これならキャリバーか下手したらミニミでもイケるんじゃないですか? 八七式だけじゃどうしても打ちもらすでしょうし」
ミニミ、キャリバーとは八七式よりも威力の小さい機関銃の事だ。
彼の提案に明石はうーん、とあごに手を当てて考える。
「そうだな、機関銃を乗せてる車両は迎撃に出すか。そういえばヘリの出動どうなってるんだ?」
「まだ飛行禁止が解けていないみたいですね。連絡にやった隊員達が戻ってきてない」
「町長か町議会の連中に許可取るのにどんだけ時間かけてんだ。大体飛行禁止令ってのが意味分かんねぇよ、ただの嫌がらせじゃねえか」
苛立ちをあらわにする。かつて日本に居た頃よりも何かと自衛隊に嫌がらせをしてきた彼らに怒りが込み上げて来た。
「ただ許可が下りたとしてもアレだけ縦横無尽に飛び回られると、衝突の危険がありますから出せないんじゃないですか?」
「危ないから出せませんって、軍隊としてどうよ?」
「自衛隊は軍隊ではありませんから」
皮肉交じりに応える。
「町の人達に被害が出てからじゃ遅せぇんだぜ」
次の瞬間屋上の扉が勢い良く開かれた。
「田所士長戻りました」
ピシッと陸自式の敬礼をする。士長とはかつて上等兵と呼ばれたいわゆる兵卒の事だ。
「ごくろうさん、どうだった」
明石の質問に少しバツが悪そうになる。
「それが鈴谷町長は出かけていて連絡が付かないとの事です」
「冗談だろ? 何を考えてんだ……。じゃあ町議員の人達の方は?」
返しの質問に田所士長はさらにバツの悪い顔をした。それを見た明石は非常に険しい顔をする。
「何人か連絡は付いたんですが、自分達では決められないから現場で何とかするようにとの一点張りで」
「飛行許可は?」
「とにかく現場で何とかするようにと……」
「マジかよ」
なんとなく予想していた中での一番最悪な答えにげんなりとした。
「機関砲が載っかってる車両で動かせる車は全部竜騎士様の所に向かわせろ! 動ける奴は全部だ。うちの中隊でケリを付ける」
形勢は逆転した。
強大で恐ろしかった飛竜はなまじ発達した知能が災いして目に見えない強者の影に怯え恐慌状態となり、凶悪に思えた甲冑をまとった勇者も言う事を聞かない飛竜を抑える事で精一杯だ。
しかし未だ彼等は敗走を選択してはいなかった。
それは使命なのか意地なのか分からないが、ただ強いか弱いだけで判断し勝敗
を決める野性のそれでは無く、人がヒトとして人格を持って戦っているという事がある種の直感として紀一郎の中に入ってきた。
同時に自分と隣にいる鈴谷八重がどういう状況にあるかも理解する。
「ん、カロ、何が起きたの?」
酸欠で注意力が散漫になっているせいか、鈴谷八重は事態をいまいち飲み込めてない。
「自衛隊の人達が助けに来てくれたんですよ」
「ほんとに!? じゃあ助かるのね……」
鈴谷八重は安堵し笑みを浮かべて紀一郎を見る。
しかし彼の表情を見て彼女は困惑した。
「ねえ、何でそんな顔をしてるの?」
不安をそのまま言葉にしてぶつける。
「え? 変な顔してます?」
「だって…… その顔、前に…… 私に」
紀一郎はぎこちない笑みを浮かべる。
「しーっ、いいですか。すぐ先に壁が壊れていて人が一人くらい隠れられる場所があるんです。そこに隠れてください。振り返らないで、とにかく全力で逃げて下さい」
「何に言ってるの? カロも一緒に」
紀一郎の袖を掴む。
「大丈夫、時間を稼ぐだけですよ。自衛隊の人達がすぐ来てくれます」
「本当に?」
「行って! 今なら気づかれない」
そう言って鈴谷八重の手を振り払いのける。
刹那の瞬間、紀一郎と目を見合わせたあと彼女は走り出す。
その後、紀一郎は上空を見上げた。
「まだやる気とは…… やるじゃん」
もはや部隊としては機能していない竜騎士隊だったのだが、ただ一騎体勢を建て直しこっちに向かい急降下して来るのが見えた。
鞄を握る手に自然と力が入り、向かってくる竜騎士へと走りだす。
ついさっきまで恐怖にすくんでいたのだが、今は何故か憑き物が取れたように体が軽い。
互いの距離が数mとなった時、紀一郎は持っていた鞄を投げ付け飛び掛った。