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日常から別な日常へ、しかしこれも日常

 翌朝、紀一郎は揚屋友広の家に向かう。鈴谷八重に頼まれた唐揚げを買うのと、揚屋を彼女の家へ案内するためだ。


 学校の友人とはいえ女子の家に了解無く連れて行くのはどうかとも思ったが、元々鈴谷八重の家は町長宅として広く知られていて当然揚屋も知っている。

 

 面識が無い為に会いに行く事が出来ないだけなので問題無いと考えた。


 早朝より店を開けている『揚屋のから揚げ』はすでに香ばしい匂いをさせていた。


「おはようございます、揚屋君いますか? それと唐揚げ一パックお願いします」


 店の番をしていた中年女性に話しかけた。 


 記憶が確かなら揚屋友広の母親である。


「あら、いらっしゃい。うちの豚ちゃんなら帰ってないわよ。結局学校に泊まったみたい」


 揚屋母から予想外の話が出てきた。


「マジですか!? えー、どうしようかな」


「あら! もしかして約束とかしてた?」


「実は頼まれてた事があってそれを今朝のうちに済ませておこうと思って迎えに来たんですよ」


 申し訳無さそうな顔をする。なんとも表情と感情の起伏が豊かな人だ。


「ごめんなさいね、すっぽかすなんて。今日帰ったらちゃんと言っておくから」


「いえ、今日の朝ここに来るとは言ってなかったんで、それはしょうがないんですけど……。なんだか最近すごく張り切ってますよね、あいつ」


 一ヶ月前までは怠惰の見本みたいだった彼を思い出てしまい笑いが込み上げてくる。


「不思議なもんよねぇ、世界がこんなになるまでアニメを見てるかピコピコするくらいしか無かったのに、それが今じゃ難しい科学の本を読み漁ったり望遠鏡引っ張り出して観察したりねぇ。まぁ学校の勉強とはちょっと違うんだろうけど……」


 揚屋母は困った風に言っているが、顔は満更でもないという感じだ。これまで見せなかった、何かに打ち込んでいる息子の姿がうれしいのだろう。


 すると後ろからお盆に乗った新しい唐揚げが出てきた。後ろで作業をしているのは親父さんだ。それをひょい、ひょいっとトングで袋に詰めていく。


「はいお待たせ、熱いから気をつけてね。一個サービスしといたから」


 袋に入った唐揚げを手渡された。袋の上からでも分かる熱々の出来立てだ。


「ありがとうございます。じゃあ、四百え…… んっと」


 がさごそとポケットの中にある百円玉を四枚手渡した。


「ありがとねー。でもこれ不思議よねえ……」


「え!?」


 唐揚げ買うのに話長げぇなぁ、と内心思いつつも紀一郎は話を合わせる。


「なにがですか?」


「だってもうこの町は日本には無いのにまだ日本のお金を使ってるんだもの。最初は紙くずになるかと思ったんだけど、不自由なく使えてるしねえ」


 揚屋母はオーパーツを見るように繁々と硬貨をを見た。


 彼女の素朴かつ確信を突いた問いに紀一郎も考え込んだ。


「そういえば不思議ですね。先生が言うには河原崎銀行が通貨量を調整してどうのこうのって話らしいんですけど、さっぱりです」


「本当よねえ……。」


 唐揚げ屋の女将と中学生が考えたところで答えが出るわけも無く、これ以上話が長くならないようにそのまま唐揚げ屋をフェードアウトする事にした。



 唐揚げを手に持ち鈴谷邸へ向かう。すると鈴谷八重は玄関先ですでに待っていた。


「遅ーい。私を待たせるなんて、ずいぶん偉くなったじゃない」


「すみません唐揚げ買うのに時間かかっちゃって」


 そういって時間を確認しようと学ランの内ポケットにあるケータイを取ろうとするが、ケータイを持っていない事を思い出す。


 この世界に来てから使いようが無いので、勉強机の引き出しに入れっぱなしなのだ。


 代わりに家の鍵とそれに取り付けた小さな電池式の玩具を取り出した。それには時計機能が付いているからだ。


「って、唐揚げ屋に十五分近くもいたのか」

 

 家を出てからの所要時間を逆算する。


「それってポケバトじゃない? 昔人気だった。まだ持ってたんだ?」

 

 紀一郎が持っていたそれを見た鈴谷八重は驚いて声を上げた。


「ええ、小六の時からかな。なかなか壊れなくってずっと付けてるんですよ。一時期すげぇ流行ったんですけど、一瞬で廃れましたよね」


 バトポケを眺めていた紀一郎だが、ちらりと鈴谷八重を見る。彼女も同じものを眺めていた。


 約二ヶ月ぶりの再開でどう接していいのか図りかねていた。しばしの間沈黙が流れる。


 その均衡を破ったのは鈴谷八重だった。


「で、私はどうしたらいいの?」


「え?」

 一瞬うろたえる。


「揚屋君って子に会わせる為に今日来たんでしょう? どっかに待ち合わせしてるの?」


「え!? ええ。そう、本当は朝一でここに連れて来るつもりだったんですけどあいつ昨日学校に泊まったらしくって、悪いんですけど中学校舎まで一緒に来てもらえませんか?」


「いいわよ、手間賃はその唐揚げで許してあげる」


 そう言って紀一郎が手に持っていた袋を指差した。


「手間賃って言うか昨日会長が買って来いって言うから買って来たのに」


「そうだっけ? じゃあこれと交換ね!」


 ポケットからスティックタイプのチョコレートのお菓子を渡す。


「あれ? チョコってもう手に入らないって聞いてたのに、どっから引っ張ってきたんですか?」


「秘密~!」


 にぃっ、と口角を持ち上げすっとぼける。この表情をされると何も言えなくなるのだ。


 それから二人は学校へ向けて無言で歩いていた。登校時間には少し早いため学校の生徒はほとんど歩いていない。それが紀一郎にとっては唯一の救いと感じた。


「どうしたの? 今日はやけに静かじゃない?」


「ええ、まぁ……」


 鈴谷八重は流し目で紀一郎の顔を見る。


「もしかしてあれ? 私が振った事、まだ根に持ってるの?」


 天使の様な悪魔の視線で見つめられた事と図星を突かれた事に、顔面がまるで霜焼けになった様に熱くなる。


「ね…… 根に持つって言う表現はどうかと思うんですけど、大体当たってます。はい」


「そっか……」


 二人は意識してか、微妙に視線を合わせなかった。


「まー、しょうがないのかなぁ。でも生徒会まで辞めなくたって良かったんじゃないの?」


 鈴谷八重が中等部を卒業する日に紀一郎の告白を断って以来、ずっと気になっていた事でもあった。


「けじめですよ、ケジメ」


「え~? 振られたから辞めますって、こっちとしてはなーんか気ぃ悪いんだけど……」


「振った男がずっと横に居るってのも、もっと気ぃ悪いと思いません? それにケジメっていうのは南部さん達に対してのケジメですよ。紳士協定を破っちゃいましたから、生徒会の和を乱してはならないって、もう合わせる顔がありません」


「そう……」


 微妙に重たい会話と空気の中、二人の歩みは心なしか早くなっていった。


 それから学校までの道のりを三分の二ほど進んだ頃だろうか、鈴谷八重が立ち止まった。


「どうしました? 会長?」


 呼びかけに応える事無く空を見上げる。


「あれ、何だと思う?」


 そういってある方向を指差す。紀一郎はその先を見上げた。


「鳥? でかい……、ような」


 二人が見たものは数十羽もしくは百ほどか、いまいち数えようがないので正確な数字は分からないが、かなり多くの鳥らしき物体がこちらに向かって飛んでいる姿だった。


 後から考えてみれば平和ボケだったとしか言いようが無いのだが、逃げるでも隠れるでもなく、ただそれが何なのかを見極めようと突っ立ったまま二人はそれを眺めていた。


 紀一郎が危機感を持ったのはかなりそれが近づき、向かって来るものの姿形がはっきりしてからだった。


 飛んでいる鳥はおよそ鳥と呼べるものではなく、どちらかというと羽の生えたトカゲというのが正しく、二人が思ったのは竜とかドラゴンのそれである。


「に、逃げましょう会長」


「うん」


 二人は意を決して今まで歩いてきた道を走って引き返しだした。


「何なのあれ?」


「りゅ、竜騎士ってやつ? 人が乗ってるのが見えました」


 紀一郎は振り向いて竜が居る方向の空を見上げる。視界には迷う事無くこちらに向かってくる竜とそれに乗る西洋甲冑を着た騎士の姿がはっきりと見えた。


「やばいです、超ヤバイ。今、上に乗っかってる奴と目が合っちゃった」


「なんかいっぱい追いかけてくるー」


 二人は懸命に走る。しかし元々のスピードが大きく違う為ぐんぐんと追いつかれていく。しかも不幸な事に二人が学校へ向かい歩いてきた道は逃げ場の無い一本道の為に、撒く事も隠れる事も出来なかった。


 女子である鈴谷八重と運動の得意ではない紀一郎は段々と疲労がたまり走る速度を落としていき、ついに鈴谷八重の足が止まる。


「会長!? もうちょっと、もう少しいけば横に逃げられるから」


 自ら息を上げながらも彼女を励ますが、ひざに両手を置き肩で息をする鈴谷八重には難しい事だった。


 鈴谷八重の手を引き引っ張るが重い足取りは変えられなかった。


 絶望的な状況に紀一郎は竜の群れを見上げる。


 平和な日本で大した不自由もなく暮らしてきた彼が初めて受けた恐怖の洗礼……。


(こんな所で終わる訳には……)


 体が硬直し体中から汗が滝の様に滴り落ちる。


 しかし次の瞬間それまで王者の様に空を飛んでいた竜騎士達が、次々とその力を何かに吸い取られるかの様に落ちていった。


 それから一秒あるかないかの間を置いて轟音が鳴り響く。


 直接聴いた事は無いが映画やネットの動画等で聞き覚えのある音だった。


「これ…… 銃声だ! 」


 紀一郎はあたりを見回すと、自衛隊駐屯地の方向を無意識に目を向けた。

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