後日
「だからな、忠則、お前じゃダメなんだって」
家の近所のコンビニで、錦野星一とたまたま一緒になった来間忠則は飲料の棚を前にして話していた。
「ダメっすか……」
「ああ。でも、全っ然負い目に感じなくていいからな」
「はぁ」
「あいつの彼氏になんなくてすんだ、ってことはとってもラッキーなんだぞ」
来間は困ったような曖昧な笑みを見せた。
「あいつのタイプはウチの親父みたいな奴なんだから」
「あ、そうっすね。星一さん家の親父さん、優しそうな人だもんな」
「……優しそうとか、そんな生易しいもんじゃないっ」
空をにらむ星一の力のこもった目に来間は少し引いた。
「家事一般をあっさりこなし、近所のスーパーのお惣菜コーナーのパートとして働くことすでに八年。今じゃ責任者。どこのおばさんかっ!」
一気にまくし立てて荒い息を吐く星一に、来間はなんと返して良いかわからないようだ。
「珠子のやつはきっと彼氏をそういうふうに鍛え上げにかかるに決まってる。よかったな、忠則」
来間は弱々しく笑った。
そのとき店内に入ってきた男前な女性たちは、真加瀬家の、風、流、波、三姉妹である。
「やっぱ、チーズとサラミでしょ、お姉ちゃんたち渋すぎだよ」
「何言ってんの。やっぱりおつまみはお漬物にかぎるのよ」
「えー、冷奴と枝豆でしょ」
そう言いながら彼女たちはカゴにチューハイやらビールやらをぽんぽん入れていく。
「あ、そうだ。なりこにもなんか買ってってやろうよ」
「なりちゃんはねぇ……」
流は、ミルクティーと、ほとんど生クリームみたいなイチゴのケーキを選んでカゴに入れた。
「こういうの好きだよねぇ」
「見ただけで胸焼けしそう」
「あの子絶対お酒飲むようにはならないよ、きっと」
きゃらきゃら笑いながらレジに向かった彼女たちを、星一と来間が見ていた。
「なりこちゃんって子、きっと、あのお姉さんたちの間で苦労してるのに違いない」
「イチゴのケーキ食って頑張ってほしいっすね」
男子二人がうなずきあっていると、珠子が勢いよく飛び込んできた。
「おやつ買いにきましたぁっ」
元気良く宣言すると、もう顔なじみの店員さんが、いらっしゃい、と少し引き気味に挨拶を返してくれた。
「げっ、珠子」
「えっ」
その後から、しずしずと真加瀬がついてきた。
「あっ。真加瀬……」
「何っ、あいつが例の嫁候補なのか?」
「はい」
来間が不機嫌になって答えた。
「なるほど。……そんな、かんじだな」
珠子たちはまだ兄たちに気付いていない。
「私、コロッケ買います。先輩は?」
「ええっと……何、買おうかな……僕、……ええっと」
「あらぁ、なりこ。あ、もしかしてその子が錦野さん?」
真加瀬は固まって、「あ」だの「え」だのよくわからない音声を発している。
「こ、こんにちは。あのっ、先輩、こちらは?」
口をぱくぱくしているだけの真加瀬を差し置いて波が答えた。
「私たちなりこの姉ですぅ。こないだはなりこを助けてくれてありがとうございました」
「あ、いいえ、助けたのは私じゃありませんから」
「えー。でも、なりこ感激してたよ? 錦野さんが守ってくれたって」
「え、いや、そんな」
珠子はテレまくって頭をがしがしかいた。
「かわいいじゃない? ね、なりちゃん」
真加瀬はまだ音声不明瞭である。慌てているのと、少々怒っているのがかろうじてわかる。
「そーだ。ウチ来ない?」
「えっ」
真加瀬がやっと言葉を思い出した。
「だ、だめだよ、お姉ちゃんたち、お酒飲むんでしょ? そんなとこに錦野さんを……」
「お酒はとっとく。なりちゃんを助けてくれたお礼を言いたいし。お紅茶淹れてあげるから。あ、ケーキも買うし。いろんなお話聞かせてよ。ね? 私たちもなりちゃんのいろんなお話、聞かせて、あ・げ・る」
「お、おねぇちゃん~」
にぎやかに買い物を済ませ、涙目の真加瀬と、断りきれなかった珠子を引きずって姉妹は店を出て行った。
星一と来間は微動だにせずそれを見送った。
「……まぁ、苦労はしてるみたいだな」
「イチゴのケーキなんか食いやがって。せいぜい頑張りやがれ……」
二人は大きくため息をつくとコンビニを後にした。
「家庭環境って人に大きく作用するんだな」
「そうっすね。俺、なんかすっごく親に感謝したくなった」
「いいよなぁ……お前は普通で……」
忠則は申し訳なさそうに笑った。
忠則の家の前で二人は別れた。
「星一さん、受験勉強っすか? がんばってくださいね」
「あぁ。でも今日はちょっと気乗りしないなー。刺繍でもして気分転換しようかな」
「え……ししゅう……」
歩き出す星一の背に問いただすことも出来ず、彼も錦野家の一員だったのだということを改めて認識した忠則だった。
おわり
ここまで読んでいただいた方には本当に感謝いたします。ちょっとでも楽しんでいただけたなら幸いです。何か気になるところでもあればどうぞ教えてください。




