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日曜日の夕方

 体力と気力を使い果たしたような真加瀬は、珠子にすがるようにして人影がまばらになってきた園内を歩いた。ここは週末の夜は遅くまでやっているが、日曜日は早じまいなのである。

 彼等は傍から見るとラブラブだが、ただ単に真加瀬が疲れているだけだ。

 こちらも体力と気力を使い果たした須雅は、すがる相手もなく、こそこそと二人の後をつけていた。

 そこに通りがかった同じ高校生らしい男子三人組が、真加瀬に目を留めた。

「あーっ、成之く~ん。久しぶりぃ~」

「お~。デートですかぁ。うらやましい事してんじゃん」

「でもあんま、うらやましくねーかも。何、この女。小学生?」

 見るからに柄が悪く、態度が悪い。服装もそれにあったちゃらちゃら、だらだらなスタイルである。

 真加瀬はあっという間に自分と珠子とを取り囲んだ彼等を見て、すっかり顔色をなくした。

「なーなー、成之、ちょっとそこらの店で話しねぇ? 久しぶりだし、積もる話もあるじゃん」

 ここで珠子が切れた。

「おう、てめぇら、デートの最中のカップル捕まえて、しかも男の方をさらっていくってのはどういう了見だ!」

 どこのおやじか。いや、この年に似合わず時代劇好きか。

「なんか威勢いいねー。彼女。いいよ。彼女もおいでよ。成之くんの昔話聞かせてあげる。僕らよく一緒に遊んだんだー。こいつこんな顔してけっこーワルいこともしてるんだから」

「や、やめてよ!」

 真加瀬は泣きそうな顔で叫んだ。

「僕、行くから。それでいいでしょ。錦野さん、皆には先に帰ったって言っといて。悪いけど、僕」

「駄目ですっ、行っちゃ!」

 ここで退いては、錦野珠子ではないのである。

「あたしが行かせません。悪の誘いはキッパリ断らなきゃ!」

「悪とか言われちゃったしぃ~」

「じゃ、悪らしいとこ、見せなきゃなー」

「彼女なんかムカつく~」

 ニヤニヤ笑いを浮かべ、何かが入っているらしいポケットに手を突っ込んだ彼等が、女相手に手加減するような輩ではないことは一目瞭然である。

「やめて! 駄目だよ錦野さん! 逃げて」

 それを見ていた須雅は、飛び出そうとしたのだが、ゆいからの電話に足止めを食った。来るのが遅いと、文句を言ってきたのだ。

「ただいま観覧車を降りたところで……いえ、それが今、不良どもにからまれておられまして……」

 ゆいの謎の叫びで電話は切れ、須雅は、あらためて救助に向かった。


「ふんっ」

びしっ。

「はっ」

きんっ。

「やっ」

ごっ。

 珠子は彼等が手にした得物をことごとく叩き落していた。

 重心を低く落とし、軽く握った拳を腰の辺りで構えた珠子は、腹の底から声を出して怒鳴った。

「男なら拳で来んかい!」

 どうやらここは出る幕ではないとふんだ須雅は、しばらく様子を見ることにした。

「このおっ」

「来いっ。“我流天晴拳”見せてやる」

 あっぱれ、ではなく、てんせい、と珠子は発音した。

「うぉりゃ!」

「てぃっ!」

 A君は、三メートルばかり吹っ飛んで行った。

「クッソがー!」

 ぴしりと音がして、B君も華麗な二回転半ひねりをみせて倒れた。

 珠子はC君を目で探すと、彼が真加瀬を羽交い絞めしているのを発見した。

「はっ、しまった!」

 C君は手にさっき落とされたナイフを拾って持ち、真加瀬の顔に当てて珠子を威嚇した。

「おとなしくしなよ彼女。そんなんじゃ成之くんに嫌われちゃうよ?」

「くっそぉ」

 倒れていたA君とB君がなんとか立ち上がり、珠子の目の前に立ちはだかった。

「どうするよ、この女」

「ぼこぼこにしちまおーぜ」

「ふんっ。やりたきゃ、やれ」

「いい根性してんじゃん」

「や、やめて、やめてよっ! 錦野さん、逃げてよう」

 真加瀬は顔や、腕に切り傷が出来るのもかまわず、泣きながら無理矢理もがいてなんとかC君の手から逃れようとしていた。

「きゃー、動いちゃ駄目です! 先輩! あたしは大丈夫ですからっ」

「なんかこいつらほんっとムカつく!」

 A、B君は、いきなり殴りかかろうとした。珠子は衝撃を覚悟した。が。

 衝撃がこない。

 微かな鈍い音がして彼女が顔を上げると、きれいにパンチを放ったポーズをとる来間と、両手を前で組み、足を肩幅に広げて待機の姿勢の須雅がいた。

 ポーズの違いが、アマとプロの違いといったところだろう。

 C君は、きょとんとしているところを、真加瀬の下からの頭突きで倒されてしまった。

「だ、大丈夫ですかっ! 先輩っ!」

 珠子は慌てて真加瀬に駆け寄り、C君のナイフを蹴り飛ばした。

 これは絶対家族の助言で持たされたと思われる、肩から斜め掛けした可愛らしいポーチから、“米倉酒店”と青く染め抜かれた手ぬぐい(よく粗品とかでもらうやつ。三回洗濯済み)を取り出し、真加瀬の小さな切り傷が無数にできた腕に巻いてやった。

「だ……大丈夫……全然、平気……だから」

 今にも倒れそうな顔色で彼はそう言った。

「ありがとう! 須雅さん! と、忠則!」

「と、かよ」

「お、恩に着るよっ」

 たぶん、ゆいが来間に話をして駆けつけたのだろう。当のゆいは、倒れていたA、B、そして鼻血たらたらのC君を須雅に集めさせ、彼等を前にしてお嬢様全開の高飛車な笑みを見せていた。

「……だから、私が、っていうか、“菱沼”がその気になったら、あなた達を社会的に抹殺するくらいわけはないの」

 A、B、C君はふふふと不気味に笑う彼女の後ろに真っ黒な何かを見たのに違いない。

「も、もう、しません」 退治されたあとの鬼が島の鬼のようなコメントである。

「成之くんなんて知りません」 ……おいおい。

「あ、あなたのためなら何でも……」 話が違う。

 ゆいが行ってよし、と言うと彼等はF1マシン並みの速さで姿を消した。

「なあ」

 真加瀬を介抱する珠子に来間は言った。

「お前、ほんっきで先輩と付き合うわけ?」

「あったりまえでしょ」

「そっか。……あのさー、ちょっと聞くけどお前、マジで俺のこと、どう思ってる?」

 珠子は考えた。

「拳で語り合う相手」

 来間はよくわからなかったらしいが、「そうか。わかったよ」と笑ってみせた。

 そして今度は真加瀬の方を見た。

「先輩、もう人質とかに取られねーように気をつけてくれよな」

 来間の口調が、少し厳しくなっている。

「ご、ごめんなさい、気をつけるよ」

「忠則っ!」

 来間はふんっと言って彼等に背を向けた。

「……ったく、何で、俺が、こんなのに……」

「来間君?……」

 真加瀬はなんとなく気付いたようだが、珠子は黄砂の粒子ほどにも気付いていない。だが“釣った魚にエサはやらない”どころか、こんな魚を釣る奴はいないとたかをくくって、なにげに釣り糸を垂れていた真加瀬をまったく眼中に入れていなかったのは、来間の油断である。

「珠子~!」

 続いてゆいが珠子達の前にやってきた。

「大丈夫だった? 怪我しなかった? 須雅の奴がぼやぼやしてるから」

「大丈夫だよ。そ、そんな、心配……ちょっと! 何触ってんだよ」

 まとわりつくゆいに珠子は声を上げた。

「私、やっぱり、言うね」

「な、何を」

「珠子っ! 私っ、ずっと前から、……ちゅ、ちゅ、……中学の時から、あなたのことが、す、す、」

 鈍い珠子でも、これは気付いたらしい。顔色が悪くなったようだ。

「好きなのっ!」

「……ぅぉっ……」

「私の気持ち、わかって?」

 珠子はぴきぴき音がしそうな笑顔で

「ごめん」

と言った。

「悪いけど、お、女の子は……」

 ゆいは泣き出しそうになったが、まだ負けなかった。

「じゃ、友達で! 最初は友達からよね。いいの。私、補欠でもいいから、ねっ?」

「ほ、補欠……。う、うん、友達、なら……」

 ゆいは瞬時に立ち直った。

「私、頑張るから! じゃ、先に行ってるね?」

 照れたように顔を赤くしてきゃーと走り去るゆいに、何をだ? と問いかける珠子を、真加瀬はじっと見ていた。

「錦野さんて、もてもてだね」

「そんな、女の子にもてたって」

 彼女の頭の中では来間は計算に入っていない。

「……来間君……」

「さ、行きましょ。先輩」

「う、うん」

 二人はゲートに向かった。

「あの……」

「何ですか?」

「僕……かっこ悪いね……嫌になったでしょ? そうだったら言って?」

 しかし、珠子はまったく気にしていないようだ。

「ううん。全然。さっきのはあいつらが悪いんだし」

「……錦野さんは……僕の……僕なんかの、どこがいいの? 見た目?」

「それもあるけどー」

とはっきり言うのが珠子である。

「先輩、優しいから……」

 珠子は頬を赤くして答えた。

「優しいって……なんか、したっけ?」

「え? だって、食堂でいっつも椅子を引いてくれるし、あたしがなんかすると“大丈夫?”って言ってくれるし、健一君と元夢くんとあたしの草を払ってくれたり。今日だって乗り物に乗るときとか、手を引いてくれたでしょ?」

「え、そんなこと?」

「そんなこと、って。あたしそんなことしてもらったの初めてだもん」

 真加瀬を可愛がってくれた親戚のおばあさんは高齢で足腰が悪く、真加瀬は自然と手を貸し、世話を焼くようになっていた。彼にとってはいつもの動作で、まったく気にも留めていなかったことが、珠子には嬉しかったらしい。

 しかし、おばあさんと同じ扱いと知ったらどう思うかはわからない。

「先輩、菱沼に頼んでお医者さんに診てもらいましょう。あいつなら絶対誰か知ってるから」

「そんな、大したこと無いよ」

「いいえ、痕になったら大変です。お嫁に行けなくなっちゃいます」

 冗談なのか真面目なのか、珠子はほとんど真加瀬を抱えるようにして足を速めた。

「……僕……お嫁には、行かない……と、思うんだけど……」


 その後、学園内で、『きんたの嫁』タイトルを獲得した真加瀬は、いじめに遭う事もなく、珠子共々、そこそこ人気者として幸せに暮らしましたとさ。

めでたしめでたし。


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