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日曜日

 昨日の雨が嘘のように上がり、空は爽やかな澄み切った初夏の色を見せている。

“小川”の河口の大きな街にある『アクアマリン』は、この近隣では一番大きな遊園地で、県外からも人々がやって来る。やはり今日も人でごった返していた。

「最っ高ーっの気分だね!」

 幸せを独り占めしたような上機嫌の珠子に相反して、ゆいは悲愴な面持ちだ。

「……そりゃいい気分でしょうよ」

 月曜日の時点では、成立するかどうかもあやしかったWデート。

 ゲート前で珠子達を待ち構えていた菱沼は、はっきりと敗北を認めた。

 見た目に関しては非の打ち所の無い真加瀬と、どうだ、連れて来たぞ、と言わんばかりの、自信に満ちた笑顔の珠子。

 対してゆい側は、間に合わせに連れて来られた来間。彼もそこそこ格好いいのだが、表情がなぜかさえない。

 そして、道行く男達が振り向くほどかわいいのに、どんよりとした翳をしょっているせいで、ぱっとしない肝心のゆい。

 彼女としてはこのまま帰ってしまうのもありだったのかも知れないが、意地もあってか、それはしないようだ。真加瀬をにらみ、

「ふん」

と言うと、ずかずかと入場窓口に行って四人分の料金を叩き付けてきた。

 珠子は申し訳なさそうな真加瀬の手を取り勝利を喜んだ。

 ゆいも来間の腕をつかんで歩き出す。

「ところでさ。やっぱり、付いてくんの?」

 珠子が言うのは彼等の少し後方で両手を前で組み、足を肩幅に広げて待機の姿勢をとる、ゆいの運転手兼ボディガード兼お目付け役だ。

「仕方ないでしょ。父さんがどうしても許してくれないんだもの。なるべく邪魔になんないようにって、言ってあるから」

「邪魔ってことはないけどさ」

 珠子は顔馴染みなのか、彼に声をかけた。

「お仕事ご苦労様です! 須雅すがさん。日曜なのに大変ですねー」

 須雅は図体に似合わず、見つけられてしまった小動物のようにおろおろして、困ったような笑みを見せた。

「さー、あっそぼーぜーっ」

 ひとり元気爆発な珠子に引きずられるようにして、三人+アルファーはゲートをくぐった。

 行列をものともせず、アトラクションを次々と巡り、お約束の人気ナンバー1ジェットコースターに乗り込んだ。

 ほどなく四人はきゃーきゃー大騒ぎして出てきた、ゆい組は来た時よりも明るくなったようだ。

 ゆいは来間の腕につかまり、珠子は真加瀬の……ではなく、真加瀬は珠子の腕につかまっていた。

「すごい、あの、ぎゅわーって、ひねって落ちてくとこがさぁ」

「私、手離したよ、手離したっ!」

「先輩、ちびってないすか?」

 からかう来間に、真加瀬は涙目で、

「だ、大丈夫だよっ」

 と言い返した。

 情けない表情の真加瀬にがっかりするでもなく、珠子は腕にしがみつく真加瀬を見てはにこにこにこにこしていた。彼女に普通の女子の思考をしろといっても無理らしい。

「先輩、かわいい……」

「……お昼にしようよ」

 ゆいはそそくさとその場を離れた。ぼけっとしていた来間も、はっと我に返ってその後に続いた。

 それから彼等はオープンカフェで、“三種のチーズのピザ”、“ピザマルゲリータ”、“グリルトマトオニオンバーガー”、“ダブル焼き鳥バーガー”、“マリンフライドチキン6ピース”、“マリンポテト(L)二つ”、“カフェゼリー”、“ミックスベリープリン”を、珠子とゆいが、“チーズハンバーガー”と、“ミートソースピザ”を真加瀬と来間が食べた。(須雅は、携帯フルーツバーをかじっていた)

 あといっこ、といって珠子はアクアマリン名物、ブルーソフトクリーム(ブルーベリーと何かが入っているらしい)を買ってきて舐め始めた。それを見ていた来間は素直な感想をもらした。

「よく、食うよなぁ……」

「ふん、欲しかったら自分で買え~」

「見てるだけで腹いっぱいになったからもう食えねー」

「へへへ。勝ったな」

「何の勝負だよ」

 すると珠子はふいに、真加瀬にソフトクリームを差し出した。

「先輩も味見します? 面白い味しますよ~」

 こうも堂々と間接キスを勧めてくる珠子にひるむかと思われたが、真加瀬は断るのも悪いと思ったのか、素直に受け取り、ひと舐めして、「うん、変わった味だね」と言ってのけた。

 珠子はたぶん何にも考えてはいないだろう。小さな子が、口の中の飴玉を出して、はいあげる、というのと大差ない。付き合いの長いゆいと来間はわかっているはずだが、何かどうも悔しいらしい。なぜかははっきりとしない。

 珠子と真加瀬は、珠子のほうがほとんどしゃべっているにもかかわらず、楽しそうだ。インスタントな恋人には見えない。

 そんな二人に気が引けたのか、ゆいは午後から別行動にしよう、と提案した。

「帰りはウチの車で送ってあげるから、五時にゲートのところね」

「わーい。バス代浮いたー!」

珠子は無邪気に喜び、真加瀬の手を取って駆け出した。

「……スカイビジョンで映画やってたね。見よっか?」

「そだな」

 こちらはやる気のないゆいと来間は、とぼとぼと足を向けかけたが、思い出したように、ゆいは須雅を呼んだ。

「あなた、珠子達見ててあげて」

 承服しかねる須雅を、ゆいはせっついた。

「ほら、見えなくなっちゃう。あの子よく迷子になるの、知ってるでしょ? 園内放送とかで呼ばれたくないの!」

 須雅は、仕方なく珠子達を追った。

 それから珠子は“ロールアラウンド”で目を回しかけて頭のはっきりしない真加瀬を“スクールオブホラー”に連れて行き、二人揃ってきゃーきゃー叫びまくったあと、“ファンタジーライン”のたぬきさんに乗ってまったりした。

「こ、怖かった~」

「ほんと、怖かったですね!」

「……錦野さん、楽しそうだったよ?」

「絶叫できる事ってあんまりないじゃないですかぁ。先輩も思いっきり叫んですっきりしませんでした?」

「……そ、そういえば、そう、かな……」

 その後も広い園内をくまなく歩き回って楽しんだ二人は、集合時間が間近なのを、広場の時計塔で知った。後をつけていた須雅は、やっと終わる、と喜んでいたに違いない。

 珠子の目に、観覧車が映った。

「あれ、あれで最後にしません?」

 観覧車を目にして、真加瀬は一瞬神妙な顔になった。

 よからぬ知識が頭をよぎったのかもしれないが、珠子に限ってそれはない。

「そ、そうだね」

 しばらくして二人は空中の人になり、須雅はぼーっと見上げていた。

「わぁ、すごーい」

 真加瀬と隣り合って座る珠子がはしゃいで動くと、観覧車が微かに揺れる。

「……き、きれい、だね」

 真加瀬は、高いところが得意ではなかったようだ。あまり外を見ようとしない。

「先輩って、あの、小川の向こうの、鼓舞田市こぶだしから来たんですよね」

「う? うん」

「ウチみたいな小っちゃい町に来て、つまんないでしょ?」

「ううん。つまんなくなんか……。なんていうか、のんびりしてて、いいなって……」

「生まれも育ちも鼓舞田?」

「ううん。生まれたのは外国……」

「ええーっ。すごぉい。どこに住んでたんですか?」

「……あ、違、海外旅行の最中で……」

 実は話題のある男である。

「九歳までは山田にいたんだけど、父と母が死んだので……」

「あ……ごめんなさい……」

「ううん。いいんだ。ずっと前のことだもの。……それからは姉弟ばらばらで親戚に引き取られて。でも連絡だけは取り合って、よく会ってたんだ……去年の終わりごろにやっと皆一緒に暮らせるようになって。お姉ちゃん達ががんばったから……それで、中途半端だけど、ここに越してきたの」

 珠子はすでにうるうるしている。

「く、苦労したんですねっ。先輩っ」

「え、そんな、ちっとも。親戚の人もみんないい人で、お姉さん達もうちのお姉ちゃん達より優しかったし。そこのおばあちゃんとか、とっても良くしてくれたし、最後まで、家にいればって言ってくれて」

「でも、大変です~」

「そ、かな」

 一番高い箇所を通り過ぎ、安心したのか、真加瀬が小さな声で切り出した。

「あの、えっと、約束は、今日だけでも、だったよね」

 珠子は横に“ガーン”と書いてやりたくなるような顔をした。

 真加瀬は彼女が誤解したと知って慌てて否定した。

「そ、そうじゃなくて、えっとその、ぼ、ぼ、ぼ、僕、まだ気持ち悪くないですか?」

 珠子はきょとんとしてうんうんとうなずいた。

「あの、だったら、今日、だけじゃなくて、その、明日も、えっと、できたら、も少し、つ、付き合ってもらえませんか? いえ、と、友達で、全然、その、構いませんから」

 あっけにとられていたが、ようやく意味を飲み込み「はいっ」と答える珠子の、これ以上ないくらいに嬉しそうな顔を見たら、父の玉男は悔しがって泣いたかも知れない。

真加瀬の、観覧車から飛び降りる覚悟の告白は成功したようだ。


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