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金曜日

 二年『壱』組の教室で、一時間目と二時間目の授業の間の休憩時間、真加瀬は暇つぶしに、カバーをかけた文庫版『魔剣伝説』に集中していた。

 彼は休憩時間が苦手だった。珠子や菜月、木暮井や桃山とは話せる様になったが、自分から出向いていって話しかけることができない。

 彼はまだクラスにもなじんでいない。しかし、ここへ来る前の高校でも、なじんではいなかった。どうかすると、朝出かけてから一言もしゃべらずに帰ってきたこともある。

 彼に近付く人間は、少なくない。だが、皆、見てくれを騒ぎ立てるだけで、話しをするとたいていは、表面的な付き合いになる。

 友達だと言ってくる人間は結局、友達とは名ばかりのとんでもない連中ばかりだった。

 姉達の都合で引越してきたが、さあ、今までの自分は捨てて新しく、なんてことにはならないものだ。

 廊下から、わぁ、という女子の驚くような声が聞こえていた。

 噂を聞きつけた生徒達が、めずらしく、そしてきれいな転校生を一目見ようと、やって来るのだ。先週よりも人数は減ったが、まだ見に来る輩はいる。

 中に、ごくまれに、男子が混じっていることもあった。ほとんどといっていいほど、どこのおっさんか、というような面々だ。真加瀬は、何としても、彼等とだけは目を合わせたくなかった。

 彼は、皆が飽きてしまうのをじっと待っていた。

 美人は三日で飽きる、というが、クラスメートはすでにそのようだ。

「……顔はきれいだけどねー」

「男子、としてはどうかだよね~」

 真加瀬の机より三つ先の机で話していた四人の中のひとりの女生徒は、小指をぴんと伸ばした掌を口の横に当てる、よくあるしぐさをしてみせては笑いあっている。

「本人自覚ないみたいだけどー」

「普通、自覚するよねー」

「わたし初めて見たよ、そーいうの」

「そのうち、“その道”に進むんじゃない?」

 四人はくすくすと笑い合った。

「だいたい、ちょっとキモイよねー」

「声、小さすぎるしー、話がぶちぶち切れちゃってさ、話しにくいし、話題が無いんだもの。音楽の話とか、知らないみたいだし」

「私、ネットの話なら通じるかな、と思ったんだけど、なんか、自分のケータイもパソコンも持ってないんだってぇー」

「うっそー」

「信じらんなーい」

 真加瀬は聞こえているはずなのだが、小説から目を上げず、ひたすら時間の過ぎるのを待っているようだった。

「きっと家ではお母さんにぜーんぶやってもらってるんだよ。絶対マザコンだよ。“はい、成之ちゃん、あーん”とかって」

「やっだぁ」

 ケラケラ笑い合う女子達は、

「いい加減にしなさいよ」

という静かだが威圧感のある声で静かになった。桃山と木暮井だった。

「あんたたちの顔のレベルじゃぁ嫌味のひとつも言いたくなるんだろうけど~、声、大き過ぎるのぉ。みっともないわよぅ」

 桃山に続いて木暮井が言った。

「真加瀬君はご両親を早く亡くされて、お姉さん達と暮らしてるの。……失礼よ」

「ご……ごめんなさぁい」

「だって、知らなかったんだもの……」

 予鈴が鳴り、騒ぎも収まって、皆、自分の席へと戻っていった。

「なりちゃん、許したげてね。あの子達もそんな悪い子達じゃないのよ? あんたと仲良くできないもんだから、すねちゃってるのよぉ」

 桃山にささやかれ、真加瀬はただ笑って見せた。


 昼休みが近くなると、真加瀬はそわそわしだした。しきりに時計に目をやる。

 やはり彼も男の子、なのか珠子との昼食を楽しみにしているようだ。

 しかし、チャイムが鳴り終わり、席を立った彼を待ち構えていたのはいつもの窓を震わせる勢いの「先輩!」の声ではなく、菜月の「ちょっとちょっと! 先輩!」という、こそこそとした呼び声だった。

「ど、どうしたの? 比戸さん。き、錦野さん、どうかしたの?」

 心配そうな真加瀬の腕を引っ張って、菜月はまっしぐらに稲宗偉賞部(略称。“月曜日”参照)の部室へと向かった。

「お昼ご飯、あたし買ってきますから。何にします?」

「そ、それより、どうしたの?」

 泣きそうな顔をしている真加瀬に、菜月は説明した。

 珠子と日曜の勝負をしている菱沼が真加瀬を追いかけている事。なので今日は珠子と別行動を取って、菱沼から逃れていてほしいという事。

「菱沼、お金持ちなだけになにするかわかりませんから。ウェルカム・パーティーにご招待いたしますわ、とか言って、別荘にかっさらっといて週末監禁。なんてことも……」

「……う、うそぉ……」

「うん、それはないか。でも、面が割れたら何しかけてくるかわかりませんからね。授業の間の休憩時間は珠子が菱沼を牽制してます」

「な、なんか、おおごとだね……」

「おおごとなんです!」

「……そ、そう……」

 菜月はどうやら事態を楽しんでいるようだ。

「で、ご注文は!」

「え、あ、じゃ……“期間限定特別謹製たこ焼きパン”」

「たこ焼きパンですね。あたしも狙ってました!」

「あ、お金……」

「おごりです!」

 行きかけて菜月はまた踵を返した。

「“甘口ソース味”? “あっさりしょうゆ味”?」

「そ、ソースで」

「承知!」

 菜月は忍者になりきってすたたと駆けて行った。

 真加瀬は三階の隅っこの部室でひとり、たこ焼きパンを待つ事になった。

「……あ、そ、か、ここにもあったっけ……」

 部室の中央でにこやかな笑顔を浮かべ、両手を差し伸べる『吉兵衛』像。 もしかしたらこれは大量生産されていて、学園内のおっ、こんなところに、な場所に点在しているのかもしれない。

「今日は吉兵衛くんと昼ごはんかぁ……」

 彼が何気なく窓の外を眺めると、上空はどんよりと曇って今にも降り出しそうだった。視線を下ろすと、中庭をゆったりと散歩する番猫の“マサ”の背中が見えた。

「あ、マサだ」

 マサを目で追っていると、突然視界の中に珠子が飛び込んできた。

「あ、錦野さん!」

 真加瀬が急いで窓を開け、顔を出すと、珠子も顔を上げた。

「き……」

 呼び掛けようとした真加瀬に、珠子は両手で、駄目だ、というふうに合図を送った。そして、口に人差し指を当てるしぐさをしてみせた。

「あ、そ、そうだった……隠れてるんだった……」

 真加瀬は大きくうなずいて見せてから窓を閉めた。頭だけのぞかせて下を見ていると、珠子が、よし、というふうにうなずくのが見えた。

 珠子は屋内に戻ろうとしたらしいが、ひょっこりと出てきた来間と鉢合わせし、何か言い合いを始めてしまった。

「また……サルの、話かな……」

 真加瀬は微笑ましく見ていたのだが、なぜか今回は、二人は格闘を始めてしまった。

「き、錦野さん!」

 真加瀬は慌てたが、どうも、彼等は喧嘩というかんじでもなさそうなのだ。

 珠子の蹴りを来間がきれいに避ける。

 来間が次々と繰り出す突きを珠子が的確に腕で弾いていく。

 無駄な動きは無く、素早く、小気味良いくらいだ。組手の稽古をしているようにも見える。

 中庭に面した窓には、彼等を見物する生徒の顔がのぞきだした。

「いいぞー。やれぇ! きんた」

「負けるなー、忠則ー!」

 はやし立てているのは彼等と同じ一年生だ。

 上級生たちも面白そうに見ている。

 その時、菜月がたこ焼きパンを持って戻ってきた。

「先輩、お待たせ! ん? 何かいるんですか?」

「うん、あの、錦野さんと、来間君が……」

 何っ、と叫んで、真加瀬にパンとお茶を押し付けた菜月は窓の外を見た。

「あーっ。あのバカども~!」

 菜月は再び駆け出していった。

 真加瀬は菜月の行ってしまった方と、窓の外とを交互に見ていたが、珠子と来間に視線を戻し、しばらく眺めていた。

 しかし、だんだんと顔を曇らせ、しまいには窓に背を向けるようにして床に座り込んでしまった。

「やっぱり……錦野さん……来間君と……楽しそう……僕じゃ……」

 真加瀬はぶつぶつ言ってうなだれると、パンをもそもそと食べ始めた。


 放課後も、彼は忍者ナツキに連れられて校舎を後にし、土手道まで出た。

「菱沼はリムジン通学ですからね。ここまでくれば安心です」

「うん」

「珠子が、日曜日楽しみにしてますって。あ、これ、バスの時間とか書いたメモ……」

 真加瀬は少し寂しそうな顔でメモを受け取った。

「じゃ。日曜日、頑張ってくださいね!」

 駆けていく菜月の背に、力なく手を振る真加瀬だった。


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