ハンター
魔法世界ムンデの言語は一つだけとなっております。
ハンターの格好は人それぞれである。全身を魔物革で造られた装備で固めている堅実なハンターがいれば、武器の柄に革を巻き魔法効果を付与しただけであとはすっぴん状態の命知らずの猛者もいる。
唯一ハンターに共通しているのは頬に塗られた顔料。これはハンターの階級と所属しているハンターギルド部署を示している。
ハンターギルドとは、魔物の皮を入手から加工製造、さらに販売まで一手に手掛ける大商業組合である。
その成り立ちは一世紀以上前に遡り、はじめは人類が魔物に対抗するために生まれた互助会だった。
当時ムンデの国々は魔物を排すことをとうにあきらめていた。そんな国の弱腰の態度に業を煮やした一部の人々は『ならば民間でやるまで』と集っていき、それが現在のギルドの土台となった。
気骨あふれる彼らだったが、いかんせん魔物を倒す算段が立たず悪戦苦闘の日々。
しかし、あるとき何でも癒すことのできる〝奇跡の水〟を呼び水として売出し中だった新興宗教団体の存在を知る。何かしら突破口を欲していたギルドの面々は、内偵を進めて奇跡の水の秘密を探ることに成功する。
その宗教団体は〝ミラグロ〟と名乗っていた。
ミラグロ教が奇跡と称して信者にふるまっていた水、それは魔物が使う『魔法』であった。
魔法では外聞が悪いので、神から与えられた奇跡と偽っていたのだ。
ギルド上層部とミラグロ教は裏で取引をし、偽りの奇跡を暴かないかわりに奇跡の水を優先的にギルド所属の戦士や狩人に提供させることを確約させた。
無限の回復力を得た戦士たちは、今までのうっ憤を晴らすかのように魔物との戦いに挑み、犠牲を出しながらもこれを打ち倒した。
これまで災害と同義だった魔物を倒す。雷に打たれたようなショックを受けた国々の重鎮はようやく決意した。
『今こそ人類が魔物という難事を克服するときである――』
ギルドと協力体制を敷き国を挙げて魔物討伐を幾度も行った。特にギルド戦士たちはまるでゾンビのように前線で戦い、領地拡大に尽力した。それでも敵わない凶悪な魔物が存在する土地はできるだけ無視し、勝てる戦だけを繰り返した。
人類が魔物の領域を次々と制覇し快進撃を続ける中、ミラグロ教も変遷していく。
ミラグロ教を成立させていた奇跡の水だが、その扱いも変わった。文言も〝か弱き人類を憂えた神が与えたもうた奇跡の水〟から〝か弱き人類を憂えた神が魔法を扱う知恵を人に授けた、そのはじめが奇跡の水〟となった。
ミラグロ教は『魔物の表皮を加工したものを装備すれば人にも魔法が使える。この神の英知による御業を最初に発見したのは我々だ』と言い出したのである。
神がいるかどうかは宗教家の領分なのでわからないが魔物革を発見したことは事実だったので、ミラグロ教と蜜月関係にあったギルドはこれを追認し、布教の後押しをした。
秘密が秘密でなくなり、大っぴらに魔物革の由来を説くミラグロ信者たち。
いつしか戦士が魔物を誅し、狩人が皮を剥ぎ取り、職人が装備を製造し、商人が販売、信徒がそれを声高に喧伝してまわるという流通と宣伝の仕組みが出き上がっていた。
魔物の皮を独占することは魔法を独占することに等しい。魔物革が浸透し、魔法が生活必需になってからはギルドの力はより増していった。
そして新興宗教ミラグロ教が多くの国で国教として認定されたとき、ギルドは完成の域を見た。
今やギルドは国を超えた巨大組織である。国主でもうかつに手が出せない有様はある意味魔物より恐ろしい怪物だった。
ちなみに、ハンターと冠してあるのはギルドの守護聖人が奇跡の水を発見した狩人とされているからである。実態は商人、職人、ハンターの発言力は均衡している。
声をかけてきた若い女の右頬に赤と白の横線が引いてあった。トールはどこぞのハンターだろうと予想をつける。
女の格好は白い長袖のインナーの上にうすい茶褐色の短衣のようなものを腰紐で縛り、下は藍色のぴったりとしたズボン。山に入るには軽装だが、よく見ると小手や具足に革装備をしており、なんらかの魔法効果があるのだろう、汗ひとつかいていなかった。
武器は一見して携帯していないようだ。暗器の類を隠し持っている可能性は十分あるが。
髪はふんわりとした金髪のショートボブで、よく手入れされている。アクセントにフェイスペイントと同色の赤の革紐を三つ編みにしたカチューシャをつけており、革の魔物臭を消すためだろう、ほどよい香水の匂いが漂ってきた。
肌はきめ細やかで色白。すこし童顔で中世的な雰囲気を醸し出している。歳は十代の後半から二十歳そこらか。
トールが平常時なら素直に〝すげえかわいい〟と思っていたであろう。
女を観察するにつれ雰囲気と衣装のちぐはぐさが目立った。容姿だけ鑑みれば、どこぞの令嬢のようである。
トールが思い出せる限り、ハンターなんぞ臭いなど気にしない野卑な連中ばかりだった。
もしかしたらトールが日本に在住していた三十年の間に、ハンターにも自分を着飾る甲斐性が生まれたのかもしれないが、それでもこんなところに一人――と一匹――でいるのがどうにも解せない。
トールはムンデにいたころに、ハンターは複数で行動するのが当たり前と聞いたことがある。魔物に単独で立ち向かうのは英雄にまかしとけばいい、と村のハンターがしたり顔で言っていたのをよく覚えている。
魔物の領域と思われるこの山。突然現れたハンターの常識から逸脱した少女。
親譲りの第六感が『これはなにかある』と警鐘を鳴らしていた。
トールは人を見る目がある方だが、その審美眼を発揮できるのは日本人にたいしてだけである。
人柄に判断するにはえてして経験がものを言う。
幼児期から魔法世界の住人とは縁がなかったトールは、ムンデ人の良し悪しを見極めるには決定的に経験不足だった。
警戒してしかるべき状況の中、背中を冷や汗がつたう。
「ぎゃう!」
腕の中で三毛ガートが吠える。つい抱いていた腕に力が入ってしまったようだ。猫好きのトールは嫌われる前にと、さっさと三毛ガートを手放した。
ふよふよと浮きながら女性の方へ向かっていく三毛ガート。そのまますっぽりと相手の腕に収まる。猫(?)と女性、両者のかわいさが相まってトールの警戒心が幾分か薄れた。
「……ありがとう。この子を探していたんだ。見つかってよかった……」
どうやらその三毛ガートを捜索中だったらしい。軽装なのは急いでいたからであろう。
警戒を解くにはまだ早いかもしれないが、そこは大の猫好き人間、情にほだされた。
「あー、えっと……俺の名前はトール。よかったら君の名前を教えてくれないか?ついでにそのガートの名前も……」
女はトールの方にすっと向き直り、笑顔で自己紹介をはじめた。
「フフ……異国の服を着たあなたよ。いいだろう。私の名前はアヴリル・ベルリオス。この子はバルバ。トールだったな。エキゾチックでいい名前だと私は思う」
一足先に春がやってきたような華やかな笑顔にトールは年甲斐もなくどぎまぎした。
「それはどうも。君こそいい名前だね。苗字も最高だ。ハンターとして申し分ないね」
社交辞令のついでに、すこしカマをかけてみるトール。彼女がただのハンターではないことは先ほどの名乗りでほぼ判明した。
竜狩りベルリオス。彼は伝説のドラゴンを打倒した不世出の大ハンターである。ハンターだった彼とその一族はドラゴンの遺骸を持ち帰ったことで特権階級の仲間入りを果たした。
ムンデの古今東西の少年少女は寝物語にベルリオスの英雄譚を聞かされて育つ。トールとて知らないはずがなかった。
騙りやただの同性の可能性はないだろう。彼女が纏う気品が育ちの良さを示している。トールは十八番の動物的嗅覚に頼らなくても、十中八九彼女がベルリオス家の親族だろうと確信していた。
「そうか、褒められるのは好きなんだ。ありがとう。ところでトール、質問をいくつかいいかな?」
「どうぞ……と言いたいところだけど、その前に早く山を下りないか?こう、魔物の臭いがしていると生きた心地がしなくてね……。そっちも武器の類は持ってないようだし、質問はそれからでいいだろう?」
カマかけを軽くいなされたトールは、とりあえず落ち着くために安全地帯に行くことを提案する。
しかしそれを聞いたアヴリルは怪訝な表情をした。
「トール……、あなたの口ぶりはここの土地について何も知らないようだが、それは本当なのか?私はてっきり……」
そのとき、思案顔のアヴリルの言葉を遮るように、横から大きな影が二人の間に落ちてきた。
「げえっ……!!」
トールが叫んだのも無理はない。
そこにいたのは牛頭人身の怪物――ミノタウロスだった。
『ハンター=戦士+狩人』というかんじです。