人類が魔法をつかう日
もし鋼鉄製の鎧より革鎧の方が強かったら、という想いから生まれたお話です。
皮革――有史以来長く人類に重用されてきた素材。
魔法世界ムンデ。地球と似て非なる蒼き星。そこは人を喰らう魔物が跳梁跋扈する異世界。
そこでも革は大いに人類に貢献していた。いや貢献どころの話ではない。この世界で革製品といえば、ある需要から人の営みに必要不可欠なものであった。
魔法世界と呼ばれる所以。そう、需要とは魔法のことである。
魔法、それはもともと魔物が持つこの世の理を大きく逸脱した力のことをさしていた。
存在自体が自然界の法則を超えた理不尽な害獣。人を襲う異能の怪物。
それを総評して魔物と呼ぶ。
たとえば口から灼熱の火を吐き、小さな羽で天高く飛翔する巨大なトカゲ、ドラゴン。
熊のような風体で、さまざまな獣へと変身する能力を持つ人喰いの化物トロル。
疾風のごとき速さで野を縦横無尽に駆け回る豪脚の子鬼ゴブリン。
物理法則を捻じ曲げる魔物の例をあげれば、枚挙にいとまがない。
どこからやってきたのか、いつから存在しているのかはわからない。人類最古の書物をひらけば、もうそこに魔物は登場していた。
人類は魔物になすすべがなかった。
魔物にとって人類はただのエサという認識である。
人の知恵は自然から身を守るには有効だったが、超自然的生物には無力だったのだ。
人類にとって幸運だったのは、魔物が根本的な部分で獣だったということである。
獣は腹を満たせばそれ以上は求めない。必要なときに必要なだけ喰らう。
さながら百獣の王の振る舞いと言うべきか。無敵を誇る魔物にとってエサは人類だけではなかったし、魅力的な獲物は他にもいたのである。
だからだろうか、魔物が己の領域を出て人を襲うことはたびたび起こってはいたが、人類の種としての生存はかろうじて保たれていた。
奇しくも魔物に根ざす本能ともいうべきものによって人類は生きながらえていたのだ。
しかし時折人里にあらわれては、やたらに放たれる魔法の惨劇は、そこに住む人々の安寧を乱し日々の活力をそいでいった。人類は幾度も魔物を打倒しようと試みたが、その者達は弱者強者かかわらず等しく魔法の前に散っていった。
人の身では到底あらがえぬ魔法であったが、あるとき光明がさす。
ある若い狩人が探索で入った森で見つけた鹿に似た魔物の死骸。狩人はそれを持ち帰り革の水袋に加工したのである。
ここで皮と革の違いを説明しておこう。
皮とは動物の体表を覆っている皮、それを剥いだものをいう。皮は加工しないと腐食がおきたり、固くなり折り曲げるのも一苦労となる。
魔物の皮は非常に硬くしなやかさに欠け、臭いも非常に強いものというのが常識である。
丹念に処理を施してから加工しないと使い物にならない厄介な代物であった。
ましてや魔物を忌避していた当時の人間。誰がそんな革を好んで身に着けるというのか。
若き狩人が何を思いそのような手間をかけてまで魔物の革を水袋にしたか今となっては知る由もない。しかし、それが魔法史における大発見をなし、人類の生存圏拡大に大幅に寄与したのはまぎれもない事実である。
その水袋に入れられた水には不思議な効用があらわれた。
奇跡の水。のちにそう呼ばれることになる水は、飲めばたちまち体を癒し、通常では考えられないような力が全身にみなぎった。
まさにそれは魔法。回復と人体強化の特効である。
魔物の革袋に入れられた水。植物性ポリフェノールによって防水加工されているはずのそれから、たしかに染み出した魔法の成分。
魔物の革にはその魔物が行使する魔法の力が宿る。
仕組みなどはわからない。
大事なのは、魔物の表皮を革に加工し、身につければ人にも魔法が使えるという一点。
窮鼠猫をかむ。
じわじわと追い詰められていた人類が、その大発見により魔物の天敵になった瞬間であった。
大狩猟採集時代の訪れである。
初めて小説を書いたので無理な設定、乱文乱筆なところは多少大目に見ていただけると助かります。