第9話
次の日の朝。
「…………そっか。誰か分からなければやり返されないからか。いいところに気がついたな。」
紙が入ってた。
『てめぇが牧瀬と歩いてると牧瀬が汚れるんだよ!』
『ブスはブスらしく不細工な男と歩いとけ!!』
一緒に帰る、って行為は耐えられないものだったのか…。今までやってこなかったことをしてきた。
でも、いくら私が怖くても…噂だけど…誰がやったのかわからなかったら仕返しの仕様がない。
凄い、頭いい。あれ…?でも、虐めってもともと誰がやったのか分からないようにするんだっけ。
そう考えると耳元で囁く方がヤバいんじゃ…。ま、いっか。深く考えないでおこう。
「それにしても、牧瀬が汚れるって…牧瀬はどんだけ純白なんだろう。」
うん、本当に疑問だ。
「ま、2枚目の紙は最もか…」
そうやって独り言を小さい声で言ってると…。
『ね、ねぇやっぱり呪いかなんかやってるんじゃ…』
『バカ!私たちがやったなんてわかるわけ…』
なんだ。見てたんだ。馬鹿だなぁ。どれだけ小声で言ったって静かな時だったら聞こえるって。見てなかったら誰がやったかなんてばれなかっただろうに。そんなに紙を見て私がどんな顔をするのかが見たかったのだろうか。頭いい、って言ったの撤回だな。
「ねぇ。」
私が声が聞こえた方に向かって呼びかけると、律儀にも返事が返ってきた。
「は、はい!!!」
随分しっかりした返事だな。おかしい、私は1年生だから高等部に後輩はいないはずなんだけど。
「これ、あんたたちがやったの?」
「ち、ちが―」
青ざめてる、青ざめてる。もうちょっと嘘をつくのが上手になってからこういうことをした方がいいと思うけど。
「違います!」
「そう。ならいい。もし犯人知ってたら教えて。」
「はい!」
これでたぶん、大丈夫だ。ん?何がって??会話を聞けばわかる。
「やっぱり呪うつもりなんだよ!」
「てか、なんかオーラあったよね!やっぱり暴力団の頭、って噂本当なんじゃ…」
「次からはやめとこっか…」
こういうこと。これで一時的だけど、私の平穏な高校生活は取り戻せる…かな?
このこと噂にして回してくれないかなぁ…。
んで、私が呪いを使えるって噂が回れば、平穏な高校生活は完全に取り戻せる、はず。
そんなことを考えていたから、後ろから近づく足音に気がつかなかった。
「おはよ!実央。」
「!?…あんたか。」
振り向くと朝から鬱陶しいほどに元気そうな牧瀬の姿があった。
危なー…あと10秒早く来てたら面倒なことになるところだった。
「うわ、冷たい反応。」
「あっそ。」
あーそれにしてもびっくりした。なんか考え事してる時って自分の世界に入り込んでるから話しかけられたりするとびっくりする。
「てか、俺一応先輩なんだけど。」
「だから?」
「敬語…」
私は敬語は尊敬すべき人、使わないとめんどくさそうな人にしか使わない。
「敬ってないから使う必要がない。」
「…うん、言うと思った。ま、いまさら敬語も気持ち悪いか。」
それにしても朝から牧瀬に会うとはついてない。
「何持ってんだ??」
「あ!」
とられてしまった。暴言の書かれた紙を。…ホント、ついてない。最初は驚いた顔をしていたのが、だんだんと険しく、怒った表情に変わっていく。
「…………誰がやったの?」
「さぁ?」
真面目に答える気なんてない。とりあえず、この答えだけをひたすら繰り返す。
「知らないの?」
「さぁ?」
「知ってるんだよね。」
「さぁ?」
「真面目に答えろよ!!」
なんで…なんで牧瀬が怒ってんるんだ。意味が分からない。
「実央、そいつらに会ったの?」
知ってること前提で話してるし。ま、いっか。どうせ、返す答えは一つだけだ。
「さぁ?」
「会ったんだ。」
「さぁ?」
「こんな朝早く来てるやつも少ないし…問い詰めてやる。」
は?………はぁぁぁ???頭おかしいんじゃないのか、こいつ。
「やめて。」
「うるさいよ。俺の勝手でしょ?」
勝手?そうかもしれない。牧瀬がどう行動しようと牧瀬の勝手かもしれない。でも、その行動で私が迷惑を被ってるのに止めない理由がどこにある?
「私は嫌。下手に騒ぎ起こさないで。」
「俺は怒ってるんだよ!!」
「これは私の問題。あんたが怒る理由はない。朱音だって…そう。」
「は?実央さ、そんなんも分かんないわけ?」
分かるわけない。自分のことで怒ったことのない私が、人のことで怒れるわけがない。
ましてや、その意味が分かるはずもない。
「実央を俺のことどう思ってるのかは知らない。でも、俺は実央のことを大切な友達だと思ってる。だから怒ってんだよ。」
友達…?私とこいつが?
「悪いけど…あんたとは友達じゃないと思う。」
「俺が友達だと思ってんだからいいんだよ!」
「いや、よくないから。それに、私のことを友達だと思ってるなら、騒ぎを起こさないで。怒ってもらった方が迷惑。」
私の言葉に牧瀬はげんなりとしたようにため息をついた。
「……あー…実央も頑固だよな。」
頑固?私は平和主義なだけ。面倒なことが起きてほしくないって気持ちが人より強いだけ。
「わかったよ。でも…次見つけた時は怒るから。」
「じゃあ、見つからないようにしとく。」
相手が友達なら…その人のために怒るんだ。それって同情??よく…わからない。
教室に入ったら朱音がいて。下駄箱でのことを朱音に話した。
で、言われた言葉が…
「実央、頑固だもんね~」
だった。…牧瀬と同じことを言わないでほしい。
「別にそんなに頑固じゃない。」
「いやいや、頑固だって。」
「頑固じゃない。」
朱音が呆れたようにいうので、ついムキになって言い返すと、
「ほら、そう言うところも頑固。」
「………」
なんかはめられた気分…。
「人のために怒るって…よく分からない。同情?」
「…例えばさ、私の悪口を誰かが言ってたら、実央、どうする?」
「………その場になってみないと分からない。」
朱音の悪口を言ってる人なんて見たことがない。だから、想像がつかない。
「ん~…じゃあ、私と玲衣さんを引き裂こうとする人がいたら?」
そんなの、答えなんて決まってる。牧瀬の時と同じ。
「全力で阻止する。」
「うん。そういうことじゃない?」
…どういうこと?私にとって、朱音が大切で、お兄ちゃんももちろん大切で。
その2人を傷つけたくないから?
「大切な人を傷つけるようなことされたくないって思うでしょ?そういうことなんじゃないかなぁ…」
「…よく分からない…」
そう言いながら、頭の中で考えていた。人のために怒る訳。それが、一体何なのか。朱音の話で何となくわかった気がする。
牧瀬にとって、私が大切なのかどうかは知らない。ただ、興味を持ってる。
その対象をむやみに傷つけようとすることが気に入らない、ということ。
もしかしたら、自分のせいで誰かが傷つけられるのが嫌なのかもしれない。
虐めは牧瀬が私に近づいたことによってはじまった。
一応、責任みたいなのは感じてるのかもしれないな…。
「青谷実央。」
フルネームで呼ばれたから、一瞬牧瀬かと思った。そう言えば牧瀬は名前で呼びだしたんだっけ。
そんなことより、牧瀬がこんな高い声だったら怖いな。目の前にいたのはメイクばっちりの知らない人だった。気合入ってんな~、みたいな。
「ちょっと来なさいよ。」
お呼び出しだ。そんな仲間をぞろぞろ連れて歩かなくても…。
あ、朝の人たちがいる。そして2年生もいる。
あ~…なんかダルイことが始まりそうな予感。