第8話
「青谷実央。一緒に帰ろうよ。」
似たようなことを言うことになるが…
ここ最近、このバカは帰りの時間になると…どうやって待ち伏せしてるのかは知らないけど、突然現れる。そしてついてくる。
「無理」
本当に…何回同じ答えを言わせれば気が済むんだ、こいつは…。
あぁ、最初だけ違うことを言ったな。
「部活はどうした?」って聞いたら「先輩が問題起こして今部活停止中なんだよね」と答えていた。
どうして部活停止かって?そんな興味のないこと私が知るわけない。
「いいじゃん!」
「嫌。」
牧瀬と知り合って、初めて知ったことがある。まず、牧瀬がこの学校で割と有名で、もてること。
これを牧瀬に言ったら
「ひどい!俺、そんなに存在感ない!?」
って喚いてた。
それから、牧瀬と私の家が意外と近いこと。この前一緒に帰った時に知ったんだけど、近いってもんじゃないな…家が間に2つはさんでるだけ。
そんなに近くにいたのに気付かなかったのは、あいつが高校から入ってきたからだ。中学から一緒なら、周りに興味がない私でもさすがに知ってるはずだし。
牧瀬は私の家が近いことを私が知る前から知っていた。同い年ぐらいで、家がすごく近いのに、中学で見たことがない顔…つまり私を中学生の時に見かけた牧瀬は母親に尋ねたらしい。
そしたら母親が、私立の中高一貫の学校に行ってる子だ、と答えた…らしい。
なんでそんなこと知ってんだか…。まぁ、ここは結構頭のいい学校。よく朱音は入れたよなぁ、って感じの。話題にはなるのかもしれない。
小学校は一緒じゃないの?って話だけど…。牧瀬は中学の時引っ越してきたらしい。ご近所さんの事情なんて知らないんだよ…ホント、周りに興味ないから。
「実央…。一緒に帰るぐらい、いいじゃん。」
「嫌」
朱音は…牧瀬に甘い!
ていうか、私と牧瀬をくっつけようとしている…私が牧瀬を嫌ってることを知ってて!
「なんでそこまで嫌うのよ…。」
「私の平穏な高校生活を壊したから。」
「…………」
私の虐めに関しては朱音も…てか、朱音が怒ってる。
これを言うと朱音はピタッと静かになる。
「青谷実央!ほら、帰るぞ!」
静かにしてたと思ったら、牧瀬が突然腕を引っ張ってきた。
「え!?ちょ、やめて!」
私の声を気にせず牧瀬はぐいぐい引っ張っていく。
「がんばって!実央!!牧瀬先輩!」
朱音…なんで牧瀬まで応援してるんだ。
もうあんな奴友達じゃない!!!…とか言って、朱音いなくなったら友達がいなくなるな。
結局…結局こいつと帰るはめになるのか!もう最悪…。
「それにしてもさっきはちょっと驚いたなぁ。」
しぶしぶ一緒に帰り道を歩いていると、牧瀬が突然そう言い出した。
「さっき???」
「ほら、俺が腕引っ張ったとき。」
驚いたのはこっちだ。心臓が止まるかと思った。
「あん時さ、「え!?」って言って、めっちゃ慌ててたじゃん?」
慌てるよ。突然腕引っ張られたら誰でも慌てるし、驚く。
「あんた、何言ってもなんか感情ないって言うか、冷たいから焦ってたんだよね。」
「焦る??」
牧瀬の感情の変化は難しい。私が冷たかったとして、牧瀬が焦る必要はどこにもない。
「そそ。耳元で怒鳴った時もやたらと冷静だったし。」
「怒鳴ってやろうかと思ったけど…怒鳴るだけ体力の無駄だし。」
「はは、なるほどね。…噂がマジなのかと思ったよ。」
噂…あぁ、感情がないって噂ね。一部ではサイボーグとか。…なんで私が私の悪い噂こんなに知ってるんだ?まぁ、知らずに馬鹿みたいにいるのも嫌だけど。
「あれが初めてかもしんない。君の感情が動くの見たの。」
そりゃあ、よかったね。
「悪口言われても怒んないし、どんだけ俺がわらかそうとしてもぜんぜん笑わないし…」
ああ…最近突然意味不明なダジャレを言ったりしてたのは笑わそうとしてたのか。
まあ、面白くないしあれじゃ笑わないだろう。
「面白くなかった。」
「あ……そう。今度は面白いダジャレ考えてくるわ。」
めげないな。
「……………」
沈黙が続く…けど、それを気まずいとは思わない。どっちかっていうと、静かな方が好き。
「…ねぇ、笑ってよ。」
「は?」
会話は終わったものだと思っていた私は、突然の牧瀬の言葉に驚いた。もっとも、驚きは声に出ず、怒ったような声になったが。
「笑って。青谷美央の笑顔がみてみたい。」
意味不明…。こいつの頭の中、どういう造りになってんだ?
どうして私が理由もなく笑わなきゃいけないんだ?
「強制されるのは好きじゃない。」
決着は、その一言でついた。
「……だよな。そういうタイプだもんなぁ。」
牧瀬はそれ以上笑え、と言うことはなかった。しかし…話を鬱陶しい方向に持っていかれた。
「そう言えばさ、今日なんで怒んなかったわけ?」
………その話か、めんどくさい。てか、話のコロコロ変わる奴だな。
「言ったでしょ?怒りたい、って思わなかっただけ。ただそれだけ。」
「なんで怒りたくならなかったんだ?」
「それも言った。彼女たちが言ってたこと、すべてが間違いだとは思わなかった。図星さされて怒るのはカッコ悪い。」
「……傷ついてないって言ったよね。」
言いました、言いましたとも。あれぐらいで傷ついてたら、人生やってらんない。
「それ、自分騙してない?」
「自分騙すって…そんな高等技術私にはないけど。」
「誤魔化すなよ。」
目が真剣…。いやだなぁ、ホント嫌い。めんどくさい。
「傷ついてるのに、傷ついてないって思いこもうとしてるだけなんじゃないの?」
そうやって。言葉も選ばずに、まっすぐに伝えられる君は、きっとそういう環境で育ったのだろう。
自分の感情を、思いを、そのままに言葉に乗せて、そのままに表現できる場所にいたのだろう。
隠さなきゃいけない思いがあることを君は知らないのだろう。
牧瀬の一言に私の中でいろんなものがぐちゃぐちゃになった。
妬み、羨望……きっと、そういうたぐいのもの。それは表に出したくないもの。
それをどうにか処理しようとした私は失敗して、小さく呟いた。
「自分騙し過ぎて、どれがホントの気持ちか見えないだけかもね。」
あまりにも小さすぎるその声は、梅雨のじめじめした空気を吹き飛ばすような強い風にかき消された。
「??何?今、なんて言った?」
きょとんとした表情の牧瀬に、落ち着きを取り戻した私はその場をごまかすように強く言った。
「ほっといて。お節介。迷惑。」
さすがに牧瀬はちょっと傷ついた顔を見せた。
「君さ…そこまで言わなくても…」
「ちなみに私は君じゃない。それと、フルネームで呼ばれることを好まない。」
話をそらすついでに、言いたいことをいういい機会だ。
この前から…ずっと嫌だった。フルネームで大声で呼ぶこと。私のことを「君」って呼ぶこと。君、って呼ばれるのはなんか気持ち悪い。
フルネームは絶対許せない。完全に私個人をさした言い方。ほんと嫌!
苗字だけなら、お兄ちゃんかもしれない。名前だけなら、同名の子かもしれない。
でも…同姓同名っているようでいない。だから、私だけをさすあの言い方が嫌い。
「そ…っか。ん、わかった。」
お、意外と物分かりがいい。今回に限り…
「じゃあ、実央!よろしくな!!」
前言撤回。
「誰が名前で呼べと言った…。」
「え?やっぱりフルネームがいい??」
「名字で呼んで。」
私が静かに怒っているのを牧瀬は感じているのかいないのか、へらへらと笑ったまま答えた。
「はは、実央ならそういうと思った。」
「耳、聞こえないの?」
「いや、ばっちり聞こえてるけど?」
「あっそ…」
わかった。まともに相手にするからめんどくさくて、しんどいんだ。適当に流そう。
「じゃ、バイバイ。」
「お、意外。」
「何が…。」
家に着いてやっと別れられると思っているのに…今度は一体何だ。
「いや、無視してそのまま行くのかなぁって思ってたから。」
「あっそ。言っとくけど、もう二度と会わないから、バイバイって意味だから。」
一瞬、ぽかーんとした表情を浮かべた牧瀬は次の瞬間には大きな声で叫んだ。
「ええぇぇぇぇ!!!」
ざまぁみろ、いい気味だ。
「じゃ、バイバイ。」
まだドアの前で文句を言ってたがもちろん無視。
「ただいま~…」
とか言ってみる。誰もいないのを知っていて。
「お兄ちゃんは…バイトだよね。」
別に…一人で家にいるのがさびしいなんて思わない。思う訳がない。
そう…。
ずっとずっと寂しいと思っていたけど、思ってない、思ってないって自分の気持ちを騙した。
それで…本当の気持ちがわからなくなっただけ。