最終話
琢磨先輩と付き合って2年の月日が流れた。
「実央2年目記念日おめでとー!」
「おめでとう!」
「……まぁ、正確には1年と364日だけどね。」
朱音、志乃子、桜華の3人が記念日お祝いにケーキを奢ると言って、記念日前日、近くのおしゃれだが、少しお高めのケーキ屋さんに来ていた。
カフェスペースでそれぞれに奢ってもらった3つのケーキを堪能しながら、話は2年前のあの日に遡った。
「ていうか、琢磨君が私の事を好きだなんて、本当によくそんな鳥肌の立つ勘違いできたよね。」
あの日の次の日、皆にうまく言った事を報告する時にいったいどんな勘違いをしていたのかという話になって、桜華の事を言ったら、朱音と志乃子は爆笑、桜華は激怒した。
『妹!? そんな優しいものじゃないわ! 琢磨君の事を好きなふりをしていた時、琢磨君はいっつもこいつバカじゃねぇかみたいな目で私の事見てたんだからね!』
後々本人に確認したところ、確かにそのような事を思う事も多々あったらしい。
「まぁ、でも朝霧先輩も朝霧先輩だよね。実央と由樹君ってどう見ても保護者と子供の関係にしか見えないのに。2人とも考えすぎというか、自分の頭の中で結論出しすぎ。」
朱音の言葉は正しい。
あの後、琢磨先輩とお互い何か思うところがあったところは言葉に出し、なおかつ主語や目的語を忘れずに言うようにしようという、前者は割と付き合う時にありがちな、後者はなかなかありそうにない約束を交わした。
「でも、うまくいって本当に良かったよね。明日はデートなんでしょう?」
にっこりと笑って聞く志乃子に軽く肯定を示して首を縦に振ると、突然桜華が大きな声……と言っても、店内と事を十分考慮した程度の……を出した。
「あー! もうやってらんない! デートとかデートとかデートとか! 志乃子! あんた明日予定あいてないの!?」
「あ、明日は……その、私も……ちょっと。」
明らかな照れを含んだその答えにガッと目を開いた桜華が志乃子を問い詰めた。
「ちょっとって何よ! ちょっとって! 聞いてないわよ! 誰!? 答えないさいっ!」
「いや、でも、あの全然! まだ、全然そういうのじゃないから! あ、あの……もし、うまくいったら、話すね?」
志乃子は、最近どもる事が少なくなってきた。
もともと普段2人きりとか、仲のいい人だけならどもる事もそうないのだが、緊張した時や自分の意見に自信がない時は異常なほどにどもる事が多かった志乃子だが、だんだん改善方向に向かっているように思われる。
彼女にどんな出会いがあり、どんな変化があったのかはわからない。
でもきっと、その人と出会い、恋した事は彼女にとっていい方向への変化だったのだろう。
「でも、志乃子がうまくいったら相手いないの桜華だけだね。」
「それを言うんじゃないわよっ!」
プンスカ怒る桜華に3人とももはや笑うしかない。
笑われた桜華はムッとした顔で皆を睨んでから、小さくため息をついて、私には良く理解できない事を言った。
「って、そうじゃないでしょ。そうじゃなくて、プレゼントよ。」
「……もうもらってるけど。」
皆がワイワイと話している間に3個ペロリと食べてしまったのだが。
私の言葉にニヤリと朱音が笑った。
「実はプレゼントはそれだけじゃないんだなー。」
「実央ちゃんにね、洋服を買ったの!」
「ほら、実央の服全部ちょっとシンプルすぎるでしょ? デートの時もいつもの服らしいし。そこで実央にぴったりの可愛いー服を買ってきたから!」
渡された袋の中身を断りを入れてから見てみると……私が着るには可愛すぎる、服が入っていた。
……朱音と桜華のニヤニヤとした顔から若干の悪意を感じられない事もないが、それでも、純粋に嬉しかった。
「……ありがとう。」
可愛すぎるとか、私が着るのはどうなんだとか、そういう苦情を予想していただろう2人は普通にお礼を言われた事が意外で、なおかつ照れくさかったようである。
「なによ、珍しく素直じゃない。」
「いや、うん、まぁ……どうしたしまして?」
「実央ちゃんに絶対に似合うと思うの!」
桜華、朱音と続いたちょっと照れたような反応の後に、志乃子は純粋に喜んでみせた。
それが、志乃子らしくて少し笑えた。
きっと、志乃子がそうであったように、私にとって彼女たちや牧瀬と出会い、そしてあの人と出会い、恋した事は間違いなく良い変化をもたらした。
皆に出会えてよかった、そんな言葉はくさすぎて言えないから、笑いながら言った。
「本当に、ありがとう。」
次の日。
2年も付き合っていればデート場所も尽きてくるわけで、記念日にどこに行こうかという話になった時、そう言えば一度看病に行った時以来、琢磨先輩の家に行っていないという事に気付き、今回の記念日は琢磨先輩の家でお祝いという事になった。
昨日の4人で集まったことについていろいろ話していると、琢磨先輩がじっと私の恰好を見て呟いた。
「それがこの服か。」
「まぁ、そうですね。」
「似合ってる。」
そう言われれば悪い気はしない。
実際、シャツ襟のワンピースは着てみれば、思ったほどぶりっこな感じはせず、こういう格好もたまにはいいかなと思えた。
小さくお礼を言って、琢磨先輩に聞いてみたかったことを聞く。
「志乃子のデートの相手は誰なんでしょう。」
個人的には牧瀬だったらいいなと思う。
志乃子だったら、絶対牧瀬を幸せにしてくれるし、牧瀬も志乃子を幸せにしてくれる。
もし牧瀬が志乃子のことを好きならその情報は琢磨先輩に伝わってるのではないかと期待しての質問だ。
「……牧瀬は、好きな子はいないが、少しいいなと思う子ならいると言っていたぞ。」
「そうなんですか。……良かった。」
それが志乃子ならいいと思いが、志乃子でなくてもお互いにそれぞれ好きだと思える人ができて、その人とうまくいけばいいと思う。
私にとって、彼は大切な人だから。
「……お前は本当にアレだな。」
「何ですか?」
「……実央がさ、大切な奴を大切にするところは好きだけど、正直な話妬く。」
真っすぐな言葉には言葉以上の含みはなかった。
純粋な想いで、それが琢磨先輩には悪いが、嬉しかった。
「でも、琢磨先輩は違いますよ。」
大切だと思う人は、大切だし、幸せになってほしいと思うが、それ以上に私にできることなんてない。
ただ、願うだけ。
でも、琢磨先輩は違って、私が幸せにしたいと、私の傍で幸せになってほしいと思う。
「何が?」
「秘密です。」
もちろんそんな恥ずかしい事は言わない。
ちょっと琢磨先輩がムッとした顔をする。
こういう時、少しだけ勝った!と思って嬉しくなるという事も秘密。
でも、琢磨先輩はすぐ立ち直って、ニヤリと笑う。
近づいてきた顔に嫌な予感……と思う暇もなく一瞬琢磨先輩の唇が私のそれに触れる。
「まぁ、こういう事をするのは俺だけだしな。」
「……まぁ、そうですね。」
付き合い始めて2年たっても、未だにこういう恋人っぽい事に慣れない。
そのためこういう事になれば琢磨先輩の勝ちは確実。
……いや、勝負じゃないんだけど。
なんとなく恋人らしい甘い空気が漂い始めた時、それをぶち壊したのはドアを勢い良く開いた音と、その音とともに入ってきた人物たち。
「よーっす、琢磨! 遊びに来たぞー!」
「俺も来たぞ、琢磨ー!」
恭一君と牧瀬。
テンションと言い、話し方と言い、本当に良く似ている。
「あれ、実央さんもいたんだー」
「実央! 久しぶりっ!」
牧瀬と会うのは確かに久しぶりである。
さすがに高校と大学となると手軽には会えないものである。
まぁ、家が近くだから窓から外を歩いているところを見つけることなどはあったのだが。
「……お前ら、知ってて来ただろ。」
低いひくーーーい声。
琢磨先輩は完全にお怒りだ。
琢磨先輩の怒りの理由に最初に気付いたのは牧瀬だった。
「……あ。今日2人の記念日か!」
「あー、そう言えば!」
俺が2人のキューピットになった奴!と、正しいような正しくないような事を恭一君が言った。
「とっとと出てけ。」
げしげしと二人の事を蹴りながら玄関へと追いやる琢磨先輩。
完全に2人が外に出る前にだいぶ玄関の方へと追いやられてしまった牧瀬に対して鎌をかけた。
「牧瀬! 昨日のデートは楽しかったか?」
「な、なんで知ってるの!? いや、違う。デートじゃないから! 俺と宮沢ちゃんはそんなんじゃないんだよ!」
反応は上々。
ばっちり引っかかってくれた牧瀬に笑いながら言ってやる。
「私はデートの相手が志乃子だなんて一言も言ってないがな。」
「な!」
牧瀬の言葉は琢磨先輩がバタンと閉めたドアによって遮られた。
琢磨先輩はドアに鍵をかけて、ドア越しに何やら牧瀬と言い合いをしている。
皆が高校生だった頃を思い出し、とても懐かしいような気持ちになる。
「とっとと帰れ。」
「いや、せめてちょっと実央と宮沢ちゃんの件について弁解を……!」
「いいから帰れ。」
取りとめのない、下らないやり取り。
でもそれが、その光景が、とても幸せだなと思う。
幸せでいてほしいと願う、大切な人たち。
幸せにしたいと思う、大好きな人。
未来がどうであるかなんて私にはわからないけど、今、私は幸せで、笑いたくて笑ってる。
ついに完結です!
今まで応援してくださった皆さんありがとうございました!
この後志乃子、朱音、どちらかのお話を書きたいと思っていますが、もしこの人の話が見たい!というご要望があれば教えてくださると嬉しいです^^
意見がなかった場合は好きな奴から書き始めます(笑)