第7話
「お~い!青谷美央ー!!」
バカみたいにでかくて、頭に来る声。
「ねぇ、実央?呼ばれてるけど…」
「知ってる?朱音。バカは無視するのに限る。」
「でも…」
牧瀬は宣言通り関わってきた。鬱陶しいぐらいに。
本当にありえない!!なんで私が絡まれなきゃいけないの??これだったら朱音を他の男子から守る方がずっとマシ!
「青谷実央!聞いてんの?」
「…………」
「青谷実央!!」
いくら返事がないからって耳元で大声で叫ぶか!?
本当に一瞬鼓膜破れるかと思った…。
「―っ!……はー………」
どなりそうになる気持ちを抑え、一度溜飲を下げてから私は言った。
「うるさい。耳元で叫ぶな。」
「聞こえてんじゃん、青谷実央。」
何で得意げな顔をしてるんだ、こいつは!
こいつの…こいつのせいで!!私の平和な高校生活は破壊された。
牧瀬は、割と整った顔立ちをしている。で、バスケ部のエースらしい。そりゃあ、もてる。そのもてる人が、陰気な私に話しかけてる。何が起こるかなんて誰にでも予測がつくだろう。
虐め。
まぁ…スリッパが無くなったり、教科書が捨てられてるような実害があるものはやられていない。私は怖い、って噂が役立ってくれてるんだけど…。通りすがりに…ボソッと。
「調子乗ってんじゃねーぞ、ブス。」
「陰気のくせに牧瀬に話しかけんな。」
とか。ブスも陰気も知ってるからほっといてくれ…って感じなんだけど。
まぁ、言ってることは的を射てるし、特に反論はなしと言うことでスルー。
その代わり、朱音は猛烈に怒ってる。
あのまま朱音眉間のしわとれなくなるんじゃないかなぁ、ってぐらい。
「青谷実央。お昼一緒に食べようよ。」
ここ最近、このバカはお昼の時間になると…どうやって待ち伏せしてるのかは知らないけど、突然現れる。そしてついてくる。
「無理」
毎回毎回同じ答えを返すのもいい加減あきてきたのだが、無視すると勝手に肯定と受け止めてついてくるから否定の言葉を言わないわけにはいかない。
「いいじゃん!」
「あんたと食べると昼ご飯がまずくなる気がする。」
「それ、ひどくない?」
「普通。」
こんなバカなやり取り、なんでするんだろう。毎回同じ答えが返ってくるとわかっていながら、なぜこいつは毎回誘ってくるんだろう。
「私は朱音と食べる。」
中庭で。毎日そうしてきたから。
いつもなら、これで終わるはずだった。諦めたように牧瀬が去っていくはずだった…。
なのに、今まで傍観者の立場を貫いてきたはずの朱音が突然口を開いたかと思えば牧瀬に助け船を出したのだ。
「食べてあげなよ、実央。私は1人で食べるしさ。」
…いつからお前は牧瀬の味方になったんだよ、朱音…。
「お、さすが木島さん。いいこと言うねぇ。」
「絶対、嫌。」
「そこまで拒否んなよ~」
「実央も頑固だからね…あ、そうだ!それなら―」
朱音は最悪の提案をした。
「ん~!やっぱりここで食べるお昼はおいしいね!」
「あったかくて気持ちいいしね。」
わざとらしく明るい声を出した2人は、不機嫌なオーラを出しながら黙々とご飯をだべ続ける私の様子をうかがうそぶりを見せた。
「………」
最悪の提案。
「それなら、3人で一緒にお昼食べようよ!」
あり得ない…。2人よりマシだって?2人でも3人でもどうせ私に文句がつけられるのは変わらないんだ。私が牧瀬と一緒にご飯を食べて一体何の利益があるって言うんだ?不利益以外ないじゃないか。
「……………」
というわけで不機嫌MAXの私。さっきからずっと黙りこんでいる。
「…実央?あのさ、楽しくお昼食べようよ、ね?」
楽しく??もとはと言えば?朱音が意味不明なことを言い出すから悪いんじゃなかったっけ…?
冷たい視線で朱音の方をちらりと見ると、朱音は
「すみません…」
と言って黙ってしまった。
別に、そこまで朱音に怒ってるわけじゃないけど…。
どっちかって言うと、そこでのんきに昼ご飯を食べている馬鹿男の方が100倍ムカつく。
「ん~…やっぱ焼きそばパンの方がうまかったかな?」
のんきな馬鹿男は、そんなことを呟いていた。ムカつく。なんか知らないけど、無性にこいつがムカつく。て、そんな理由で怒る訳にもいかないし…とりあえずさっさと退散しよう。
「ごちそうさま。」
そう一言だけ言って、私はベンチから立ち上がり、中庭から出て行った。
「えっ!?嘘、早!」
後ろから待ってだの、なんだの言ってる声が聞こえるが無視。ああいう奴は徹底的に無視するに限る。
校舎の中に入ると、女子の塊がいて、何やらこそこそ話していた。
「えぇ~!じゃあ、牧瀬先輩そのまま青谷さんとお昼ご飯食べに行っちゃったの?」
「うん。」
「マジありえない…。青谷さんって自分の立場理解してるわけ?」
1、2、3、4人…か。
してるわけないじゃん、と楽しそうに笑ってる。…そう、実に楽しそうに。
「自分が牧瀬先輩と釣り合ってるとでも思ってんの?」
「何それ?ありえないし。そんなこと思ってたらマジうけるんだけど。」
「だよね~」
余計な御世話。私と牧瀬が釣り合うどうの以前に、私は牧瀬に興味がない。
恋愛感情はこれっぽっちもない。
興味がある、と言えるのは牧瀬のあの笑顔だけだ。と言っても、それにさえそこまで興味はない。
「あ、青谷さん…」
こそこそ話していた集団の1人が私を見つけた。途端に全員さぁっと顔から血の気が引く。
さっきまで、あんなに楽しそうに人の悪口を言ってたのに。
直接はっきり言うだけの度胸がないからそうやって見つかると怯える。
「嘘…聞いてたの?」
「え、どうすんの。青谷さんって、本当は暴力団の頭で夜ではいろんな人しばいてるとか…」
「この前悪口言ってた人が怪我してたよ!」
「ちょ、呪いとかできんじゃないの…」
そう言うのは人の聞こえないところでやってほしい。全部聞こえてるじゃないか。
言っておきたいことが何個かある。
私は暴力団の頭でもないし、夜いろんな人をしばいたりもしてない。
この前悪口言って怪我してた人がだれかも知らないし、呪いもできない。
まぁ…噂は流しっぱなしにしとこう。否定もせず、肯定もせず。
そうすればぎりぎりで平和な高校生活は保たれるはず…。
「あ、あの…今のごめんなさい。」
「「「ごめんなさい…」」」
別に謝らなくても仕返しなんてしないのに。めんどくさいから。
こういう人たちと関わるのがいちばんめんどくさいから。
「いいよ、別に。」
「じゃ、じゃあ…」
それだけ言って彼女たちは逃げ出した。
「なんで怒んないの?」
突然、後ろから聞こえてきた声にびっくりした。振り返ると、そこには牧瀬が立っていた。
今までのへらへらした態度からは考えられないような恐い顔をしていた。
「立ち聞き?趣味悪い。」
「質問に答えてよ。なんで怒んないの?」
何故怒らないのか、そう質問してくる牧瀬の表情がまるで怒ってるかのようだ。
「どこから聞いてたの。」
「最初からだよ。答えたから次、君の番。なんで怒んないの?」
あの後付いてきてたのか…。こいつもこいつでめんどくさいな。
「理由なんてないよ。怒りたくならなかったから怒らなかっただけ。」
ふぅ、と小さくため息をついて言った私に牧瀬は眉をひそめた。
「普通、怒るでしょ?」
「あれぐらい、怒るほどのことでもない。あの子たちが言ってたことが、全部間違いだとも思わない。」
普通とはなんだ。基準はどこだ?お前は一般平均のデータでも取ってきたのか。
とは言わない。めんどくさいから。
「は?間違いじゃなかったら人貶すようなこと言っていいわけ?」
「私が傷ついてないんだからいいんじゃない?できれば私のいないところで言ってほしいけどね。」
あの程度のことで、私が傷つく?怒る?バカにしないでほしい。
「俺には分かんないな…」
「別にあなたに理解してほしいなんて思ってない。」
誰かに理解してほしい、なんて…思ったことない。
私は私。
そう簡単にわかったような顔されるのもムカつくし…そんな簡単な人間になった覚えもない。
「じゃあ。しっかりお昼食べなおしたら?」
「ちょっと!」
牧瀬の引き留める声を私は無視し、そのまま教室へと歩いて行った。