第63話
店から出て向かった近くの公園……が、あのいつもお世話になっているバスケットゴールのある公園だったりする。
公園に着くなり、恭一君は
「飲み物ゆっくり買ってくるから、2人でちゃんと話しなよ!」
と、朝霧先輩からちゃっかりお金をもらって行ってしまった。
「どうして?」
それまでずっと私も朝霧先輩も黙っていたのだが、ベンチに座るや否や、朝霧先輩が何か言おうとしてるのを見て、それよりも早く、私は朝霧先輩にそう聞いた。
朝霧先輩の話を聞く前に、決定的な何かを突き付けられる前に話しておきたい事があるから。
「……二度と話しかけるなと言われたのは俺の記憶違いか?」
意地の悪そうな笑みを浮かべる朝霧先輩。
……たまに、思う。この人は本当は根っこから根性が曲がってるんじゃないかと。
「……撤回します。だから質問に答えてください。どうしてあの店に?」
「恭一がメールで青谷とあそこにいると。俺は昼休みの件が納得できなくて青谷をずっと探していたから、急いであそこに向かった。」
「……ずっと、探していた?」
いや、その前に昼休みの件が納得できないとはどういう事だ?
二度と話しかけるなと言われたのがそれほどまでに嫌だったのか?
恋愛関係でギクシャクしてもお友達でいたいパターンなのか?
「あぁ。学校終わって、校舎内を探していたら、姫野達に会って、姫野が青谷は俺の家に向かったと言うから俺の家まで行こうといて、その途中で恭一からのメールが来た。」
だからこの人はあんなにも息を切らしていたのか。
「……って、電話。すればよかったじゃないですか。」
「二度と話しかけるなと言われたのに、電話して出てくれると思うほどバカじゃない。」
……あぁ。
そう言えば私もそれで電話もメールもできずにいましたよ、はいはい。
「ところで、納得できない事って何ですか?」
朱音と玲衣の時、どうしてお互いさっさと告白しないのだろうと非常に疑問だったのだが、今さっさと告白しろと言った事を申し訳なく思う。
肝心な場面になると言葉は喉の奥に引っ掛かって出てこない。
すき、そのたった2音の言葉が、これほどまでに重いのだと知った。
そして、朝霧先輩に聞かれて答えた時、いかに自分がやけくそだったのかも知った。
はっきりさせると決めたはずなのに、とりあえず関連事項だからと逃げ道を作って、朝霧先輩に話を振ってしまう自分が酷く弱いと思う。
「どうして忠告しただけなのに二度と話しかけるなと言われなきゃいけなかったんだ?」
「……は?」
さすがに、は?という言葉しか出なかった。
あんなに酷い事を言っておいて、どうして二度と話しかけるなと言われなきゃいけなかった?
朝霧先輩はまともな人間だと思っていたのだが、私の見込み違いだったのか?
……それとも、私達は何か重大な思い違いをしているのか?
「お前だって、さっきのことで、俺の忠告が間違いじゃなかった事ぐらいわかっただろう。……数日前にあいつが女と仲よさそうに歩いているのを見たから、やめとけと、そう言ったんだ。」
これは、本格的に勘違い説が濃厚になってきた。
さっきのことというのはおそらく由樹のことで、恭一君がした勘違いを、朝霧先輩がしていたとしたら?
「朝霧先輩は、私が由樹の事を好きだと思っていたんですか……?」
「……違うのか?」
勘違いの始まりは、随分前にさかのぼることが分かった。
文化祭の時、朝霧先輩が由樹の事を好きなのか、と言った時、私が否定しなかったために朝霧先輩は私が由樹の事を好きだと思ったらしい。
ちなみに知られたら気まずいというのは、従兄を好きという状況を現実にはあまり見ないので、従兄が好きだと知られるのは気まずいのではないか、ということだったらしい。
……思い違いというか言葉足らずと言うか。
「俺には、お前にとってあいつが、特別に見えた。」
「……この公園だったんです。由樹が私に初めてバスケを教えてくれたのは。」
何が起こっても笑わない私に、由樹は楽しい事を教えてやる、と偉そうに言って私をこの公園に連れ出した。由樹が放ったシュートが綺麗にゴールに決まるのを見て、すごいと純粋に感動した。
自分のシュートが入れば楽しかった。
こんな楽しい事を知ってるなんて由樹はすごいと、幼い思考でそう思った。
由樹がアメリカに行ってしまうと聞いたときは一緒にバスケができないと寂しかった。
「もしかしたら、初恋は由樹だったのかもしれないけど、由樹は弟のようで、兄のようで、でも、間違いなく、私の家族です。」
幼い時に由樹に抱いた憧れを、人は初恋と呼ぶのかもしれない。
……その憧れは、お化け屋敷以来完全に砕け散ってしまったが。
でも、もし由樹が初恋なら、それはそれで良かったんじゃないかな、と思う。
きっと、私が幼かったからこそ成り立った、儚い小さな、初恋。
「……そうか。……じゃあ、お前は誰の事をさしてると思って好きだと答えたんだ?」
きた。来てしまった。
ついに、決着を。はっきりさせる時が。
「……朝霧先輩。あなたのことです。」
朝霧先輩の目がゆっくりと大きく開かれていくのを、私はただじっと見ていた。
でも、しばらくたっても朝霧先輩は何も言ってくれなくて、沈黙が怖くなった私は慌てて口を開いた。
「別に、返事は必要ないです。あなたが誰が好きかは、わかってるつもりなので……」
「誰だと思ってるんだ?」
私の言葉を途中で遮って、朝霧先輩はそう聞いた。
誰だと思っている?そんなことを、私に言わせたいのか?
それは、残酷じゃないのか。
でも、どんな言葉も形にならなくて、何か言おうとしては口を閉じることを何度か繰り返した。
そんな私を見かねたのか、朝霧先輩はそっと自分の手を私の手の上に置いた。
その行為は、まるで落ち着け、とそう言われているようで、私は小さく深呼吸した。
そして、深呼吸をして良かったと思う。
していなかったら私は次の朝霧先輩の言葉で驚きすぎて呼吸が一時的にできなくなっていたかもしれないから。
「言っておくが、俺が好きなのはお前だ、青谷実央。」
全ての物事の先が読めるなんて言わない。
人の気持ちが全てわかるなんて言わない。
でも、ある程度予測できる事というのがあって、好きな人というのはその典型的な出来事。
態度の違いや、発言、ふとした瞬間の視線の先にある人物などで予測が立てられる。
そう、だって、朝霧先輩は姫野が好きなはずだ。
でも、こんな状況でこんな趣味の悪い嘘を朝霧先輩がつくとも思えない。
じゃあ、いったいどういう事……?
「……ちょっと、待ってください……じゃあ、姫野、は?」
朝霧先輩は姫野?と一度聞き返してから、あぁ、と小さく呟いた。
そして、言った。
「俺は姫野の事が好きだ――」
じゃあ、なんで私の事を好きなんて。
嘘はつかないって言ったじゃないか。
やっぱり、結局はそうなのか――
早まった私の脳は一瞬で頭の中でいろんな言葉を生み出して、
「と、思っていた。」
その一瞬の後に、全ての言葉が消えて、空っぽになった。
嬉しいとか、どういうことだとか、予想が外れたとか、そんなことは全然なくて、ただ、横に座って、話を続ける朝霧先輩を見つめることしか私にはできなかった。
「偽物だと知っていても、好意を向けられるというのは気分は悪くない。だから、好きな人なんてずっといなかった俺は、好意を向けられることで得られる心地よさが恋なのかと、そう思っていた。」
偽物の好意というのは、おそらく姫野が牧瀬の気を引くために朝霧先輩を好きなふりをした事だろう。彼女は高校一年生からずっとそれをし続けていたのだろう。
好意というのは度を過ぎる事さえなければ、心地のいいものである。
否定することは辛く、受け入れたいと願うものでもある。
「でも、違った。姫野が本当は牧瀬の事が好きでも俺にはどうでもいいことだったが、牧瀬がお前に告白したと聞いた時はお前がどう返事するのかが気になった。青谷の好きな人が俺には関係ないと言われればムカついた。これが恋だと、俺は知った。」
バカみたいに恥ずかしい言葉を、平然とした顔で言う。
朝霧先輩が平然とした顔をしているせいで私の方が恥ずかしい。
その結果私の口から出てくるのは恋だの愛だのとは全く関係ない皮肉。
「今日は、随分とよくしゃべりますね。熱でもあるんじゃないですか?」
「お前は、いつも以上にしゃべらないな。」
そうだろうか。そうかもしれない。
朝霧先輩の話が始まってから私は全く口を開いていない。
どういう言葉を返していいかわからないし、それに――
「嬉しさを、噛みしめてたんです。両想いなんだと。悪いですか?」
皮肉気に笑ったつもりだったけど、無理だったろう。
朝霧先輩が自分を好きなんだと知って、嬉しくて、嬉しくて、仕方ない私は、心底幸せだという風にしかきっと笑えていないから。
「悪くない。」
朝霧先輩も、きっと皮肉気に笑うつもりだったんだろうけど、その顔はおそらく私がしていると思われるような、嬉しそうな笑顔だった。
やっとまとまりましたねー
次回が最終話です!
拍手お礼に「あの時のすれ違い」(第60話の朝霧先輩視点ネタばれ注意!第63話を読んでから読むことをお勧めします。)を掲載しました。
ネタばれ感が強いので、拍手4回目に載せています。