第62話
志乃子情報によると男子もこの前試合で、男子も今日は練習がオフらしい。
それで、私は一度だけ行った事のある朝霧先輩の家まで走っていた。
が、家の前まで来て思ったのだ。
はたして、オフの日だからと言って彼は家にいるのだろうか。
牧瀬や、バスケ部の仲間たちとどこかでかけたのではないだろうか。
電話しようかと思ったのだが、私は朝霧先輩に対して二度と話しかけるなと言った。
……彼は、電話に出るだろうか。
二度と話しかけるなと言ったばかりに、電話もメールも躊躇いできずにいると、目の前の扉がゆっくりと開いた。
――――――
「おっ! 可愛い可愛い! 似合うじゃん。」
「……それはどうも。」
ドアが開いた先にいたのは朝霧先輩ではなく、それより一回りほど小さい中学生の制服を着た男の子だった。そっくり、とは言わないが、朝霧先輩に似た顔立ちをしていて、以前朝霧先輩の話で聞いたスポーツをすることができなくなった「弟」だと気付いた。
名前は朝霧恭一。
そこまではっきり記憶していた私は彼の顔を見るなり
「恭一……君?」
と言ってしまっていた。
恭一君は朝霧先輩が自分の事を話しているなら信頼できる人だと私が止める言葉も聞かず一緒にショッピングに行こうと、連れ出してしまったのだ。
「……ところで、疑問なのだが、どうして私は君とショッピングをしているのだろう?」
半ば強引に連れてこられた店の私には到底似合うとは思えない私の許可など求めずつけられたカチューシャを外しながら、私は今更ながらにそう尋ねた。
「んー? 俺が君と一緒に遊びたかったから! あと琢磨が帰ってくるのを待つのが暇だったってのもあるよね!」
「……そう。」
この恭一君はどことなく牧瀬に似ていて、牧瀬と出会ったばかりのころに感じた話が通じているのか通じていないのかという微妙な感触を今現在も恭一君に味わさせられている。
はっきりと拒否できずにずるずると連れてこられてしまったのは、朝霧先輩の従弟であるという認識と同時に、牧瀬にどことなく似ているせいもあったのだろう。
「実央さんはさぁ、いつから琢磨と付き合ってんの? てか、彼女いるなら野郎と遊んでないで彼女の相手しろよな!」
「……私は朝霧先輩と付き合った覚えはない。」
どうも恭一君は最初から私と朝霧先輩が付き合ってるという勘違いをしている。
自分の話は親しい人にしかしないという自負があり、親しい人=彼女という考えに至ったのわれるが。
「え? 何、琢磨。こんな美少女捕まえてねぇの? ラッキー。じゃあ、俺と付き合ってよ!」
……軽い。この軽さも牧瀬に非常に似ている。
「……君は牧瀬を知っているか。」
「え? あぁ、牧瀬君ね。知ってるよ。」
ニコニコと笑う愛想のよさも朝霧先輩と言うより完全に牧瀬だ。
「君は牧瀬に良く似ている。」
「牧瀬君は付き合ってもらおうとしたんだ! さすが牧瀬君! 琢磨と違って行動力あるよね。」
いや、そう言う話ではなくて、性格というか、雰囲気というか、そういうものの話をしているのだが……。やっぱり微妙に話が通じていないと言うかずれているというか……。
「じゃあ、実央さんは牧瀬君と付き合ってんの?」
初めから下の名前を呼ぶ図々しさも牧瀬にそっくりだ……。
「いや。牧瀬と私は友達だ。」
「じゃあ、俺ともお友達からってことで!」
笑顔でそういう姿は本当に牧瀬にそっくりで、つい甘くなってしまう。
朝霧先輩の従弟ということも警戒心のようなものを解いてしまう一因だろうが……。
「……それ以上は進展しないと思うが、友達でいいなら――」
「お前……中学生に口説かれてどうすんだよ……。」
呆れた声。
待ち望んだ人の声――ではなかった。
「何だ由樹、お前も買い物か?」
「あぁ……まぁ、そんなとこ。で、なんで中学生に口説かれてんの?」
以前にも説明したように、由樹は見た目だけならとても厳つい。
チラリと恭一君の方を見ると、由樹と私を見比べて驚いたような顔をしている。
「実央さん、ヤクザが彼氏なの? すごいね!」
中学生の発想と言うのはどうしてもそっちに行くらしい。
厳つい=ヤクザと言うのも、親しそうな異性=彼氏、という発想どちらも中学生らしい発想である。
軽くため息をついて、訂正するために私が口を開く前にパァン! と随分と響きのいい音が店内に響き渡った。
「青谷の嘘つき!」
由樹に平手打ちをする勇気をもつ女性がいるとは……ダジャレじゃないから。
こういう空気でダジャレとか言わないから。
由樹が気持ちがわからないと言っていた女性だろうか。
女性は驚いて何の反応も返さない由樹を見て、背中を向け、逃げるように立ち去った。
「……追いかけなくていいのか?」
由樹は私の言葉で覚醒したようで、
「追いかけるに決まってんだろ!」
と言う言葉だけ残して、逃げていった女性の後を追った。
由樹と女性の体格差を考えれば、きっとすぐに追いつくだろう。
女性は私と由樹が付き合ってると思って怒っていたのだがら、由樹の事が好きと言う事だろう。
うん、由樹の恋はきっと実る。よかったよかった。
そう思って2人の背中を見送って……おかしな空気に、気付いた。
こう、店内の人皆が私を憐れみの目で見ているというか……それは隣に立っている恭一君もそうだった。
「ドンマイ、実央ちゃん。実央ちゃんならすぐに素敵な男の人見つかるよ。なんなら俺が立候補してもいいし。」
「いやいやいや。」
どうやら皆も私と由樹が付き合っているという誤解をしているようだった。
いったいなぜそういう解釈になるんだ……。
「強がんなくてもいいよ。何があったかは知らないけど、俺は実央ちゃんの味方だからさ。」
……いや、だから。
私が、いつ、由樹を、好きだと言ったんだ!?
慰めるように肩をたたく恭一君の手を軽く押さえて、私が反論するために口を開く、その瞬間の事だった。
腕を引っ張られ、無理矢理、体の向きを変えさせられた私の視界に映ったのは私が待ち望んだ人だった。息はあがっていて、冬だと言うのに額にはうっすら汗さえ滲んでる。
それほどまでに、この人は何を急いでいたのだろうか。
「だから、言っただろう。」
息はあがったまま、彼はそう言った。
その言葉が何を指す事なのかはわからなかったが、私はとても捻くれているようで、この状況が嬉しくあると同時にとても不愉快であった。
「……二度と話しかけるなと言ったつもりだったのですが、私の記憶違いでしょうか?」
「いや。……だが、お前の言った事を了承したつもりはない。」
……なるほど、確かにそうだ。
確かにそうなのだが、反論のしかたがこの人らしすぎてムカつくのは私だけだろうか。
「私は了承を求めて言ったつもりではありません。お願いではなく、決定事項として言ったのです。」
「お前は『話しかけないでください』と言った。この言い方は明らかにお願いだろう。」
「じゃあ、今言います。私に話しかける事を――」
今後一切禁止します、その言葉はこの場で一番冷静な人物であった恭一君に遮られた。
「ストップ! ……あのさ、とりあえず、一度お店から撤退しません?」
由樹の件で十分に注目を集めていたのに、それ以上に店内の人たちが私達に注目している事に気付いた。
もちろん、私も朝霧先輩も反論はなかった。
一か月ぶりの更新です……遅くなってすみません(汗
もう完結目前です!