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ただ……願う  作者:
本編
64/75

第58話


 そうやって、休憩の一日が過ぎ、決断の日曜日はあっという間にやってきた。

本当は、愛央と由樹の普段通りにもっと甘えていたかった。

でも、やらなくてはならないことがある。

そのために、私はすぐに行動に移さず、一日休むなんて柄にもない事をしたのだから。

私はしっかりと気持ちを固めるとように息を吐き、携帯に手を伸ばした。


 「話がある」とだけメールを打つと、帰ってきたのは部活帰りに家まで行くから6時半ごろに玄関に出ていてくれ、という内容のメール。

言われたとおりに6時半ごろ玄関に出ると、ちょうど向こうからこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。


 私の姿が見えたのだろう。

その影は歩くスピードを速くして、小走りでこちらに来た。



「ごめん、実央。こんなに暗い時間になっちゃって……。」


「いや、私が呼び出したのに、家まで来てもらってすまない。」



 門から出て、申し訳なさそうに謝る男――牧瀬の、前に立った。


 牧瀬が言った言葉を私は忘れていない。

彼は、間違いなく言ったのだ。

『せめて実央に誰か好きな人ができるまでは粘らせてよ。』と。


 誰が好きなのかを自覚した今、私は彼に言わなければならないのだ。

何を、というのを口で表現するのは難しいが、それでも言わなければならない。


 そして、それを言う事が牧瀬を傷つけると知っているから、一日……たった一日だけ、その日を引き延ばした。言葉を口にする勇気を作るためか、自分の気持ちをもう一度見直すためか、どちらにせよ、私はその一日の休日が切実に必要だったのだ。


 ただ、その勇気をもってさえ、今私は牧瀬に何を言っていいかわからず、言葉を失っている。

何か言おうと試みても、喉につっかえて上手く言葉が出ない。

私が今から言うことは……間違いなく、牧瀬を傷つける。


 最初に一言発してから、何も言わない私に牧瀬が何を思ったかはわからない。

ただ、牧瀬は落ち着いた……彼に全く似合わないほどに落ち着いた口調で私に問いかけてきた。



「……話があるって、いい話? それとも……悪い話?」


「……お前にとってのいい話が私がお前の告白を了承するということならば、決していい話ではない。」



 どうして、牧瀬が好きになったのは私だったのだろう。

ばっさりと、優しさもなく可能性を切り捨ててしまうような私だったのだろう。

他の誰かならば良かったのにと、こんなにも思った事はない。



「牧瀬、お前は言ったな。せめて私に好きな人ができるまでは粘らせろ、と。」


「……そうだね。」



 もう、続く言葉がわかったのだろう。

牧瀬のその笑顔はとても寂しそうだった。

……そんな風に、笑ってほしかったわけじゃない。



「私、は。」



 私は、ただ。



「私は……」



ただ……



「牧瀬でない人が、好きだ。……その事に、気付いた。」



君が、初めて会った時みたいに笑ってくれればそれで良かったのに。

それだけを、願っていたのに。



「牧瀬の気持ちを否定することは決してない。が、私が牧瀬の想いに応えることはないと考えてくれてかまわない。」



 底抜けに明るい笑顔を。

いつも私を振り回すその性格を。

私が気にしてもないことに、本気で怒る優しさを。

私に表情を笑顔を取り戻してくれた君自身を。

傷つけたかったわけじゃないのに。



「もう決めたって顔してるなぁ。付け入る隙はもうないか。」



 君が幸せで、その事を私に報告してくれれば、それだけで良かったのに。

そんな悲しい無理した笑顔を見たいわけじゃなかったのに。



「しょうがないよね! すぐに気持ちは切り替えられないと思うけど……もう、実央に迷惑はかけないから。」



 私には、権利がないのだ。

そんな顔をするなと、言う権利が。

悲しいのに笑うなと、言う権利が。


 それでも、何か言いたい。

このまま寂しそうな牧瀬の背中を見送るなんてできない。

牧瀬の背中から目をそらすことは私自身が決して許さない。



「牧瀬!」



 叫んだ声は、掠れていた。

そんな声でも、ちゃんと聞いて振り向いてくれる君の幸せを願っている。

私はその想いに答えられなかったけど、それでも絶対誰かと幸せになってほしいのだ。



「私は! 牧瀬に好きだといわれて、嬉しかった!」



 その言葉に、どれだけの意味があっただろう。

ありふれた言葉。それなのに君は、涙をこぼしながらあの笑顔を返してくれた。



 牧瀬の背中を見送って、私は携帯を開いた。

朝霧先輩で、一瞬止まって、すぐに次へと画面を送った。

……牧瀬はバカじゃない。きっと気付いてる、私が誰が好きかを。

散々悩んで、結局志乃子に電話をかけた。



『も、もしもし! ど、どうしたの、み、実央ちゃん?』



 突然の電話に志乃子はとても驚いていた。

それはそうだろう。私から電話をかけることなんて滅多にないのだ。

それでも、志乃子以外に誰に頼めばいいのか、もうわからないのだ。



「……私の近くの公園、わかる?」


『え? あ、あの、ば、バスケットゴールのある?』


「そこ。もう暗いから無理ならいいんだけど、できればそこに行って欲しい。」



 私の声は、自分が思ってるよりもずっと落ち込んでいたのか。

志乃子が心配そうに聞いてきた。



『あ、私はだ、大丈夫なんだけど、み、実央ちゃん、ど、どうかしたの?』



 元気ないよ、と。


 この状態でどう元気でいればいいんだ。教えてくれ。

なんて、八つ当たりみたいな事を口にしてしまいそうだったから、私は短く答えることしかできなかった。


「……いや。」


『そう……?』



 私の声に志乃子はより心配そうになった。

その優しさに、泣きつきたくなるほどに弱ってる。

でも、ダメだ。今誰よりもそれを必要としているのは私じゃない。



「公園に行って、そこにいる人には、私が行くように言ったとは言わないでほしい。あくまで、通りがかりで。」



 そうでもしないと牧瀬はきっと意地を張るから。



『え? み、実央ちゃんはいないの? え? だ、誰がいるの?』


「……ごめん、行って確かめて。」



 志乃子の混乱は続いていたけど、これ以上平然としたふりをして電話を続けるのが、正直きつい。

最後にもう一度、ごめん、と言ってから電話を切った。


 しばらくボーっと、玄関に突っ立っていた。

今笑って私の前を通ったのは中学生? 今のは、仕事帰りのお父さん? あの袋はスーパー帰りのお母さんか。……向こうから真っすぐにこっちに来ているのは、玲衣と、由樹?

そう言えば、午後から2人で出掛けてたっけ。



「実央? どうした、こんなところに突っ立って。」



 最初にそう玲衣に声をかけられて、何か答えようとしたのがいけなかったのか。

私からこぼれ出したのは声ではなく、涙だった。



「み、実央? どこか痛いの?」


「け、怪我したのか? 病気か!? きゅ、救急車呼んだ方がいいか!?」



 それに対して馬鹿じゃないのか、なんて毒づくこともできない。

ただ首を振って涙を流し続けることしかできない。


 心配させてる。涙を止めなきゃと思うのに、止まらない。

今まで泣かなかった分の涙が全て流れ出て行くようだった。



「と、とりあえず、家の中に入ろう?」



 玲衣に腕をひかれて家の中に入れば、愛央がおかえり、と迎えに来たかと思えば私の姿を見るなり



「どうしたの、 実央! 何があったの? 大丈夫? どこか痛いの?」



 血がつながっていなくても、育てた環境が兄妹にしていく。

玲衣と同じことを聞いた愛央に笑いそうになったはずなのに、それさえも涙に代わってく。



「実央! どうした、大丈夫か? どこか痛いのか!?」



 どうしてこの家族はどいつもこいつも……皆、本当に家族だなぁ。

父親まで同じことを言うとは、ね。


 笑える出来事なのに、笑う事なんて全く出来なくて、ただ私の目から気持ちのすべてが涙となって流れていた。


 この家族みたいに、牧瀬、君は間違いなく大切な人だった。

傷つけてしまった、君は泣いてた。それでも君は笑ってた。

そんな牧瀬が、大切だった。


 恋愛は、人を傷つける。

私の大切な人を、傷つける。

その事実がこの液体を生み出しているのだろう。


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