第6話
時は進んで下校時間。朱音はまだしつこく牧瀬のことについて話していた。
「実央なんで牧瀬先輩のこと毛嫌いするの??」
「嫌いだから。」
「いい人だと思うんだけどなぁ…。」
いい人?誰が。どこが!?
「…そのセリフ、お兄ちゃんに聞かせてあげたい。」
きっと嫉妬してひたすら静かに怒ってないですよーという雰囲気を出しておきながらも怒ってるんだろう。あー想像しただけでめんどくさそう。
「え!?ち、違うよ!そういう意味じゃない!!」
知ってる。てか、そうじゃないと困る。
「ただ、牧瀬先輩、明るくていい人そうじゃん?見た目さわやかな好青年、って感じだし。実央にはお似合いかな~って…」
明るい??というか、好青年って…朱音、おばさんみたいなこと言うなよ。お似合いって、言葉の意味を朱音はもう一度辞書で調べなおした方がいいんじゃないだろうか。どうでもいいけど、お兄ちゃんと朱音の幸せ壊すような奴は許さない。
「木島さん!と、青谷美央。」
…なんでフルネームで呼ばれなきゃいけないんだ。別にこいつにどう呼ばれようが関係ないが。どうもフルネームで呼ばれるのはあまり好きじゃない。
「今帰り?」
図書館での睨みあいなんてまるでなかったかのような笑顔で話しかけてきた。
「いっしょに帰ってもいいかな?」
「む―」
「もちろんです!」
無理、そう答えようとした私をさえぎって、朱音は笑顔で答えた。こいつ、自分が狙われてることも知らないで…小さく心の中でため息をつきながら、私は朱音だけに聞こえるように、ぼそっと呟いた。
「浮気か…」
「ち、違うよ!私は牧瀬先輩と実央を―」
「いい迷惑。」
そこで会話終了。
牧瀬が会話に入ってきたからだ。
「なになに?なんの話??」
「え、えっとぉ…」
「お前には関係のない話だ。」
「そっか。ところでさ、」
なんの話?と聞いて会話に入ってきた割には、特に私と朱音との会話について追及することもなく、牧瀬は朱音に何かを話しだした。ドラマ…かな?
私には興味ない話だ。2人の間にあえてわって入ることもせず、私はさっさと2人の前を歩いた。
すると、校門に見覚えのある人影が…
あ、ヤバッ。忘れてた。
「朱音。今日、あの日…」
「へ??あの日って…あぁ!」
今日はお兄ちゃんが朱音を迎えに高校まで来る日だ。
「えっと…どうしよう!?」
「見つかったら暴走する気がする…」
「だよね…。」
男子が1人、朱音と話している。たったそれだけのことでお兄ちゃんは嫉妬する。「暴走」って言っても、お兄ちゃんは冷静に嫉妬…?する。わー、って怒るんじゃなくって、静かに怒る。
どっちかって言うとそっちの方が怖かったりする。
朱音の事に関してお兄ちゃんは以上に過保護だ。朱音をそれだけ大事にしてるって言うのもあるんだろうけど、きっと…過去のあの事を引きずっているんだろう。
「あ、そうだ!牧瀬先輩。今日は実央と2人で帰ってもらえますか?」
え?
「え?」
うわぁ、自分の心の声と牧瀬の声がはもった…なんてことは自分にしか分からないのだが、どうも気分が悪い。
「私、急用があって…」
「ん…いいよ?」
よくない!何を承諾してるんだよ、おまえは。お前の目的は朱音だろう。
「じゃあ、また明日!バイバイ、実央。」
「ちょ、朱音。私はよくないんだけど…」
朱音は私の言葉を聞かずさっさと帰ってしまった。マジであり得ない…。
「………ねぇ。あれ、木島さんの彼氏?」
「そう。」
「確かに…敵いそうにないね。」
単に容姿の勝負なら、きっと五分五分の勝負になるのだろうが、朱音はお兄ちゃんに惚れた。だから、これはお兄ちゃん以外の他の誰も勝てない勝負なんだ。
「言ったじゃん。あんたには無理。」
はは、と牧瀬は苦笑した。
「どうする?朱音いないし…あんた一人で帰っていいよ。」
「いや、いっしょに帰るよ。」
「あっそ…。」
ありえない。一人で帰れよ!
その気持ちが言葉に出ていたのだろうか。牧瀬が質問してきた。
「なんで君さ、俺のことそんなに嫌ってんの?」
なんでって…
「あの2人…今、幸せなの。それを、邪魔してほしくないだけ。」
「いや、その前から。」
「その前…?」
どの前だ?牧瀬が朱音を諦めないって言う前か?それとも朱音を可愛いって言う前??
「生徒手帳拾った時も、機嫌悪そうだったじゃん。」
あの時はまだ機嫌いいほうだった気が…そうだ、甘いパンを買って機嫌が良かったはずだ。
……それで機嫌悪そうに見える私って…まぁ、どーでもいいか。
「別に。あのときは悪くなかったけど。」
「じゃあ、俺が木島さんのこともう好きじゃない、って言ったら普通の態度になんの?」
私は首を縦に振った。
「んだよ、それー。俺、君に嫌われてる理由分からなくて、必死に考えてたんだけど。」
「御苦労様。」
私がそういうと、牧瀬は笑った。
あのときみたいな笑顔で。
「ぷっ…御苦労様って…」
「文句ある?」
別にそんなに面白いことを言ったつもりはないのだが。笑い上戸か?
「いや…案外面白いなって。」
「別にあんたを面白がらせるために言ったわけじゃない。」
私がそう言っても、牧瀬は笑ってた。
その笑顔は、やっぱりいい笑顔だった。
「…ホントにもう、好きじゃないの?」
「ん??木島さん?好きじゃないけど。」
「今日、諦めないって言ってたのに?」
いくら彼氏に勝てないと思ったからって、諦めがよすぎると思うのは私だけだろうか。
「あ~…あれはさ、ちょっとした意地?」
「は?」
意地ってなんだよ。意味が分からないんですけど。
いや、意地という言葉の意味はわかる。ただ、朱音を諦めないと言ったことと牧瀬の言う意地が一体何の関係があるのかがわからない。
「怒らない??」
上目遣いをしても可愛くないからやめてほしい。
「時と場合によっては。」
「………やめとこっかな。」
そういう言い方をするってことは、私が怒る内容だって言うことだよな。
「話さなかったら間違いなく怒る。」
「わかったよ、話すよ。俺さ、そんな本気じゃなかったんだよ、もともと。」
は??意味分からないんですけど。表情にそのまま言葉が出ていたのかもしれない。
牧瀬は少し焦っていた。
「いや、実はパッと見て、可愛いな~ぐらいにしか思ってなくて…。それなのにさ、君が過剰反応したから。」
「過剰反応?」
別にそんな反応してないと思うけど?と私が牧瀬を見ると牧瀬は言葉をつづけて説明した。
「だってさ俺、可愛いなしか言ってないのに「ダメだからね」だよ?なんかちょっと対抗意識燃えない?」
「まったく。」
「俺は燃えたの!それでまぁ…ちょっとからかってたような…」
つまり…はじめから朱音のこと好きじゃなかったってこと!?…最悪。無駄に体力使った。
「どっちかっていうと、君のほうが興味あったし。」
………?空耳が聞こえた気がする。
「寝言は寝て言ってくんない?」
「寝言じゃないよ。君のその誰にも興味ありませ~ん、って顔。最初からなんとなく興味あったんだ。」
挑むような表情の牧瀬。…嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ!嫌な予感しかしない!
「興味なんか持たなくていい。あんたとは金輪際関わるつもりなんてないから。」
「なくても関わるから。」
牧瀬はどこか余裕のある笑顔で笑った。有り得ない…。何でこんなことになってしまったんだろう…。