第50話
その後、牧瀬と話し合いをしっかりしたおかげか、姫野の刺々しい態度はどこかへ消え去り、それまで通りの姫野がそこにいた。
クラス内は「ちょっと健康検査の結果が良くなくて、誰とも話す気分になれなかったの。ごめんね。」という言葉と涙目にコロッと騙されて平穏が訪れていた。
そうそう。そんな彼女にも一つ変化があって。
きっとそれも牧瀬との話し合いの中での変化だと思われるのだが、姫野は牧瀬の前で素を出していた。
牧瀬だけでなく、志乃子や朱音の前でもだ。
志乃子は最初きょとんとしていたが、すぐに笑って「はっきり言う桜華ちゃんも可愛いねー」とかいうあたり、彼女はある意味最強なのかもしれない。
どうして私がこんな少し前の過去を思い出しているかと言うと目の前の状況が非常にめんどくさいからである。
「もう絶対に別れるー!! 玲衣さんなんて、玲衣さんなんてっ! 今度という今度は本当に別れるんだからー!!!」
今度というからには前回がある。
その前回はきっと愛央のことがばれた時とか、過去のバカみたいにとっかえひっかえしてた女たちが朱音に突っかかってきたことを指しているのだろう。
……うん。こうして口にしてみると玲衣は結構なダメ男だな。
「……何もそれをわざわざ別れる男の家に来て叫ぶか?」
「いいの! ここは玲衣さんの家じゃなくて玲衣さんのお父さんの家だもん!!」
……まぁ、名義という点で考えればそれは間違いなく嘘ではない。
しかし玲衣が自分の名義で家を持っていない以上、玲衣の家はここである。
そう言うと、朱音は激しさを増して叫んだ。
「だって親友の家が彼氏の家だからしょうがないでしょー!」
さて、文章中に表記していないが彼女は”泣き”叫んでいる。
どうしてそれを表記しないかと言われれば、もはや表記できないほどの激しさだからだ。
「いい加減別れる別れるばっかり言ってないで何があったかぐらい言ったらどう?」
「どうせまた実央は愛央さんの味方をするんだー!」
うわーんである。
泣き方を表現するならそれがまさに相応しいだろう。
まるで子供のようにさっきから朱音はずっと泣きじゃくっている。
別に私はあの時愛央の味方をしたつもりはないし、だからと言って朱音の味方をしたわけでもなかったと思う。どっちも大切で結局どっちつかずになってしまったのだ。
まぁ、愛央の件を隠していたというだけで朱音から見れば私は愛王の味方をしていたように見えるのかもしれないが。
……って、どうしてここで愛央の名前が出てくるんだ?
「……愛央がらみなのか?」
「玲衣さんもう大丈夫だとか、勘違いしてただけみたいだったごめんとか言ったくせにー!!」
えーんえんえん。
その勢いは衰える事を知らない。
うーん……でもなぁ、私は事実玲衣は自分の誤りに気付いたのだと思うし、だからこそまた愛央とどうこうということが全く想像がつかない。
それこそ朱音が何か勘違いしているのではないかとも思えるのだが……
「玲衣さんが愛央さんの事抱きしめてたのー!! 道の往来で! 私と目が合ったのに、私の事追っかけても来なかったー!!」
うわあぁぁぁーーーーーん。
……玲衣が愛央を抱きしめてた事よりも、間違いなく追いかけてもらえなかった事がショックだったのだろう。
抱きしめるという行為は慰めたり何だりという事にも使用されることから、例え義理であっても兄妹であるためそれ自体が完全なる浮気だとは思えないが、追いかけてくれない=自分の事などどうでもいい、という思考につながったのだろう。
それに何よりついこの間まで大問題になってた元カノ相手じゃ不安になっても仕方ないか。
「あ、あ、あの、でも、何か事情があったのかもしれないし……えっと、お兄さんと話はしたの?」
恐る恐ると言った風に声をかけたのは志乃子。
実は今日は志乃子が2人で話したい事があると言って私の家に来たのに、朱音がドアをぶち破る勢いで入ってきてこの状況だ。
「話はしようとしたもん!! でも玲衣さんってば『えっと……なんて言えばいいか……愛央のプライベートに関わることだしな……』とか言ってなかなか話しださないから!!」
「もういい!……とか言ってここまで来たんだろ。」
隣の部屋から。
横でドアがバーン!となったかと思えば、朱音が入ってきた。
つまりおそらくこの会話は玲衣に筒抜け。まぁ、朱音がわざと聞かせてる感じはあるが。
「この距離でさえ玲衣さんは追いかけてこないんだよ!? もう私の事なんてどうだっていいんだーー!」
うえーん、えんえん。
……本当にこのガキどう始末付けたらいいんだ?
「いや、このままじゃ話にならないから落ち着くのを待っているだけだろう。」
現に今隣の部屋から「どうだっていいわけではないから、いい加減落ち着いてよ……」という声が聞こえたぞ。
……まぁ、朱音は自分の泣き声で聞こえなかっただろうけど。
「あ、朱音ちゃんは……お兄さんと、別れることになってもいいの?」
「もういいの! 玲衣さんなんてずっと愛央さんが好きなままで……私なんて所詮愛央さんの代りだもん、どうせ!」
「そ、そんなことない!……と思う。」
朱音の自虐的な言葉に素早く反応したのは志乃子だった。
志乃子は相談ごとなどの時、いつも話を聞くだけだった。
相手の話にうなずくだけで、自分の意見を言ったり、ましてや相手の言葉を否定することなんて、これまで見てこなかったように思われる。
そんな志乃子が、戸惑いながらもそう言った事に私も朱音も驚いていた。
「だって……だって、朱音ちゃんがこんなに泣くほど大好きなのに、そんな子と2年も付き合ってるのに、お兄さんが心動かされないわけがないよ!」
志乃子の言葉はどこか懇願のようで、そうであってほしいという願いが込められているように感じた。
朱音がどう言葉を返していいか戸惑っていると、遠慮がちに私の部屋のドアがノックされた。
「……玲衣か?」
私がそう言うと、ゆっくりと躊躇うようにドアが開けられた。
「……ごめん。タイミング、悪かったよね? でも、朱音に話が合って。愛央から話してもい言って許可もらったから。おいで。」
朱音は玲衣の許へ行くかどうか迷っていたが、志乃子に促されるように頷かれ、私に物理的に背中を押されては行かないわけにはいかなかった。
玲衣は近づいてきた朱音の手を掴むと志乃子の方を向き、
「心、動かされない訳なかったよ。」
とだけ優しく言って部屋から出て行った。
きっと、玲衣にも志乃子の言葉が懇願しているように聞こえたのだろう。
隣の部屋のドアが開く音がしなかったから。2人でどこかに外に話しに出たみたいだ。
それがわかって、私は志乃子に聞いた。
「何があった。」
志乃子は私の質問に苦笑いすると、少し俯いて話し出した。
「……好きな人に、事実上、振られただけだよ。」
私は返せる言葉を何一つとして持たなかった。
苦笑いの意味が、私の方を見て話したがらない理由がわかってしまったから。
ふられたことが言いづらかったからじゃない。
話す相手が「私」だったからだ。
その事に気付いてしまった時、私は酷く固まった表情をしていたと思う。
なぜなら、志乃子は困ったように笑ったから。
「えっと……話したい事って言うのはそれじゃなくてね、桜華ちゃんの事なんだけど……。」
志乃子の好きな人の話について、もし私の考えが正しいならば、私から言えることなんて、何もない。
そう思い、私は話題の転換に素直に応じた。
「姫野がどうした?」
「うん、それが……桜華ちゃん、虐めにあってるみたいなの。」
志乃子ちゃんの好きな人……想像ついちゃいますよね(^_^;)
更新のペースがほぼ一か月に一回……;
ごめんなさい、できるだけ早く更新できるように頑張りますっ!
新しく拍手お礼小説を書きました!
是非見てください^^