第48話
好きという気持ちについての疑問に対する答えが私の中で出る前に、事態は動いた。
その日、姫野の様子が明らかにおかしかった。
「……桜華、荒れてるね。」
「あぁ……何があったんだろうな。」
いつもたくさんの人を周りに侍らせてる姫野だが、今日は訳が違った。
不機嫌さを前面に押し出し、相談に乗ろうとする子も跳ね付けていた。
そんな桜華に対して戸惑っている人七割。
興味のない子一割。
不満に思ってる人二割。
といったところだろうか。
何にしても、明日もこの調子じゃ、もともと妬まれやすい条件を揃えてる姫野が、陰口や虐めの恰好の的になることは間違いない。
しかし、話しかけようにも姫野は徹底的に無言を貫いている。
さて……どうしたものだか、と思っていたのだが、昼休み、おなじみの校舎裏で姫野と話す機会ができるのだった。
どうにかして姫野に話を聞こうと思っていた私は、昼休み、中庭に行くことなく昼食を早々に食べ終え、教室を出て行った姫野を追い掛けた。
私から逃げるように早足で歩く姫野を途中で見失ってしまったのだが、適当に歩き回って、ついに校舎裏まで来た時、その姿をようやく見つけた。
「……何やってる?」
まさかと言う気持ち半分。やっぱりなと言う気持ちが半分。
そこには自分が体験した光景があった。
姫野のいる場所が私の場所だった。
「あ、青谷実央っ……!」
「実央ちゃんっ!」
きっと本当はどこまでも気の強いであろう姫野はお得意の涙を見せて私に抱きついてきた。
……ヒーロー的な立ち位置なわけか。
「な、何よ!別に私たちは話してただけであんたの時みたいに殴ろうとしたりしたわけじゃ……」
私の顔を見て、青ざめたような顔で話す高…浜。そう、高浜。
彼女はどこまで噂を信じているのやら。
「前から思ってたけど、言いたい事があるなら一対一で言えば? 多数対一人になるから話がおかしいのであって、一対一で何を話さそうと私はあなたの勝手だと思う。」
珍しく?姫野は言い訳も特にせず私に抱きついたまま黙っている。
「わ、わかってるわよ! ……行くよ!」
……おそらく高浜は噂の9割近くを信じているのだろう。
とっとと逃げ帰ってしまった。
「で、実際は何があった?」
高浜達の姿が見えなくなった途端に姫野は私から離れて大きなため息をついた。
「……別に。虫の居所が悪かっただけよ。」
ってことは、姫野から絡んだってことか。
「お前そんなことしてたら牧瀬に本性ばれるぞ?」
何気なく言ったつもりが、地雷を踏んでしまったらしい。
姫野の周りの空気が一瞬にして重くなった。
「ばれたって、構わない。」
そう言った声は酷く投げやりだった。
「どうせ、どんな風になったって、真君が私を見ることはない。そういう意味で真君が私を好きになることはない。」
「……落ち着け。突然どうした?」
思わず姫野の腕を掴んだが、それはすぐに振りはらわれた。
「真君に好かれてるあなたには、真君の残酷さなんてわからないっ!!」
言ってる事はめちゃくちゃで。
でも、その表情は今にも泣きそうで。それなのに、泣かない。
それが姫野の苦しみを表しているようだった。
そのまま立ち去ろうとする姫野を慌てて追いかけた。
牧瀬達との約束もあるし、このまま放ってはおけない。
「待て、姫野っ!」
振り払われないようにしっかりと腕を掴むと、姫野は威嚇する獣のようにこちらを睨みつけた。
「何だっていうのよ!? あんたには何にも関係ないでしょっ!?」
「そう言うのならあからさまに何かありましたという態度を取るのをやめたらどうだ?」
「あんたにそんな事指図される覚えないわ!」
10秒ほど睨み合うと、姫野が折れて、ため息と一緒に言葉を吐きだした。
「言ったでしょ? 真君に好かれてるあなたにはわからない。」
静かに言った言葉は、叫んだ言葉よりもより切実で、私は返す言葉が見つからなかった。
「……否定、しないんだ。真君に告白でもされたの?」
「……どうであれ、私が牧瀬を恋愛対象に見ることはない。」
「やっぱり。おかしいと思ってたのよ。人の気持ちに鋭そうなあんたが、恋愛事に関してだけは鈍いなんてそんなマンガみたいなことある訳ないって。」
死んだようだった姫野は突然息を吹き返し、声を荒げ出した。
「だったらどうだと言うんだ?」
「真君、落ち込んでなかった。気付いてないふりしたんでしょ? 告白、なかった事にしようとしたんでしょ。」
「……私は牧瀬を傷つけたくはない。」
私がそう言うと、姫野は突然笑い出した。
とてもおかしそうに。
とても、悲しそうに。
「あはははっ! ははっ! 傷つけたくないだって! まぁ、真君は気付かれてないと思ってるから傷ついたりしないだろうけど……はははっ!」
「……何がおかしい?」
姫野は笑い声を止めたかと思うと、にっこりと笑って言った。
「いいよ、教えてあげる。何があったか。」
決して威圧するように言ってるわけではないのに、姫野から何か圧迫感のようなものを感じた。
「私、真君にね、告白したの。もちろん、振られる事ぐらい覚悟してた。いっそ振ってほしいって思ってた。自分の気持ちにけりをつけるために……でも、真君は私の気持ちを受け取らなかった。」
「……どういうことだ?」
振られる事を覚悟してたということは、気持ちを受け止めてもらえないということを覚悟するということではないのか?
「真君が同じ気持ちを投げ返してくれる事は期待してなかった。でも、受け止めて、否定でも何かしらの気持ちを投げ返してくれる事を期待していた。その期待は見事に裏切られたんだけど。もうわかるよね?真君は――」
わかってしまった。
きっと牧瀬は――
「あなたと同じ事をした。」
そう言った姫野は残酷に歪に笑った。
その時、自分を擁護したかったのか、牧瀬を擁護したかったのかはわからないが、私は今にも壊れそうな姫野に酷い言葉を投げつけた。
「……それは、牧瀬なりの優しさのつもりだったんじゃないか?」
「……優しさ? あんたは、好きだって言うのにどれぐらいの勇気がいるかわかってる? 必死の思いで言った言葉に何も返ってこなかった時の苦しさがわかる?」
震える声に、自分の言葉を後悔した。
「優しさなんかじゃない! ただ……人の好意を断るのが辛くて、逃げただけじゃない! 必死の思いに対して、あなたたちは逃げただけじゃない!」
反論する余地などどこにもなかった。
すべて事実で、真実だった。
背中を向ける姫野にかける言葉はもう何もなかった。
これまでなんだかんだ言って実央に優しいキャラばかり(実央のキャラがキャラだからw)だった中で、姫野は実央に対して噛みつくキャラ。
私は実は結構姫野の事が好きです^^
更新遅れてすみませんっ!
見てくださっている方、本当にありがとうございます!
できるだけ早く更新できるように努力します!!