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ただ……願う  作者:
本編
52/75

第47話

 綺麗に弧を描くボール。

 真上から突き刺さるようなシュート。

 綺麗なフォロースルー。



「あ、実央! おはよう。」



 そしてまさかの笑顔のあいさつ。

……ダメだ、牧瀬の事が良く分からなくなってきた。


私は牧瀬をスルーして無言でゴールにシュートを打った。



「綺麗に入ったね。」



 牧瀬の言葉の通りゴールを通ったボールは地面を跳ね、私の手元へと戻ってきた。

そのボールを私はしっかりと受け止めると、牧瀬に対して、でも視線はボールに向かって、まるでボールが話し相手かのように話した。



「私は、お前の事は嫌いじゃない。友達だと、大切だと思っている。」


「うん。」


「私は、姫野の事は嫌いだ。……今の姫野は嫌いだ。」


「……うん。」



 返事がうん、だけで聞いてるのかどうか良く分からないが、それでも私は牧瀬の方を振り向く勇気はなかった。



「でも、その私の感情で、姫野と牧瀬の関係はもちろん、私と牧瀬の関係も左右されるべきことではないと思う。」



 そう言ってから、少しだけ考えて、私は言い直した。



「私と牧瀬の関係については、左右されたくないと思う。」


「実央と桜華の間に何があったかは聞いちゃいけないの?」



 一瞬、言ってしまおうかという考えがよぎったが、すぐにその考えを振り払った。



「これは姫野の口から語られるべき真実だと思う。一つだけはっきり言えるのは、私は牧瀬との約束をたがえるような事をしていないという事だ。」



 牧瀬は一瞬迷うような表情を浮かべたが、すぐにしょうがないなぁと苦笑した。



「あのあと、俺も悩んだんだ。」



 牧瀬は苦笑いの顔のまま言葉を続けた。

しかし「悩む」という言葉ほど牧瀬に不似合いな言葉はないかもしれない。

そして、そんな不似合いなことをさせてしまったのかと思うと申し訳なくなる。



「でもさ、結局実央の事を疑う結論なんて出てこないんだ。」



 それは意外で嬉しすぎる言葉だった。



「お前……バカだろ。」


「バカだよ。今更わかったの?」



 何年も一緒にいたわけじゃない。

それどころか牧瀬と一緒に過ごした時間はまだ半年足らずだ。

それなのに、どうしてこいつは私に姫野と同等の信頼を置けるのだろう。



「ごめん……ありがとう。」



 牧瀬の私への気持ちを軽く見て、ごめん。

こんな私を信頼してくれてありがとう。


 言葉に出さなかった気持ちはどうやら伝わったようで、牧瀬は苦笑いではなく、いつものあの笑顔になった。



「別に謝らなくていいよ。実央らしくないし。」


「私は謝罪と礼はちゃんとできる人間だ。」



 牧瀬は確かにそうかも、と呟いて、真剣な顔をした。



「実央を初めて見た時さ、実央はすごく安心したような顔で笑ってたんだ。」


「……いつのことだ?」



 バスケをしている時を見たのだろうかと思ったが、それだと「安心したような」という形容詞はおかしいように思える。



「俺が中3だから、実央が中2の時。すぐそこの道路で、だよ。覚えてない?」



 指を差された方向を見て、そちらを向くと、そう遠くない記憶が蘇る。


 抱え込むように持たれたバスケットボール。

 乱れた呼吸。

 左手にしっかりと握られていたお守り。

 どういたしまして! そう言って笑った顔。



「あれは……お前だったのか。」



 牧瀬の笑顔は間違いなく肯定だった。



 あの日私はとても大切なものを落とした。


 自分の体は弱かったが、産まれてくる娘には元気でいてほしい。

愛央の時も、私の時も母はそう言って私達が産まれてくる前に健康祈願のお守りを買っていたらしい。顔を見たこともないお母さんが自分のために残してくれたものを私は物心ついてからというもの肌身離さず持っていた。


 それが中学二年生の時。

何の拍子にかはもう忘れてしまったが、そのお守りを落としてしまって、気付かないまま歩いていこうとしたところ、偶然にも後ろを歩いていた人が拾ってくれたのだった。



「生徒手帳渡す時、俺、あの時と同じ笑顔を期待してたんだよね、正直。でも、頬の筋肉がピクリとも動かないから機嫌が悪いのかと思って。でも、あの時と同じような声音で「ありがとう」って言うから……」



 その時、私は純粋に牧瀬の次の言葉を待ったのか。

それとも、次の言葉を想像して怯えて言葉が出なかったのか。

それは今でもわからない。



「実央の事をこんなに好きになってしまったんだと思う。」



 牧瀬がいつもみたいにふざけて言ってくれれば良かった。

そしたら冗談として受け流したのに。



「私もお前がいい奴だと思うぞ。」



 だから、こんな鈍いふりをする。

相手からの悪意を無視することも、断ち切ることも容易だが、相手からの好意を拒否することは私にとってとても難しい。



「やっぱりそういう反応か。」



 牧瀬。お前の事をいい奴だと、大切だと思う気持ちに一つの偽りだってない。

そんな風に辛そうに笑ってほしくないと思う。……でも。



「どういうことだ?」



 私は友達のまま、この距離間のままでいたいと思うから。

まだ私には「好き」という気持ちがよくわからないから。

きっと、私が牧瀬の好意を拒否すれば、どういう形であれ、なんらかの歪みが生じてしまうから。



「別にー。」



 こうして鈍いふりをしてしまう事を許してほしい。



 それから何もなかったように、何も気付いてないように、普段通りに私は振るまった。

牧瀬は気付かれてないと思っているから、振りではなく普段通りで、それが何故か辛かった。



「ただいま……」


「おかえりー遅かったな……って、お前何でそんな顔――」



 玄関に迎えに出てきた由樹の顔を見て、私は由樹に抱きついた。



「お、おい、どうした?」


「…………」



 由樹は何も答えない私を見て、戸惑いながらも背中を優しく叩いてくれた。


 なぁ。好きって何だろうな。

 大切と何が違うんだろうな。


 言葉にならない問いは私の中に燻ぶるだけだった。



更新が非常に遅くなってしまって申し訳ありません…;

更新がなかった間も拍手等をしてくださって本当にありがとうございます。

遅くなっても絶対に完結まで書ききりますので、どうか見捨てないでやってください><


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