第46話
牧瀬と結局あの後数通やり取りしたのだが、デートと言うのは一緒にバスケの練習に付き合えということらしい。全く……紛らわしい言い方をしやがって。
……って、そうじゃなくて。
どうしてあんな事があった後にあいつはあのテンションでメールを送ってこれるんだ!?
……謎だ。
まぁ、たぶんバスケは口実で今回の事について聞かれるんだろうけど……
私は、どうするべきだろう?
『お前は、お前らしくいろ。』
朝霧先輩の言葉。
あの時は後ろ向いてウジウジするなという意味だと思ったんだけれど、今考えるとそんなニュアンスでもなかったように思える。
「私らしくって……どういう意味だろう。」
「……お前何小難しい事考えてんだ?」
確かに難しい事を考えてると自分でも思う……って。
「なっ!? おま、由樹! どうしてここに!?」
「あ? アメリカからまた来たからに決まってるだろ。」
ドアの向こうにはつい一ヶ月前にいたそいつがそこにいた。
「いや、だから大学……」
「んーーどうなってるんだろうな?」
いや、たった一ヶ月で由樹に進歩があるなんて思ってなかったけれども。
それでも一ヶ月前と全く同じ答えが返ってくるなんて誰が思っただろうか。
「……って、お前は何で人の部屋に勝手に入ってきてるんだ?」
「何回ノックしても実央が返事しねぇからだろ?」
何回ノックしても気付かない私ってどんだけ悩み事に集中してんだよ……。
「悪い。ちょっと考え事――」
「自分らしくってどういう意味? ……だったか?」
「うん、まぁ……」
こんなことを由樹に相談するだけ無駄だという事はわかっているのだが、今は由樹でもいいかなと思ってるところが、案外あの事件でダメージを受けてた事を表している。
「そんな事、考えなかったらいいんじゃね?」
「は?」
思わず前言撤回したくなるようなその言葉に私がバカみたいに口をぽかんと開けていることも気にせず、由樹は真面目腐った顔をしていた。
「自分らしくって自分の思うままに行動してりゃあそうなるだろ? じゃあ、面倒な事なんか何も考えずに感覚で行動すればいいだけだろ。」
まっすぐで、単純な由樹らしいその言葉に私は口元が緩むのを感じた。
なんて、なんて単純なことだったんだろう。
ごちゃごちゃ考えて行動を躊躇するから、"自分らしく"いられないんだ。
姫野が何を企んでるんだろうとか。
どっちが牧瀬を傷つけるんだろうとか。
考えてもわからないようなことばかり無駄に考えて、嘘をついて。
よくよく考えてみればくだらない。
人とのかかわりあいで傷つかない人なんていないって、自分自身実感して、わかっていたはずなのに。牧瀬が一度傷つけられたぐらいでへこたれる奴じゃないと知っていたはずなのに。
私はまた、見失うところだった。
これは、私の介入する問題じゃない。姫野と牧瀬の問題だ。
傷つけたくないからと言って、下手に行動すると、どうにもならないという事ははっきりとわかっていたのに。
まだ、遅くない。
もう一度この問題をあるべき姿に戻そう。
姫野の真実を知って、どうするのかは牧瀬が判断することだ。
傷ついたのならば、慰めて、時には喝を入れてやればいい。
大切な人に嘘をつくことは私は好きじゃない。
大切な人だというならば、その人に正直であることが、一番の誠実だろう。
私は優しい嘘をついたつもりでいたけど、もしかしたら私の嘘は牧瀬にとっても残酷で、そして何より私にとって残酷だったのかもしれない。
「ほら、またそうやってすぐに考え込むからダメだっつってんだろ。」
「今のはちょっと考えをまとめてただけだ。」
私が落ち込んでいるのを部屋に入って来た時から由樹は気付いていたのだろうか。
わしゃわしゃと私の頭を撫でる……ぐちゃぐちゃにしているその手が、とても温かかった。
由樹はやっぱり私の家で泊まることになった。
私が一番風呂から上がってくると、
「次、俺!」
と言って走り去った。
……いや、玲衣もお父さんも抜かしたりしないから大丈夫だって。
由樹の行動に呆れながら風呂上がりの牛乳でも飲もうかと冷蔵庫に向かう途中で玲衣からの視線を感じた。
「……何?」
「ん? あぁ、悩みは解決したのかなって思ってね。」
「……なんで玲衣が知ってる?」
由樹に相談した後は、ずっと私も由樹と玲衣と一緒にいたから、由樹が玲衣に言う暇はないはずなのだが。
「そりゃあ、いくらノックしても反応がなくて、心配になってドアを開けてみれば、一心不乱に天井見つめてるのを見れば何か悩みでもあるんだろうって思うでしょ。」
「……悪い。」
由樹の前に玲衣も来てたのか……気付けよ、私。
「声かけようか迷ったんだけど、俺が相談に乗ると、余計にごちゃごちゃ悩んじゃいそうだから、由樹の方が適任かなって思ったんだけど、どうだった?」
采配は実に適切だった。
そう答える前に、どうしても気になる点があった。
「玲衣、俺って……。」
「あぁ……。俺は俺だから。」
自信を持ったその笑顔は間違いなく玲衣自身を取り戻していた。
きっと、玲衣の傍にいる誰かが、玲衣の何かを変えてくれたのだろう。
「そうか。前から"僕"は似合ってないと思っていた。」
玲衣はきょとんとした表情をしたかと思うと、次の瞬間噴き出した。
「ぷっ……!」
「……なんで笑う?」
「いや……」
玲衣は必死に笑いをこらえようとしているが口元が笑っている……。
なんなんだ、こいつは。
「えーと……なんだったっけ?あ、そうそう。悩みは解決した?」
未だに半笑いのような表情をしている事とか、いろいろムカつくこともあるが、私を本当の妹として大切にしてくれる玲衣が、やっぱり私は好きだ。
「あぁ、ありがとう。」
「どういたしまして。」
兄妹の二人きりのやり取りの中で笑顔があるというのがとても久しぶりだという事はあとあと思い出してやっと気付いたのだった。
当初、玲衣はとてもかっこいいお兄ちゃんをイメージしていたのですが、恋愛関係で完全にヘタレ君に……;
どうしてだろう?(笑)
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