閑話・姫野&第44話
この閑話は入れるかどうか迷ったんですが……
一応、姫野のいろいろが伝わればと思って。
~閑話・姫野~
「信じられない……」
私は一人、怒り狂っていた。
真君とは小学生のころから実に長い付き合いになる。
それなりに仲のいい関係で、何度も付き合ってるのではないかという噂になったことはなった。
噂だけで真実にはならなかったんだけど……。
真君はいつも誰かの事を好きな人を好きになっていた。
だから私は真君に好きになってもらえないんだと思っていた。
だってそれ以外で真君の好きになった人が持っていて私が持っていないものは何もなかったから。
それで高校に入学した時、琢磨君を好きなように装った。
こうすれば真君は私の事を好きになってくれるに違いないと思って。
けれど真君が私を好きになる気配は一向になかった。
それでも私は今はきっとバスケに夢中になってるだけだと自分に言い聞かせた。
でも、病気のために入院して一年たって帰ってきて……
そこにいた真君は今までに見た事のないような瞳でたった一人の女の子を見つめていた。
衝撃だった。その女の子は私が築き上げてきた「私」とは正反対だったのだから。
それに彼女には好きな人もいなかった。
それでも彼女をどうこうしようという安易な考えはしなかった。
今のところ青谷実央は真君の事をなんとも思ってないようであったから、2人が付き合ったりする危険性は少なかったし、下手に手を出せば真君に嫌われてしまうことは容易に想像できた。
真君の好きな女の子にヤキモチを妬いて嫌がらせした子がどれほど真君から軽蔑されるかというのは嫌というほど目にしてきたから。
そう、青谷実央だけならよかったのだ、別に。
いずれ真君が望みのない恋に諦めてくれればそれで良かった。
でも……宮沢志乃子。
大人しいその雰囲気は今まで真君が好きになってきた子のものと良く似ていた。
そして一番問題なのは宮沢志乃子はおそらく真君に好意を抱いているという事。
遠ざけなければ、と思った。
しかし下手に手を出せば今までの子の二の舞になるのは間違いない。
私は私が悪役にならずに志乃子を真君から遠ざける方法を考えた。
そこで思いついたのが青谷実央が真君の悪口を言っているという噂があるという話。
こうすればあくまで噂だから私に火がとんできても誤魔化せるし、上手くいって志乃子が真君に青谷実央の悪口でも言えば志乃子が嫌われるのは必至。
悪口を言わなくたって青谷実央と志乃子の間に距離ができれば自然と真君と志乃子の間にも距離ができる。
さらにうまくいって志乃子から真君、真君から青谷実央と話が回って、青谷実央が私を責めたりしてくれれば、私がちょっと泣けば真君は私の事を庇ってくれるだろう。
それなりの信頼は築いてきたつもりだ。
そうなれば青谷実央と真君の間にも距離ができて安心できる。
我ながらいい作戦だと思った……それなのに。
あのバカは!! どうして本人に言うわけ!?
しかも青谷実央は全く私を責めたりしないし!!
なんなわけ、あの無駄に冷静な態度は!!
怒りやらなんやらを抑えきれず、私の本性を知る唯一の友達に電話をかけた。
真君よりもっと前からの付き合いで、長い付き合いになる幼馴染の男の子。
私の本性は本当にその子だけしか知らない。
家族ももちろん知らないから家でその子に電話をかけることもできず、教室に誰もいなくなるまで待って電話をかけた。
「もうホントにムカつくんだって!」
『あーはいはい、わかったからー』
「適当に流さないでよ!」
私は怒っていた。時間を気にできないほどに怒っていた。
人の気配を感じる事が出来ないほどに怒っていた。
『あのさぁ、電話代すごいことなるんじゃない? ……話長いし。』
ぼそっと呟くように言われたその一言に私の怒りはさらにヒートアップした。
「話が長い? そんなの私の知ったことじゃないわっ! 私はストレスたまってるんだからそれぐらい我慢しなさいよね!」
わーっと悪口をまくしたてる私にはいはいと相槌を打つ彼。
「本当にウザ―――っ!」
いんだよ、どいつもこいつも。
っていう言葉は喉につっかえて出てこなかった。
そりゃあ……ねぇ。
さんざん悪口言ってた相手が何もなかったかのようにドアを開けて入ってくれば。
携帯電話落とすほどのショックだったわよ。
青谷実央は平然とした顔をして私に携帯電話を手渡すと自分の机に向かって行った。
「ごめん……また掛けなおすよ。」
焦った声がしてたのはわかっていたが、今は目の前の澄ました女をどうにかしなければと思った。
「ちょっと!」
私の声に青谷実央はうんざりとしたように振り向いた。
でも、言わなければならない事がある。
真君は青谷実央をそれなりに信頼している。
万が一の可能性で真君が青谷実央の言葉を信じてしまうことがあるかもしれない。
可能性はすべて潰しておかなければ。
不安は悟られるな。自信を持って言うんだ。
「言っとくけど、真君達に告げ口無駄だから。」
「そう。」
私が必死の思いで言った言葉はあっさりと流された。
彼女の真意がつかめなかった。
そう、だとしても言いたい事は言うから。
そう、別に言わないから関係ないけど。
この女ならどちらの続きも考えられる。
もう一度反応を見るために念を押すように言った。
「あんたより付き合いの長い私の事を信じるに決まってるでしょ? なんならやってみてもいいけど、あんたが打ちのめされる結果になるだけだと思うけど。」
「良かったね。じゃあ。」
何もかもが納得できなかった。
私の豹変を予測していたように驚いた様子のない態度。
私の必死な言葉に対する適当な返事。
「待ちなさいよ! なんか私に言うことないわけ?」
お願いだから何か言ってほしい。
文句の一つでも言われなければ逆に不安になってしまう。
「特にない。じゃあ。」
その後の反論も許さず、彼女はその場から立ち去った。
呆然と立ちすくむことしかできなかった。
何か勝負をしたわけではないのに、敗北感が私を苛んだ。
そして、教室の前を通り過ぎる足音を聞いた時。
めんどくさがりに見える彼女がどうしてわざわざ教室に入って来たのか。
あのあまりにも適当で早く帰りたそうな態度はなんだったのか。
その疑問が全て解け、そしてその敗北感がより一層強くなった。
「信じられない……」
私は一人、怒り狂っていた。
彼女は私を助けたつもりだろうか。慈悲を持ったつもりだろうか。
私の中には敗北感と怒りしか残らなかった。
~第44話~
次の日、学校で顔をあわせた姫野は特に変わった様子はなかった。
そこで安心してしまったのが良くなかったんだろう。
昼休み。私は酷く困った状況に陥っていた。
「あんたさ、何様のつもり? マジでありえないんだけど。」
お昼ご飯実央ちゃんと二人で食べたいな、なんて言葉を聞いた時から怪しいとは思っていたのだ。
皆さん馴染み深い校舎裏。あぁ、馴染み深いのは私だけか。
「……何が?」
「助けてやったとか思ってるつもり? 私は別にあんたの助けなんかいらないわっ!」
私は姫野に対してそれなりに言葉を選んできたつもりだ。
下手に率直に言えば姫野の策略にはまるような気がしていたから。
しかし……言いたい事が言えないというのは非常にストレスがたまる。
「私は姫野のことを助けたつもりはない。」
「じゃあどういうつもりであんなことっ――!」
「私は自分に面倒事が降りかかるのは嫌いだけど、目の前で面倒事が起きるのを見るのも嫌いなだけ。」
姫野のあんな場面を見れば普段姫野に劣等感を抱いている奴らが嬉々として噂するだろう。
そのせいで虐められる姫野を見るのもそれはそれで不快だろうと思っただけだ。
……もう一つ、あるとすれば――
「それと――お前を信じてる牧瀬達を傷つけたくなかったのかもしれない。」
それは姫野の言われたくない弱い部分だったのだろう。
姫野の顔が大きく歪んだ。
「お前は……お前のしている事は間違いなく牧瀬の信頼を裏切ることだ。」
朝霧先輩は勘づいていると思う。
でも、牧瀬はきっと姫野はあのままの姫野だと疑っていない。
姫野は信頼されている事を知っている。
彼女の行動は裏切り以外の何物でもない。
私は姫野の言葉を待った。言い訳をしてほしかったのかもしれない。
牧瀬達の事を裏切ってないと、どこかで否定してほしかったのかもしれない。
しかし、彼女の震える声で告げた言葉は私には理解できなかった。
「あんたにっ……あんたみたいに恵まれてる人間に何がわかるっていうのよ!」
恵まれてる……?
私が姫野よりも恵まれているもの……?
一体何の事がさっぱり見当がつかなかった。
ただ……
「わかりたくないな。」
「なっ!?」
「自分の事を信じてくれている人を裏切るような奴の気持ちはわかりたくない。」
怒りに声を震わせても涙を見せなかった姫野の目にうっすらと涙が浮かんでいた。
だから、嫌な予感はした。
それでも私は言葉を止めなかった。
「私はお前みたいなやつが嫌いだ。」
私がそう言ったすぐ後だった。
「……実央?」
驚愕に満ちた牧瀬の声が聞こえたのは。
閑話・姫野は独立させてもいい長さだったのですが、第44話があまりにも短かった(汗
45話は早く投稿できるように頑張ります!