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ただ……願う  作者:
本編
45/75

閑話・志乃子



 どこか悲しい人―――それが、実央ちゃんの第一印象だった。感情の色を全く移さないその瞳は、冷たく、そして悲しそうに感じた。


 でも、その子がバスケをしだした途端に、急にいろんな表情を見せるから、普段は絶対にそんなことできないのに、気になってつい声をかけた。



「あ、あの! バスケ、上手なんだねっ。私、宮沢みやざわ 志乃子しのこって言うの。あなたの名前は?」


「……青谷実央。」



 実央ちゃんの反応からは嫌悪も好意も何も読みとれなかった。ただ、ほんの少しの驚きだけが見れて、それが何故かとても嬉しかった。


 それから私は実央ちゃんにひっついて回った。実央ちゃんの隣にはいつも朱音ちゃんがいたけど、気にせず傍にいると、実央ちゃんと朱音ちゃんと私の3人でいることが当り前のようになっていた。


 実央ちゃんといるのはとても楽しかったけど、部内ではそうもいかなかった。実央ちゃんはバスケがすごく上手で、でもそれを決して自慢したりしないで、普段はすごくクールで……。

完璧すぎる実央ちゃんに皆が嫉妬していた……私も含めて、皆。


 運動神経が大して良くない私は鈍くさくて、弱小バスケ部の中でも試合に出れることなんてほとんどなかった。そんな私に実央ちゃんは丁寧にバスケを教えてくれて……私は、惨めだった。


 実央ちゃんは別に私を見下したりしなかったし、少しだけだったけど、私に心を開いてくれているように思えた。それなのに、私はどうしても劣等感が拭いきれないでいた。


 そんな時に、あの事件は起こった。


 その日、いつものように実央ちゃんと一緒に部活に行った。実央ちゃんも私も掃除で少し遅れていて、皆部室で着替えているところだった。



「でもさぁ、志乃子もいい加減諦めたらいいのにねー」



 ドアを開けようとした私に聞こえてきたのはチームメイトの声だった。



「ホント、いい加減気付けよって感じだよね。青谷さんにひっついててもスタメンで出される事なんてないんだからー」



 私が実央ちゃんにひっつく理由をそういう風に思われていることは知っていた。でも……気付かないふりをしていた。



「てか、あの運動神経でよくバスケ部はいったよね~」


「吹奏楽とかの方がお似合いなのに。」


「それ、ひどーい!」


「あんた達も同じようなこと思ってるでしょっ。」



 嘲笑とどこまでも間違いのないストレートな言葉。



「参ったな……。」



 無言でドアを見つめる実央ちゃんに私は苦笑いしてみせることしかできなかった。私の表情を見た実央ちゃんは何を思ったのか……見つめていたドアをバッと開けた。



「え……志乃子……」


「もしかして、聞いてた……?」



 実央ちゃんの後ろで小さく立っていた私をチームメイトは見つけて固まった。



「志乃子がどういう理由で私といようがお前らには関係ないだろ。くだらないことをほざいてないで練習しろ。お前らも人の事を言えるレベルじゃない。」



 実央ちゃんの言葉は淡々と事実を告げていた。そう……事実―――私が実央ちゃんといる理由も、バスケ部が似合わないということも彼女は決して否定しなかった。


 バスケ部が似合わないというのは自覚がある。今更、傷ついたりしない。でも……あんなに傍にいたのに、あなたは私を信じてくれないの?



「な、何よ! ちょっと上手いからって偉そうに!」


「私の実力は関係ない。お前らがどのレベルかというのが問題だ。」



 チームメイトと実央ちゃんの言いあいも耳に入ってこない。実央ちゃんは、実央ちゃんは私の事をそういう目で見てたの……?


 羨ましかった。嫉妬した。悔しかった。

でも、でも! 私は実央ちゃんが好きだから傍にいたのに、そんなことさえも信じてくれないの?



「あんたはいつも偉そうにっ…! 志乃子! あんただってなんか不満とかあるんでしょ!? へらへら笑ってばっかりじゃなくて、はっきり言いなさいよ!」



 私は周りの言葉なんて何も聞いてなかった。ううん、聞こえてたけど頭の中がいっぱいで理解するだけの容量がなかった。私の心の叫びはひどく悪いタイミングで噴き出した。



「実央ちゃんは……実央ちゃんが、私を惨めにさせるんだよ!!」



 はっきり言え、と言った女の子も私がこんな風に叫ぶとは思ってなかったのか、皆がポカーンとした顔でこちらを見ていた。実央ちゃんの目には――何の感情も映ってなかった。


 私は耐えられなくなって、涙をこぼしながらその場を走り去った。



『あんたのせいだよ!! 全部!』



 私の言葉を勘違いしたチームメイトがそう叫んでいるのが聞こえたけど、私の中にはその勘違いを解くだけの気力が残ってはいなかった。



 引退試合の後、実央ちゃんは高等部の練習に顔を出すことはなかった―――。唯一バスケの時だけ、とても綺麗に実央ちゃんが笑っていたのに……私が実央ちゃんの笑顔まで奪った気がした。


 久しぶりの再会を男バスの試合でした時、叫んでる実央ちゃんを見て、私はとてもほっとして、嬉しくなった。彼女はバスケを嫌いになったわけじゃない。あんなにも色鮮やかな感情を出している。ただ、余計に私との間に問題があったせいかと思うと、少し気持ちが暗くなった。



 そして、文化祭。実央ちゃんにやっと謝ることができた。



「私があんたのことぐらいで、自分の意志を揺らがせるはずないから。」



 冗談のような、でも力強いその言葉と瞳と、久しぶりに見るその笑い方に、私はあぁと思った。そうだった、彼女は人に何かを言われたからって自分の心を揺らがせる人じゃない。

今の瞳みたいに強くて、凛としている―――

そしてその瞳には前にはなかった温かさと、前よりさらに強く輝く光があった。


 ごめんね、今やっと気付いたよ。実央ちゃんは私の事を信じたかったんだよね。でも、信じるのが怖かったんだよね。


 けど、実央ちゃんはそれを乗り越えた。前より爛々と輝く瞳はそのことをはっきりと伝えていた。


 皮肉っぽそうに笑うくせに、どこか恥ずかしそうなその顔は今まで一度も見たことのないもので。

不器用なその表情に笑いながら言葉を返した。



「もーっ!実央ちゃん、ひどいんだからっ!」





 次の日。誤解はもはや誤解の形をなくしていて、朱音ちゃんと実央ちゃんのあっけらかんとした様子に戸惑いを隠せなかった。でも、まぁいいか。この2人とまた一緒にいることができるなら。



「あ、おはよー、実央ちゃん、朱音。」



 柔らかく、弾むように明るい声。フレンドリーな話し方。



「あはっ。今は同級生だから敬語はいいよ!」



 まさか、この子との出会いが始まりにあんなことになるなんて、私は全く予想しなかった。

バスケ部で起こった事件の真相でした。

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