第39話
愛央は玲衣に話さなければいけないことがあるからと帰ってしまった。もちろん一緒に回れるはずもなく、結局昨日と同じように由樹と文化祭を回る始末だ。
「愛央…何かいい出会いでもあったか…。」
「俺の予想ではきっとそんなに遠くない未来に愛央に彼氏ができるぜ。」
「…何その予想。別に誰にでもつきそうな予想だけど。」
すると由樹はうーんとしばらく考えてから、言い方を変えた。
「そうだな。その人はもう愛央と出会ってる。」
「ふーん…」
「あっ、その顔信じてねぇな!」
いや、だって由樹だし…。嫌味を言われてるのに全く気付かないこととか、あの場の朱音と愛央との間の微妙な空気を読めないところとか見てたら、まったく信じられないな。
「マジでわかるんだって。この人恋してるんだなぁ、とか、この人あの人の事好きなんだろうなぁとか。」
「へぇ…?」
「実央、お前ホントに信じてねぇな…。じゃあ、一個当ててやるよ。昨日お前と話してた人。あの人お前に気があるだろ?」
昨日話してた人って……アバウトすぎて誰かわからないし。
「ほら、俺がトイレから帰ってきたときに話してた人。」
「もしかして、朝霧先輩の事…? って、由樹見てたの?」
「えっ? まぁ、階段下りてくるときにチラッと見えて…向こうは俺と目が合ったと思ったらどっか行っちまったけど…。」
由樹は朝霧先輩には気付いてなかったものだと思っていた。だって、由樹は気付いていたらもっと大騒ぎするだろうと思ってたから。
「あの人Xマンだったのに。」
「えっ!? マジかよ…なんで実央捕まえておいてくれねぇんだよ!」
「いや、由樹が自分で見つけたいかと思って。」
昨日の文化祭では最後までXマンを見つけることは出来なかった。何度か私達の横を通り過ぎることがあったのだが、由樹はダミーは良く見つけるものの、本物だけは真横を通っても絶対に気付かないのだった。
その姿に何度もXマンの存在を知らせようかと思ったけれど、楽しそうにXマンを探す由樹を見ていると、そんなことも言えずになってしまったのだった。
「で…朝霧先輩が私に気があるって?」
「あぁ、あれは明らかにそうだろ??」
「…あり得ない。あの人はバスケにしか興味ないと思うけど。」
朝霧先輩は確かにいろいろと気持ちをわかってくれるし、良くしてくれてると思うけど…あの人から恋愛感情っぽいものを感じたことがない。
いや、そもそも恋愛感情っぽいものがイマイチわかってないのだが。
「へぇ、あの人もバスケしてんだ。」
「うん。ポイントガード。」
「そう言えば…ずっと気になってたんだけど、実央はどうしてバスケやめたんだ?」
由樹の言葉に私は、あー…と言葉を詰まらした。
由樹は私にバスケを教えてくれた人だった。何が楽しいかも分からなくなっていた私に、バスケは楽しいと、ボールは友達だと、一緒にやろうと、そう言ってくれたのは由樹だった。
「愛央から聞いた話じゃ、チームメイトとやり辛くなったからなんじゃないかとか聞いたけど…」
「私がそんなことで辞めるはずない。」
私がそう言うと、ゴトゴトゴトッと近くに積み重ねてあった段ボールが落ちた。
「あーっ…ご、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ…今直しますからっ…」
聞こえてくる声に私はいろんなことを理解する。
…ちょうどいい、ここで誤解を解いておこう。そう思って、私は倒れた段ボールの近くにいた人に気付かないふりをして由樹に少し気持ち大きめな声で言った。
「私がバスケ部をやめたのは前から膝を痛めてたから。ドクターストップがかかった。ちょうどいい機会だと思って中3で区切りつけて辞めただけ。」
そう言って私はチラリと倒れた段ボールの方を見た。近くにいた女の子――――志乃子は口を覆っていたが、目は大きく開いていて、驚きの感情を間違いなく伝えていた。
「そうだったのか…。今、足大丈夫なのか?」
「前みたいに酷使しなきゃ全く問題ない。」
「じゃあ、虐めはなかったのか?」
こそこそと段ボールの陰に隠れながら…見えてるけど…志乃子はビクリと体を震わせた。
「虐めって言うか…そうだな、皆から一斉に責められたことはあった。」
「それは…大丈夫だったのか?」
「まぁ、慣れてるっていうのもあるけど…そのことは、あの子だけには私も悪かったってそう思うから。」
私のあやふやな言葉にも由樹はただ、そうか、とだけ言って微笑んだ。
志乃子の反応は段ボールの陰に隠れて良く見えなかった。
「でも…慣れるなよ。」
「え?」
志乃子の反応をうかがってた私は由樹の思いがけない真剣な響きの言葉に驚きながら顔をあげた。
「いろんな奴から責められることに、慣れんな。」
「……うん、ありがとう。」
もし、お義母さんが亡くなった時に由樹が傍にいてくれたら…私の未来はもう少し違ったのかもしれない。
まぁ、でもやっぱり、牧瀬と朝霧先輩と知り合って、人とぶつかりあったことは無駄じゃなかったとは思うけど。……ぶつかりあう…ね。
「由樹、やっぱり直接言う。」
「え? 何?? 俺?」
「いや、違う。あんたはトイレに行きたくなった。」
私の突然の断定系の言葉に由樹は明らかに戸惑いの表情を浮かべた。
「え??」
「行きたいだろ??」
「え、あ…そう言われると、行きたくなってきた…かも?」
…やっぱりこいつ単純だわ。と思いながら、遠めのトイレの場所を教える。
うん、これでしばらく戻ってこないだろう。
「志乃子。」
由樹の背中を見送った後、私は後ろのもう積み上げなおされた段ボールの箱を振り返る。私の声に段ボール箱の陰からそっと志乃子が姿を現した。
「やっぱり直接言いたい事がある。」
志乃子の表情はわかりやすく緊張していた。
「別に怒る訳じゃないからそんなに身構えなくてもいい。」
「う、うん…」
「あの時は…悪かった。」
バスケ部で、エースと呼ばれながらも、チームメイトと関わりあおうとしなかった私を必死にチームの中に入れようとしてくれたのは志乃子だった。気が強い割に無駄に仲間意識の強いバスケ部連中と私の間を何とか取り持ってくれていた。
でも、もちろん志乃子にも悩みやコンプレックスがあって……彼女は、決してバスケに向いているとは言えなかった。言葉を選ばない私はきっと知らないうちに志乃子を傷つけていたのだと思う。
そして、志乃子は嫌なことを嫌とはっきり言える人間ではなかった。わかっていたはずなのに…傷つけて、あんなことを言わせてしまった。
『実央ちゃんは…実央ちゃんが、私を惨めにさせるんだよ!!』
「ち、違うの!私…ううん、あの、あのね!」
言葉を出すのが下手くそなのは変わらない。必死に出そうとする言葉を決して遮らずに待つことが今私ができることだ。
「ずっと…謝りたかったのっ…!ごめんね…酷いこと言って、ごめんね、実央ちゃん…。」
私は確かに志乃子を知らないうちに傷つけた。
全く悪気はなかったものだから、嫌だと言わなかった志乃子も悪いという見方もあるが、それよりも何よりも、私が一番志乃子にしてはいけなかったのにしてしまったことは、謝罪を聞こうとしなかったこと。
私は誰よりも知っていたはずなのに。
傷つけてしまった人から何よりもほしい一言を。
「違うから…。聞いてたでしょ?私がバスケを辞めたのはあなたのせいじゃないから。」
志乃子の瞳からポロポロと零れる滴はその言葉が欲しかったことを何よりも表していた。
少し思ったより湿っぽい感じになってしまったのが、照れくさいやら困るやらで、中学時代のように私は志乃子に皮肉っぽく笑って言ってやった。
「私があんたのことぐらいで、自分の意志を揺らがせるはずないから。」
私の言葉とその笑い方に志乃子をあの時の事を思い出したのか。
ぷっと吹き出してから志乃子は言った。
「もーっ! 実央ちゃん、ひどいんだからっ!」
穏やかで、幸せな空気の中で、一人冷たい目をしてる人がいることなんて私達は全く気付いていなかった。
地の文の段落頭は一字下げるのが原則、鍵括弧の直前以外の!や?の後も一字空けるのが一般的、というアドバイスをいただき実践してみましたっ!
どうでしょう?余裕があれば前の投稿した文も直してみようかなと思います。
このエピソードは実は絶対に入れたいエピソードでした。
実央ちゃんがゴチャゴチャと言ってるので複雑そうに聞こえますが、実は単純なことで、自分がされて嫌なことは相手にしない、ってだけです(笑
志乃子sideで何があったかとか詳しく書きつつ…と言うのも後々書きたいと思います。
最後、気になる終わり方ですねー!
ちょーっと恋愛方面から脱線してしまいそうですが、できるだけ同時進行を心がけつつ、物語を進めたいと思います。
今回は個人的に好きなシーンが多くて、更新宣伝する際に抜粋部分に悩みました…。というので、抜粋候補だったのを活動報告で書いているので是非興味がある方は見に行ってやってください^^
いつもよりちょっと長めの後書きでした!