第36話
「次、どこ行く?」
「どこでもいい。」
「じゃあ、お化け屋敷行こうぜ。」
結局あの後、教室に帰って接客を続けた。
由樹はその間ずっと教室内で私の接客姿を見ていた。
追い出すのも可哀想だし…もう噂はこれ以上ないくらいに広まってるわけで。
今更由樹がいてもいなくても私がヤクザの頭であるという噂は消えもしないし、広まりもしない。
ということで接客を終えて自由時間の午後。
こうやって由樹と一緒にいろんなクラスを回っているというわけだ。
「お化け屋敷?由樹、怖がりじゃなかった?」
「いや、俺が成長したところ見せてやらねぇとな。」
……3年前の文化祭の時も、そんなこと言って泣きそうになりながら私にすがりついてなかったか?
実央ー!実央ーって、泣き叫んでった、うん。
「ほら、実央!何してんだ?入るぞー」
…あの時の二の舞にならなきゃいいけど。
「二名様ですね。どうぞ~」
受付の人がしゃべりながら、私と由樹の組み合わせを物珍しそうに見てる。
……別にヤクザの知り合いさんとかじゃないから。
「おぉ。結構暗いな。」
「お化け屋敷が明るかったら怖くない。」
「あぁ、そうだな。なるほど。」
と言いながら由樹はきょろきょろとあたりを忙しなく見まわしている。
「…どうかした?」
「いや、お化けどっからでてくんの――わぁ!!!」
由樹がしゃべっている途中にう~と唸り声をあげながらおそらくお化け役であるだろう人が出てきた。
「うおっ。実央!逃げるぞ!!」
「はいはい…。」
所詮、人間なんだから、とかいっても聞く耳を持たないのが由樹で。
それに、逃げてあげないとお化け役の人が可哀想だしね。
「うがぁ!!」
「うわっ!!」
今度は前から。死神っぽいかぶりものをかぶってる。
うん、でも確かに由樹、成長したかもしれない。
驚いてはいるけど、3年前は泣きだしそうだったのに比べれば、随分マシだ。
しばらく静かだなと思っていたら、突然ドンドンドン!!と強い音でロッカーが鳴る。
「おぉ!?」
中に人が入ってるだけだって、由樹…。
まぁ、でも真っ暗で静かな空間に突然何か起きれば基本的に人は驚くのだろう。
「ぐぁぁ!!」
今度はなんか獣っぽいかぶりものをした人が走ってくる。
「のあ!?いくぞ!実央!」
今までゆっくり歩いていたのに急に由樹が走り出して引っ張るので、足が絡まってしまった。
ヤバい…こける。
「おっと!わりぃ…大丈夫か?」
由樹が見事に抱きとめてくれた。
うん、こういうときデカイのって役立つよな。
がっしりした腕を感じて、精神面以外での成長はしっかりと感じた。
「大丈夫。ありがとう。行こう。」
私はさっと由樹の腕から立ち上がった。
お化け屋敷から出た由樹は随分と上機嫌だった。
「あー面白かった!な?俺、成長してただろ?」
「少しは。」
少なくとも泣かずに、驚くなっただけで急成長だ。
「だろ!?」
にこにこと嬉しそうに笑う由樹についつられて笑ってしまう。
「うん、そうだな。」
……気のせいか?
なんか、物凄く…大量の人の視線を感じるんだが…。
チラッと周りを見ると……
気のせいではなかった。
あぁ…そうか。サイボーグが笑ってるのが珍しかったのか。
鈍い由樹は人の視線にも全く気付かず話し続けた。
「実央は相変わらず笑うと美人だな!」
「…ふーん。笑わなかったらどうなんだ?」
「えっ?美人だろ!」
…いつもはお世辞はいらないとか思うんだけど…。
こう、由樹って毒気が抜かれるっていうか…。
そういう言葉がどうも思いつかなくなる。そして、素直にお礼を言うしかなくなる。
「ありがとう。」
「おぅ!」
「あれ、実央ちゃん?」
由樹の能天気な声に、可愛らしい声が被る。
「姫野…。」
「実央ちゃんも真君のクラス見に来たの?」
「いや、適当に回ってきただけ。」
「そうなんだ。ここ、真君がやってるところだよ。」
そう言って教室を指差した。
Xマンを探せ!と書いてある…。
人探しか…。
「真君も琢磨君もXマン役みたいだからどこかに隠れてるみたい。実央ちゃんは探さない?」
見つけた人は豪華賞品!って書いてあるけど…。
どうせ文化祭だし、そんな大した商品じゃないのだろう。
面倒だしできれば関わりたくないのだが…
「面白そうじゃん!やろうぜ、実央。」
うん、言うと思った。
由樹は基本的に祭り事が大好きだ。
「はいはい…わかった。文化祭回るついでにね。」
楽しそうにXマンの顔写真をもらってる由樹には「ついで」という言葉は届いてないのだろう。
「実央ちゃん、実央ちゃん。」
姫野がこそこそ話をするように私に近づいて小さな声で話しかけてきた。
「あの人、実央ちゃんの彼氏?」
「違うけど…。」
「でも、なんかいい雰囲気じゃない?」
そういつもの笑顔で言う姫野は、何を考えてるのか分からなかったけど、
「…そうかも。」
何故か肯定の言葉を口にしていた。
どうしてかって聞かれると…由樹がとても楽しそうにこちらに「早く行くぞ!」って言いながら走り寄ってきたから…なのかもしれないな。
「あれじゃないか!?」
「よく見なよ…あれ、ダミーだって。」
さっきから由樹はダミーにばっかり見つけてる。
まぁ、ある意味すごいけど…。
「んー…なかなかいねぇな…。」
「まぁ、そう簡単に見つからないように隠れてるだろうし。」
由樹は悔しそうにクソーと言う。
ホント…精神年齢が小学生なんだから…。
「俺、ちょっとトイレ行ってくるわ。」
「はいはい、ここで待ってるからさっさと行ってくれば?」
「動いて迷子になったりすんなよ!」
私がどう頑張ったら自分の学校内で…しかももう半年近く過ごしている学校内で迷うんだ?
おそらく迷子になるとしたら由樹の方だと思うけど…
「大丈夫だから、行って。」
私の言葉に満足したように由樹は私に背を向けた。
彼は精神年齢は小学生なのだが、お兄ちゃん気質なのだ。
どうも人の心配をせずにはいられない。
こっちからしてみれば、由樹の方が心配なのだが。
迷わずちゃんとここまで帰ってこれるだろうか、と柄にもない心配をしてしまうくらいには。