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ただ……願う  作者:
本編
39/75

第35話



「お帰りなさいませ、ご主人様はーと



朱音…尊敬するよ。

そんなに楽しそうに接客できることに。



「実央ー表情硬いよ?笑顔、笑顔ー」


「……はぁ…。」



文化祭初日。接客から1時間。

私はもう疲れ果てていた。


できるだけお出迎えは他の女子に任せて、ひたすら料理だけを運ぶようにと心がけたが、やはりでて行かなきゃいけない時もある訳で…。


愛想笑いというものが酷く苦手な私は店員なんだから、と自分に言い聞かせて必死に笑顔を作るも、どうもぎこちないものにしかならない。


もう嫌だ……という呟きをなんとか飲み込んだその時、またドアが開いた。

一瞬周りを見るが、手が空いてそうな人はいない。



「…お帰りなさいませ。ご主人様。」


「うわっ!マジで実央がメイドやってる!!」



…………よりによって、どうしてこいつの時に…。

こいつって誰って?牧瀬以外いないだろう?


その隣にはもちろん朝霧先輩が立っている。

私は絶滅危惧種じゃないんだから、そんな目で見ないでほしい…。



「実央、すっごくかわ――」


「ご主人様。ドアに貼ってあるご注意はご覧になりましたか?」


「ごめんなさい。」



私のメイドらしからぬ鋭さを持った言葉に牧瀬はすぐに謝った。

ご注意…それはメイド喫茶をやる上で、私があった方がいいと言って書かれたものだ。



その1.メイドが業務を怠るので、メイドへのお褒めの言葉はおっしゃらないようにしてください。

その2.ご主人様の手が汚れてしまうので、メイドには触れないで下さい。

その3.上記のことを守っていただけない場合はこわーいメイドが法的に裁いちゃうぞ(はーと)



ちなみに文面は私ではなく、姫野が考えたものである。

簡単に言えばセクハラ対策。まぁ、学校内だし大丈夫だとは思うけど…一応ね。



「わぁ!真君琢磨君…っじゃなかった、ご主人様!」


「あ、桜華。」



牧瀬がにっこりと笑って手を振った。

姫野が来たのを見て私はさっさととんずらした。


いや、これは業務放棄ではない。

私よりも適任者が来たので、私は適切な判断に基づき業務を委託しただけだ。


『実は…私、琢磨君が好きなの…。』


朝霧先輩と姫野が話している様子を遠くから見て、姫野が恥ずかしそうに言った言葉を思い出した。

確かに、今、朝霧先輩に話しかけている姫野はとても楽しそうで、恋しているように見える。

そう見えるんだけど…でも、彼女は…。



「どうしたの、実央?思い悩んだ顔して。」



心配しているような言葉とは逆に朱音はニヤニヤとした顔で尋ねてきた。



「別に…どうもしないけど。」


「朝霧先輩と桜華が気になるんでしょ?誤魔化さなくていいってば。」



姫野のあの話以来、つい朝霧先輩と姫野を観察してしまう。

そのために朱音はあらぬ誤解をしてしまっている。

ニヤニヤと笑って話しかけてくるのはハッキリ言ってめんどくさい。



「だから違――」


「あ、お客様!―じゃなかった、ご主人様だね。」



朱音は私の否定の言葉を最後まで聞くことなく接客へ向かった。

まったく、否定の言葉にも耳を貸さないんだから―――俯いて心の中でため息をついた、その時。



「…おっ、実央!」



懐かしいその声に私は反射的に顔をあげた。

そして久しぶりに見るその顔に驚きのあまり言葉を失った。



「おい、実央。久しぶりの再会に何の反応もなしかよ。」



間違いない。

子供のように拗ねて唇を尖らしているその顔。

決して綺麗な声ではないのに、心を明るくさせるその声。



「………」



大きな男を呆然と見上げていた私だったが、はっと気付いた。

周りの空気の静けさに。



「ごめん、朱音。ちょっと抜ける。」


「え?あっうん…。」



私は男の大きな腕を掴んで教室を出た。



「実央??どこ行くんだよ。」


「人気のないところ!」



それだけ言うと私は校舎裏へと男を連れて走って行った。




校舎裏は文化祭でたくさん人が来ているというのに、静かだった。

まぁ、薄暗いし、好んで来る人はいないだろうな。

誰もいないことを確認すると、私はここにいるはずがない人間に質問するために向き直った。



「なんでここにいる?あんた海外にいるんじゃ――」


「いや、日本が懐かしすぎて帰ってきた。」



自由奔放なそいつの性格を表す答えに私は頭を抱えた。



「……大学は?」


「んーーどうなってるんだろうな?」



こいつアメリカに行ってさらに自由になってないか?

気のせいか?



「叔父さんと叔母さんにはちゃんと言ってきた?」


「あぁ。央兄さんには連絡しとくからって。」


「じゃあ、もういい…」



彼―青谷あおたに 由樹ゆうきは私の従兄。

央兄さんというのは青谷央、私のお父さんの事。



「どうしていつも私の文化祭の時にに来るんだよ…。」


「え、だって央兄さんが今日実央文化祭やってるって言ってたからさぁ。」


「わかってる、わかってるんだけど…。」



そう、由樹はなにも悪くないのだ。

性格は自由で、無邪気で、毒がなくて、本当にいい奴なんだ。

問題があるとすれば……



「相変わらず、でかいな。」


「そうか?実央もでっかくなったな。」



お前ほどじゃないけどな、と心の中で言い返す。

由樹は日本人同士の親であるが、187センチとバカでかい。

そして、黙っていると顔も厳ついので夜中歩いていただけで警察の人から職質を受けたこともあるらしい。


そうだ、すっかり忘れてたけど私がヤクザの頭と言われ始めた原因はこいつだった…。

中学1年生の文化祭の時にも由樹は来て、うん…由樹が厳ついから。

それにみんな中学生だったし完全に由樹を危ない人だと勘違いしていた。



「せっかく実央の接客姿見に来たのになんで追い出すんだよ。」


「あーごめんごめん。えーっと……」



真実を言うと由樹、傷つくんだろうなぁ…。

厳つい顔をしながら由樹はすごーーーくデリケートだ。


まぁ、鈍いから遠まわしな嫌みとかは全く気付かないからいいんだけど。

どう誤魔化すかと考えてると由樹はふっと笑うと私の頭をなで出した。



「いいよ。実央、恥ずかしがり屋だもんな?」


「なっ!違うっ。というか、頭をなでるな!」


「照れるな照れるな。」



こうなると違うとどれだけ言っても無駄だと知ってるので、私は結局、うなだれるしかなかった。


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