第34話
教室に帰ると、そこには姫野一人しかいなかった。
「あ、おかえりー実央ちゃん!」
「…他のみんなは?」
「買い出ししてくれてるの。誰か実央ちゃんのお迎えに残ろうってことで私が残ったんだ。」
買い出しか…。
ってことは、文化祭何をするのか決まったのか?
飲食店系をやることはクラス内の多数決で決まっていたのだが、どんなコンセプトでやるかというのはまだ話し合い中だったのだ。
「結局何するの。」
「え?あー、メイド喫茶するんだって!」
「は…?」
メイド喫茶って…途中で案があがったけど、衣装代がかかりすぎるとかの理由で却下されてなかったか…?
それですっかり安心してたって言うのに…。
「実は貸してくれる人がいてーーー」
姫野の長ったらしい話を簡潔にすると、クラスメイトの一人の親の知り合いにメイド喫茶を経営している店があって、文化祭の期間だけならその衣装を貸してくれるそうな…。
なんて迷惑な親切。商売道具簡単に貸すなよ…。
「楽しみだねー!メイド服って一度は来てみたいよねっ。」
楽しそうにはしゃぐ姫野に私は重くため息をついた。
メイド服…気が重い。
牧瀬とか牧瀬とか牧瀬とか牧瀬の反応が見たくない。
ちなみに朝霧先輩の反応も牧瀬の次に見たくない。
嬉しそうにはしゃぐだろう朱音の反応も見たくない。
…っていうか、メイド服を着た自分の姿を見たくない。着たくない。
「えーっと、準備どうする?買い出しが終わらないと進むものも進まないもんね…。」
じゃあ、私は今日は帰る、と言う前に姫野に
「あ!実央ちゃん、恋バナしよっか!」
と言われてしまった。
…断ってもいいだろうか。いや、私と恋バナなんてしてもネタがないというか…。
しかも、なんで恋バナ?どうして私と恋バナをしようと思い立った?
安心しろ、おまえの牧瀬と朝霧先輩は取らない。
「実央ちゃん好きな人はいるの?」
何と言って断ろうかと考えているうちに姫野はとっくに恋バナモードに入っていた。
「…いないけど。」
「またまた~、照れちゃって!」
私の素っ気ない否定にも姫野は高いテンションで言葉を返す。
私のどこをどう見たら照れてるように見えるのかさっぱり分からないのだが。
楽しそうにしている姫野に私はもう一度否定の言葉を返す。
「いや、照れてないし…好きな人はいない。」
「嘘つき。」
一瞬、空気が凍った…。
と思ったのは気のせいだろうか?
目の前の姫野は機嫌よさそうにニコニコと笑っている。
「意外だったなぁ。私、実央ちゃんは琢磨君が好きなのかと思ってた。」
…意外って何がだ。
そして私は朝霧先輩の事を好きそうな素振りを見せたことは一度もないつもりだ。
姫野は静かに微笑んで言葉を続けた。
「実央ちゃん、真君が好きなんだよね?」
「ないない。」
なんで朱音のといい、姫野といい、そういう気持ちの悪い発想が出てくるんだ?
「…私、見ちゃった。実央ちゃんが真君に好きって言ってるところ。」
独白のようにぽつりと小さく呟いた姫野は、はっと顔を上げると、私の方を向いて慌ててしゃべりだした。
「ごめんね。覗き見するつもりはなかったんだけど…実央ちゃんが遅いなって思って迎えに行ったところを見ちゃって…ホント、ごめんね?告白のシーンなんか人に見られて気分のいいものじゃないよね。」
ひたすらしゃべり続ける姫野を遮る暇もなく最後まで聞いてしまった。
…とりあえず、あらぬ誤解を解いておいた方がいいよな。
「私は別に牧瀬を恋愛対象として見てない。好きだと言ったのは、友達としてだ。聞くなら最初から最後まで一言一句残さず聞いたほうがいい。」
私の言葉を姫野は素直に信じ、謝った。
「そう…だったんだ。ごめんね!?勝手に勘違いしちゃって…。」
「別にいい。」
誤解が解けて、噂にならなければ別にどうだっていい。
「それにしても、メイド服楽しみだねー!」
私は全然楽しみじゃないけどな…。
「真君たちは可愛いって言ってくれるかな?真君はきっとお世辞でも何でも言ってくれるんだろうけど…。」
ふっと、姫野が寂しそうな顔をする。
「琢磨君は…何にも言ってくれないんだろうな。」
特に言葉を返してほしいわけでもなさそうなので、黙っていると、姫野は実央ちゃん、と私の名前を呼んだ。
「実は…私、琢磨君が好きなの。」
その言葉にどう反応すればいいかわからなくて、
「そう。」
としか言葉が出なかった。
「琢磨君とはね…幼稚園が一緒で、でも、私が引っ越しちゃって…。だから、高校で再会した時はすっごくびっくりして、嬉しくて…琢磨君!って呼びかけたんだけど、琢磨君ってば不思議そうに首をかしげるんだよ!?ひどいよね!」
冗談っぽく姫野はそう言ったが、すぐに切なそうな表情に戻った。
「だから…琢磨君が私に興味ないのなんて、わかってるんだ。でもそれでも…」
好きなの、と姫野は言った。
恥ずかしそうに頬を赤く染める姫野はどこからどう見ても恋する乙女で。
幸い、姫野には気付かれなかったようだが、私はつい小さく首をかしげてしまったのだった。