閑話・愛央
私は怒っていた。実央に対して。
忘れてたけど、思い出して怒ってたはずなんだけど…。
「牧瀬との共同作戦。」
その実央の一言で形勢が完全に逆転した。
「そ、それは!ね、ほら!丸く収まったし!!」
と何とか切り抜けようとしたんだけど…
「で?」
無理ですよねー…
実央の冷たい視線が心に刺さるわ…。
「……ごめんなさい、申し訳ありませんでした、もうしません。」
結局私が謝ってるんだもんなぁ…。
本当にどっちがお姉ちゃんなんだか…ううっ。
「ん。それと、」
「まだ何かあるの!?」
大げさな、とか思っちゃダメだからね!
実央が怒ってるときのあの瞳の冷たさは半端じゃない!!
絶対子供が見たら泣くから!
「ありがとう、って。一応。愛央の言葉、嬉しかった。」
私の言葉。
『私が家を出て行ったのは私の意志。誰のせいでもない。』
本当の事だから、お礼言われるようなことじゃないんだけどな。
でも…少しでも実央の役に立てなら嬉しい。
ずっと実央は一人で苦しんでたのに、私はずっと何もできなかったから。
ちょっと照れた表情でお礼の言葉を言う実央は前よりずっと私の大切な妹らしかった。
さてさて、そんなこんなを経て私と実央は喫茶店へ。
この前とは違う店だよっ。ここのケーキは絶品らしい!
実央ほど甘いもの好きじゃないけど、私も女の子ですから。
ケーキは大好きなのです。いやぁ、絶品ケーキ楽しみだなぁ。
と私はルンルン気分だったのですが…実央ちゃんが見事にその気分を消し去ってくれました。
「で、玲衣と何があったわけ?」
「何って……」
できれば思い出したくない…。
すごく、すごくひどいこと言っちゃったから。
「じゃあ、電話の時。何話したの?」
「……怒っちゃった。」
言葉にしなくても実央の顔が「何があった?」って問いかけてきてる…。
だって、だって、しょうがないじゃない。
怒鳴って感情をださないと、泣きそうだったんだもん…。
玲衣と彼女が一緒にいるところを見た日。
正直なことを言えば、すごく動揺していた。
もう大丈夫だって、そう思ってたのに、実際に見ると全然大丈夫じゃなかった。
それでも、玲衣の幸せを願っていたから。
そして、実央が大切な友達と私のどちらも応援することができず、どうにかしたいのに、どうにもできないという苦しみを感じたから。
私は実央に嘘をついた。心に鋭い痛みが突き刺さるのをごまかしながら。
「実央?どうしたの??さっきも言ったけど私は大丈夫だってばー!」
実央の電話からしばらく。
携帯に映し出された名前を見て、心配してくれたのだと思った。
実央は鋭いから、私が本当は割り切れてないことを感じ取っていたはずだから。
『…………』
「実央?おーい。聞こえてるー??」
『愛央……。』
聞こえてきた声は予想したものと違う声だった。
「れ…い…?」
実央……どうして、玲衣を…?
『ごめん、愛央…実央を怒らないで。実央は俺と愛央のことを思ってしただけだから。』
玲衣が…自分の事「俺」って言ってる…。
本気の、本音の話なんだ…。
「…何の用?」
声が硬くなって、冷たい言い方になってるのに気づいた。
でも、少しでも感情を出せば、すべてが一気にあふれ出ることがわかっていたから、優しい声はだせなかった。
『………自分でも、よくわからない。』
「何よそれ…」
彼女が大切なんだって、本当にバイバイだってそう言ってよ…。
そうしないと、お互いが傷つくことぐらい、わかってよ…。
『母さんの葬式で会った時。愛央の姿を見て泣きそうになった。』
「…………。」
私も、私もだよ。玲衣の姿を見て泣きそうになった。
玲衣に彼女がいないのなら、そう言って泣きついただろう。
『今日、愛央と会って一言だけだったけど、言葉を交わした時、愛央ともっと話したいって思った。』
私も玲衣と話したかった。いろんな話をいっぱいしたかった。
でも…隣にいる彼女を見て思いとどまった。
『立ち去る後姿を見て、昔みたいに抱きしめたいと思った。俺は今でも愛央を―――』
「彼女!できたんだね。おめでとう!」
聞きたくない、聞きたくない!!
言わないで、お願いだから…。あなたの隣には今大切な人がいるんでしょ?
その人だけを…大切にしなよ。
握った拳には力が入りすぎて、爪が手のひらに食い込んでいた。
痛みで…自分の感情を必死で制御していた。
『愛央……』
「私もこれでスッキリして次の恋愛いけるし!これからちゃんと義兄妹として――」
『俺の前でも虚勢を張るの?』
「――っ。」
どうして玲衣は、私の痛いところばっかり指摘するのよっ…。
昔と何も変わってない。玲衣は一番私のことをよくわかってる。
昔はそれでもよかった。
玲衣が私のことをわかってくれて、吐き出された悲しみや苦しみを玲衣が受け止めてくれたから。
でも…今は?
悲しみや、苦しみ…玲衣を想う感情を吐き出しても、玲衣は受け止めてくれない。
玲衣にはもう大切な人がいるから。
心の傷はえぐられたまま、放置されるだけ…。
『お願いだから、愛央の本当の気持ちを教えてほしい。俺は愛央が今でもす――』
「ふざけないで!!!!!」
涙が今にもこぼれそうなほど目に溜まっていた。
「何!?本当の気持ちって何!?あんたこそ、彼女の事好きなんじゃないの!?」
『それは……』
「彼女を大切にしなよ!!私の時みたいに傷つけたりしないで!!」
言ってから、自分の言葉にハッとした。
私は…私は、玲衣になんてことを…
あの時の決断を一番後悔しているのは玲衣なのに…。
受話器越しに帰ってきた声は震えていた。
『…そうだよな、悪い。じゃあ…。』
「玲衣!違うの!!玲衣!」
叫ぶ私に帰ってきたのは無情にも電話の切れた音だけだった。